19.面会
「親父、連れてきた」
病室は完全個室だった。その出入口には見張り役のいかつい男が二人立っている。
岳の後に続いて入室すると、そこはまるでホテルのスイートルームと見紛うばかり。
ベッドルームの他、キッチン、ダイニング、リビングルームまである。家具も質のいい木目調で揃えられていた。
俺は思わず感心してそちらに気を取られていたが。
「君が、大和君か」
細いがしっかりと張りのある声に、顔を正面へと向けた。そこにはベッドの上、着流しを着て上半身を起こしている人物がいる。
「はい。宮本大和です…」
自然と背筋が伸びた。
年の頃は六十代頭か。頭髪はだいぶ白くなり、頬もこけてはいるが、眼光は鋭くこちらを射貫くように見据えている。
けれど威厳はあっても威嚇するような怖さはない。周囲には穏やかな空気が流れていた。
「私は鴎澤潔。鴎澤組の組長だ。まあ、今は形ばかりのお飾り組長となってしまったがね。今回は亜貴の為に怪我を負ったようで、すまなかった。頬の傷跡は残るんだろう? 責任はすべてこちらにある。何か不都合が出てくれば岳に言ってくれ。なんでもしよう」
「その、有難うございます。でも、これは俺の責任であって、亜貴の所為じゃありません。俺の選択の結果ですから…」
その言葉に潔は声を出さず笑う。
「そうか。潔いな。岳が手元に置きたがるわけだ…」
俺が首をかしげると、岳が引き取って。
「大和は信頼できる。いい奴と出会えたと思っています」
「いや。俺はそんな…」
買い被られても困る。
俺はただ思う様に動いただけで、もっと上手くやればこんな怪我を負わずに済んだかもしれない。
それに家政婦に精を出すのも、借金を返すため、自分に出来ることを出来る範囲で精一杯やっているだけで。
すると潔がふと視線をこちらに向けて。
「君は借金を払い終われば元の生活に戻るのか? どうせなら、そのまま岳の側で世話になったらどうだ? 岳もそうしてくれれば助かるだろう」
「えっと。それは──」
岳にも考えて置いてくれと言われた案件。俺はまだ、それに対して返事をしていない。
いつぞやの岳との会話を思い起こし、その顔をチラと見るが。
岳は厳しい表情のまま、言い淀む俺の代わりに口を開いた。
「大和は『こちら側』には置くつもりはありません。ただ、俺がこの仕事から手を引いた後、どうかとは考えています。まだ返事は貰っていませんが…」
きっぱりそう言い切ると、視線がついとこちらに向けられた。俺は思わずドキリとする。
返事、すべき…だよな?
俺がゴクリと唾を飲み込んだ所で。
「そこで、話があります」
岳は居住まいを正すと、潔に向かって切り出した。
「後継について、楠に継がせると正式に周知したらいかがでしょうか。亜貴の成人まで待つと言う話でしたが、今組で起きている諍いを治めるには、それが一番かと思います」
俺は思わず声を上げそうになった。
そうなれば、成人を待たず岳の側にいることが出来る。
潔は暫く思案した後。
「そうだな。確かにこれ以上、何か起これば組も分裂しかねない。少しは荒れるだろうが、それも一時の事。もう少し時間が欲しかったが…」
一度伏せた視線をひたと岳に向けると。
「楠を呼んでくれ。話がしたい」
「分かりました。後で洲崎から連絡を入れさせます。それでは、今日はこれで…」
要件のみの会話に反応したのは俺だった。
「えっ? ってもう? 久しぶりに出てきたってのに…」
ついぼやくと、岳が額を押さえため息をついた。
「大和。《《ここ》》はもう引き上げるだけだ。…少しくらいどこかで息抜きする」
「良かったぁ~。ホント、久しぶりの外の空気だからさ。もうちょっと、のんびりしたいなって。岳がいるなら安心して出歩ける。って、岳も狙われてるのか?」
「いいや。俺自身には手を出して来ないだろう。そこまで馬鹿じゃないはずだ。そんな事になれば一気に組の内紛が起きる」
「内紛…。まさにヤクザ映画の世界だな?
てか、リアルヤクザだもんな、岳。一緒にいるとつい忘れちゃうけど。若頭ってどんだけ凄いんだ。全然、それっぽくないもんな?」
まじまじと見つめる俺に、岳はすっかり呆れ、言葉を失くした様子。
「ったく。お前は…」
岳は苦笑を漏らす。
そんな様を潔が笑って眺めているのに気がついた。
「仲がいいな。岳がこれ程気を許してるのは見たことがない。この分なら亜貴にも好かれている事だろうな? 大和君。これからも面倒をかけるが二人を頼む」
「はいっ」
頬を上気させて答えれば、その肩を岳が引いた。
「帰るぞ」
「って、なんだよ? 慌ただしいなぁ。じゃあ、これで──」
頭を下げるのもそこそこに、岳に強引に外へと連れ出された。
+++
病室の外にいた見張りの男達は、岳を見て一礼して見せた。それに応じながら岳は切っていた端末の電源を入れる。
「んだよ。まだ親父さん、話したそうだったぞ?」
「いいんだ。あれ以上話すことはない。変に勘ぐられる…」
「何を勘ぐられるって言うんだ?」
岳は何も言わず、こちらを見つめてくる。
「別に…」
そう言った割には、何か言いたげではあったが。俺はいい機会だと、口を開いた。
「あの、さ…。前に考えとけって言われただろ? あの時の、返事。今しても──いいか?」
立ち止まった俺に倣って、岳も足を止める。岳の視線が俺に注がれた。
「…勿論だ」
個室が並ぶ廊下は人通りがなかった。防音設備の整った病院内はシンとしている。
窓の外の木々が揺れ、緑の影を院内の白い壁に作っていた。
自分の心音がうるさい。
ええい、止まれ!
いや、止まったらマズい。せっかくの答えを伝えられなくなってしまう。
その『答え』は決まっていた。
岳が思うように、俺だって岳と一緒にいたい。今と同じ様に過ごせるなら、こんな嬉しい事はない。
でも、そう答えると言うことは、岳から向けられる思いも受け入れると言う事に他ならない。
それ込みで、俺は──。
なかなかの一代決心だ。
ひと呼吸置いて、口を開こうとしたその矢先、岳の端末が着信を知らせて来た。
それで、ピンと張り詰めた空気が途切れる。
岳は小さくため息を漏らした後、すまないと断りを入れて電話に出た。ディスプレイに表示された名に無視は出来なかったらしい。
「どうした、真琴──」
薄っすらと漏れ聞こえてくる真琴の声がいつになく厳しい。暫く話したあと、通話を切ると。
「大和。話は後だ。お前は病室に戻ってろ。親父には俺にそう指示を受けたと言え」
「えって、岳?」
岳は俺の背を追いやる様に病室前に立つ部下に押しつけた。
「お前たちはそこを動くな。誰も中にいれるなよ」
「はっ」
見張り役の男たちの顔に緊張が走る。
そう言い残すと、岳はすぐに踵を返し、エレベーターを使って階下へ降りて行った。




