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Take On Me   作者: マン太


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20/42

20.波乱

 残された俺は仕方なく、部下に促されるまま病室へ戻った。中へ入るとおや? と(きよし)の眉が上がる。


「どうした? (たける)に何かあったか?」


 さすが察しがいい。


「えっと、なんか真琴(まこと)さんに何かあったみたいで…。何も言わずにここにいろって言って、行っちゃいました」


 俺は頭を掻きつつ、離れた場所に立っていれば。


「こっちに来て座るといい。遠慮はいらない。岳も暫くは戻ってこないだろう」


「は、はい…」


 勧められては断るわけにもいかない。

 おずおずとベッドサイドに置かれた椅子を引くと、そこへ腰かけた。


 いったい、何があったのか。


 岳の硬い表情から、いいことではないのは確かだ。


 もしかして、真琴さんが襲われたのか?


 以前、真琴も武術を習っていると聞いたことがある。その点は心配はないのだろうが、物騒な世界だ。岳が行っても、銃でも出されれば太刀打ちできないのではないか。

 まんじりともせず落ち着かない気持ちでそこに座っていると、


「心配か?」


 はっとして潔を見る。眼差しは穏やかだ。目元は岳に似ていなくもない。


「はい…。真琴さんに何かあったのかなって。岳も一人で行って、大丈夫かなって…。て言って、俺が行っても出来る事は何もないですが…」


 というか、行った所で邪魔になるだけだろう。だから、岳もここで待てと言ったのだ。

 

 でも、心配だ。


 すると、俺の気持ちを察した潔が。


「岳も洲崎(すざき)も大丈夫だ。二人ともそれなりに場数は踏んでいる。所で君もなにかやっていると聞いたが。(ふじ)にも習っているんだろう?」


「あ、はい。格闘技を少しかじったくらいで。藤に教えてもらっている護身術もまだ全然なんですけど…」


 へへっと笑うと、潔の目元が綻んだ。


「藤も筋がいいと言っていた。岳は君を傍に置きたいようだが、君自身はどうなんだ?」


「えっと…」


 取り繕っても仕方ない。俺は岳に伝えそびれた思いを素直に口にした。


「俺は…このまま家政婦が終わって、岳たちと離れるのは嫌だなって思ってます。楽しいんです。俺、父親と二人暮らしだったんですけど、あまり家族らしくはなくて…。でも、岳の所にきて、皆で食卓囲んでわいわいやって。なんかそれが楽しくて、いいなって。このまま続いたらなって…」


「そうか…」


 潔の眼差しは優しい。


「そうしたら、岳に亜貴の成人後も一緒にいたいって言われて…。俺も…そうしたいなと。岳といると落ち着くって言うのか、ずっと一緒にいられたら楽しいだろうなって。って、返事はまだなんですが…」


 正直、照れくさい。なぜ岳の父にこうもペラペラ話してしまっているのか。後で岳が知ったら怒りそうだ。


 なんだろう。話し易いんだよな。


 そう言う所は、岳とよく似ていると思う。


「あいつ…。しかし、大和君は本当に岳に好かれているんだな? そして君も岳を大事に思ってくれている。互いに思い合っているのか…。喜ばしい事だな」


「は、はは」


 改めて言われると、何かこそばゆい気もするが、それは事実で。

 すると、潔がふと戸口に鋭い視線を向けた。


「ああ。いかんな…。もう少し話したい所だが、どうやらお客さんだ。大和君、君はなにもせず大人しくしていなさい」


「へ?」


 俺が戸口を振り返ったのと同時、ドアが乱暴に開かれ、白衣を身に着けた男が現れた。

 医師ではない。それは、見覚えのありすぎる男だった。アッシュグレーのメッシュの入った髪。至る所に開けられたピアス。

 (くす)の弟、倫也(ともや)だ。

 その手には銃が握られ銃口がこちらに向けられている。

 開いたドアの向こう、その足元には伸びた警備の男二人の姿があった。


「やあ。鴎澤さん、久しぶり。変装してるけど分かるかな? 兄貴がいつも世話になってるね…」


正嗣(まさつぐ)の弟、倫也だろう?」


「御名答!」

 

 倫也は笑う。


 この男…。


 あの時、自分にナイフを突きつけた時の冷たい笑みが脳裏をかすめる。今と同じ顔をしていた。


「あれ? 子供がいる。て、あの時の奴か。なんでこんな所にいる? …ああ、岳のお供か」


「何しに来た?」


 俺が低い声音で問えば、倫也はヘラリと笑って。


「大事なお話しをしにな? 関係ねぇガキは引っ込んでろよ…」


 俺の肩を掴み、横へ押しやると、銃口を潔に向けながら。


「なあ、あんた。俺の兄貴に跡を任せるってここで約束してくんねぇか? そしたら、この銃は引っ込めるてやるよ」


「お前には関係のないことだ。馬鹿なオモチャは懐に閉まって、家に帰れ」


 潔は腕を組むと目を閉じた。はなから倫也を相手にする気はないらしい。倫也はフフンと鼻で笑った後。


「少し痛い目に遭わないと分からない様だな?」


 カチリと銃の安全装置を外す。


「あの洲崎って男も、岳も今頃下でいっぱいいっぱいだ。助けを待っても来ないぜ? 腕の一本や二本、撃った所で死にはしねぇだろ?」


「ふざけんなっ!」


 俺はいい加減、頭にきてそう言い放つと、潔の前に立ちはだかった。しかし、すぐに潔が止めに入る。


「大和君は関係ない。ここから出ていきなさい」


「でも…!」


 明らかにこいつは潔をやるつもりだ。それを分かっていて出ていくことなどできない。


「行きなさい」


 潔の口調は厳しくなる。その言葉に俺は唇を噛みしめ、倫也を睨みつける。


 下にいる岳の為にも、なんとかこの場を切り抜けなければ。


 事に潔を撃たせるわけにはいかない。その為に藤に護身術を習ったのだ。


 その成果をみせてやる。


 俺は倫也と対峙した。

 話しなど通じる相手ではないと分かっているが、気を逸らす事くらい出来るだろう。その隙を狙うつもりだ。


「下で岳たちが騒いでいるなら、警察だって直に来る。そいつを使えばあんただってただじゃすまないぞ。だいたい人の命をなんだと思ってる? 気に食わないからって危害を加えたってなんの解決にもならな──」


 言いかけた俺の側頭部を、倫也は唐突に銃身で打ち据えてきた。


「っ!」


「大和君!」


 強烈な衝撃と共に床に投げ飛ばされる。目の前に星が飛ぶ経験をこの時初めてした。


「…その目。嫌だったんだよなぁ。お前、亜貴じゃなかったんだって? ったく。よくよく邪魔してくれるな? もっと無残な傷跡、つけてやろうか?」


 側頭部を押さえて蹲る俺の肩を、倫也が蹴る。


「っ!」


 肩ごと踏みつけられ床に突っ伏した。押さえていた手にはぬるりとしたものがついている。出血したのだろう。

 俺は必死で藤から教わった護身術を、頭の中で反芻していた。


 銃を持った相手と対峙した時はどうするか。


 今、うつ伏せる俺の目の前には、自分を踏みつけていない一方の倫也の足があった。


「お前、岳の所に雇われてるって? お気に入りだって聞いたぜ? あいつともうやったのか?」


「うっせぇっ…」


 俺はニヤつく倫也を睨みつける。こいつの口車には乗らず、ただ冷静に隙が出来る瞬間を見計らっていた。


「あいつがそっちだってのも、人気の理由だってな。どうせ端から食ってんだろ。そんなろくでもねぇ奴が上に立つより、兄貴の方が数倍マシってもんだ。なあ、父親のあんただってそう思うだろう?」


 銃口が潔に向けられる。


「私は未だかつて息子をろくでもないと思った事はない。二人共、自慢の息子だ。それは、正嗣(まさつぐ)も同じ。組の後継は誰がなってもいいと思っていた。だが、ここでお前が銃を使えば確実に正嗣の後継の話は無くなる。…岳が来る前なら、私の一存で今回の件はなかった事に出来る。銃を閉まって去れ」


「ハ、ハハ…! そんな出任せ、信じると思ってんのか? お前は兄貴をただ飼い殺しにしていいように利用してるだけだっ! 後継になんて思ってもいねぇ癖に!」


 グッと引き金にかけた指に力が込められた。

 俺は咄嗟に踏み付けていた倫也の足を跳ね除け、思い切り目の前の足首に飛びつき、引き倒しにかかった。


「っ!?」


 流石に鍛えているらしく、簡単には横転しなかったが、突然の攻撃にバランスを崩した。

 そこへ間髪入れずに手にしていた銃を手ごと握りこみ、急所を蹴り上げ、手首をひねり上げた。倫也は溜まらず銃を取り落とす。


「クッソ! このガキ…!」


 床に落ちた銃を、手が届かないよう蹴り飛ばした所で、倫也の容赦ない拳が背中に振り下ろされ、床に昏倒した。息ができなくなる。


「っ……」


 倫也は懐からナイフを取り出す。


「お前、死ね!」


「止めろ!」


 潔がベッドから飛び降り、俺との間に立つ。

 そのタイミングで誰が押したのか、火災報知器が鳴りだし、天井からシャワーの様に水が噴き出した。

 看護師達の声と足音がする。と同時に聞き覚えのある声。


「大和! 親父!」


 岳の声だ。


「くそ!」


 倫也は俺と潔、廊下を走ってこちらに向かってくる岳を見比べ、結局逃げることを選択したらしい。

 丁度部屋にたどり着いた岳に襲いかかった。


「っ!」


 岳は突き出されたナイフを咄嗟にかわし、素早く倫也の利き手側へ入り込むと、その腕を打ち据えた。倫也はナイフを取り落とす。


「チッ!」


 しかし、倫也が立ったその先には、先程、蹴り飛ばしたはずの銃が転がっていた。


 マズい。


「たけ…っ! 銃──」


 岳はその声に素早く反応し、銃に手を伸ばしかけた倫也の足を蹴り上げた。


「ッ!」


 衝撃で横転する。

 伸ばした指があと一歩届かず、倫也の手は空を切った。

 しかし、その先、開け放たれたドアの向こうに、騒ぎに駆けつけた看護士が立った。


「キャアッ!」


「戻れ!」


 岳が危険を察知して指示を出すのと、倫也が再び銃を手にしたのが同時。

 振り向きざま、一発の銃声が響く。


「くっ…!」


 グラリと蹌踉めいたのは、岳だった。左の肩口から血が滲み出している。

 それを見て、一気に頭に血が昇った。

 背中の痛みなど頭にない。伏していた床から身体を起こし、ニ発目を放とうとした倫也の足めがけ体当たりする。


「なに?!」


 銃を撃つことだけに集中していた倫也は、不意をつかれ銃を取り落とした。


「あちらですっ!」


 新たな人の声に顔を向ければ、看護師に先導される警官の姿が見えた。


「クソッ! 覚えてろっ!」


 倫也は使い古されたありがちな捨てゼリフを残し、慌てて部屋を飛び出す。

 そのまま、駆けつけた警察ともみ合いながらも、振り切り外へと飛び出していった。

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