03 ボッチとボッス
突然だけどボッチとボスって似てるよね。
どちらも暗い部屋に引き籠っているところとか?
リア充ハーレムパーティーにボコボコにされるところとか。
だからもうボスというよりボッチのボス――ボッスだね。
そのほうが、なんか親近感が湧くもんね。
――親近感湧くはずだよね。ボッスよおおおおお。
俺の前の石畳には綺麗な二つの穴が開いていた
黒スライムが突然、丸腰の俺に向けて何の警告も発せず、二回も攻撃を放ったのだ。
スラッシュと初めて会った時もそうだったけど、このダンジョンの奴ら好戦的過ぎだろ。
威嚇なしでいきなり発射するなんて某国の警官ぐらいなもんだぞ。
無防備で丸腰でコミュ障ボッチの俺に何全力攻撃してくれてんの?
しかもなんでスライムの攻撃があんなに強力なんだよ。
スライムって軟体動物ですよね? いや液体動物か? アメーバ生物か?
え、アメーバって何類? いやファンタジー世界に現実の生物の定義が当てはまるはずがない。
え? ってことはここってやっぱり異世界ファンタジアだったの?
やっぱり俺は異世界に転移しちゃったの?
だったら早く巨乳のドジっ娘の女神か傾国の第三王女が出て来きてパンチラしろよ。
硬そうな石にこんな綺麗な円形の穴を開けるなんて、まるでテレビで見たウォーターカッターみたいじゃねえか。
「ん?」
触手の先から何か液体のような雫が滴り落ちている。
え? まさか? 本当にウォーターカッターを放ったの?
あの触手の先端から何か体液的なモノを高圧力で発射した?
うわ。なんかそれ漫画とかでよくある技だわ。
日本のバトルコンテンツではお馴染みの技だからそんなもの怖くもなんともないぞ。
『さあかかって来るがいいボッチよ』
いや死ぬでしょ。あんなの喰らったら死ぬでしょ。
誰にも知られず、ダンジョンで孤独死しちゃう。
ええい、こんなところで死んでたまるか。
女神のパンチラを見損ねたんだぞ。
俺はまだラッキースケベにも遭遇してないんだぞ。
『逃げるが勝ちだボッチ』
ボッチ君の声と共に俺は走り出していた。
恥も外聞もプライドもかなぐり捨てて全速力で敗走した。
あんなのどうやって倒すんだよ。
『だから拳で』
あんなキモイ体に腕なんか突っ込めるかよ。
召喚するならば、せめて武器ぐらい用意しておけよ。
順番に攻略させるのがダンジョンだろうが。
うちのクラスメイトのリア充なら倒せそうだから今度連れてくるわ。
あいつら他校の生徒をボコボコにしてやったって大ホラ吹いてたからな。
ハハハハ。召喚したのが俺で残念だったな。
召喚ガチャでボッチはSSS級の屑レアキャラだかんな。
「……え?」
くだらない妄想をしながら逃げていると突如、俺の前に黒い壁が現れた。
いや、これは壁じゃない黒スライムの巨体だ。
俺は黒スライムに一瞬のうちに回り込まれた。
そして俺をあざ笑うかのように触手を振って体液を飛ばして石畳に穴を開けた。
ボッチ弱い者イジメがそんなに楽しいですか?
黒スライムが触手を振っている。
このムカつく動きはリア充が俺を囲んだ時にする仕草にそっくりだった。
「くっそ」
頭にきた。何がボスとボッチは似ているよね? だ。
全然似てねえよ。
こいつは俺の敵だ。
くっそどうするボッチ君?
『知らないボッチよ』
え? 拳がどうのとか言ってなかった?
「飛び道具に拳なんかで戦えるわけないボッチよ」
くっそ、無責任ボッチ君めえ。
他人に頼るな。自分で考えろ。
どうする? 俺にはチートも格闘技術も優しさもない。
あるのは嫉妬と卑屈だけ。
スラッシュとさえまともに戦っていないのに、こんなデカいボスとどうやって戦えっていうんだよ?
「ん?……スラッシュ……?」
この黒スライムもデカいだけでスラッシュと同じスライムだ。
同じスライムならば何か共通点があるはずだ。
共通の弱点があるはずだ。
考えろ。ゲームなら攻略可能のようなウィークポイントがあるはずだ。
「はっ」
俺はスラッシュの行動からあることに気付いた。
迷っている暇はない。
俺はリュックの中からペンケースを取り出して放り投げた。
床にぶつかった衝撃で中身のペンや消しゴムが辺り一面に散乱した。
その音に黒スライムが反応した。
スラッシュは俺が目印代わりに置いた付箋を全部拾い食いしていた。
こいつも同じスライムならば、落ちている物を拾い食いする意地汚い習性があるはずだ。
大きなコア核がギョロリとペンケースを睨んだ。
いいぞ。食え。ダンジョンにそんな物なかっただろう。
そうだ。そのまま食え。スライムだったら無視できないはずだ。
食べたいのだろう? あれが欲しいんだろ? 卑しいお前はそれが欲しいんだろう?
俺が期待に満ちたボッチアイで観測していると黒スライムが体の一部を伸ばして落ちていたペンを物凄い勢いで体内に取り込んだ。
「よし」
俺の冴えわたるボッチブレインの未来予測通り。
スライムは食いしん坊なのだ。拾い食いしちゃうほど食いしん坊なのだ。
このダンジョンには何もない。苔も草一本もない。
即ち餌がない。いつも飢餓状態だろう。
だから何でも食べちゃうのだろう。
『それがなんの意味があるのだボッチよ?』
ボッチ君が目を細めた。
フッ。慌てるなボッチ君。
「まだあるぞ」
俺は教科書やノート、折り畳み傘など、リュックの中に入っている物を遠慮なく全てぶちまけた。
黒スライムは俺が投げた物を片っ端から掴み体内に取り込んでいく。
『何をするんだボッチよ?』
第一段階は成功だ。
黒スライムは拾い食いに夢中で俺のことなど眼中にない。
「今じゃー」
俺は逃げ出した。
なーに至極簡単なことよ。
このボス部屋から出ればいいだけなのだ。
逃げるが勝ち。生きていたら勝ちなんだ。
ボス部屋から出た後のことなんて考えない。
今俺の頭にあるのはただ一つ。ここから逃げることだけだ。
後のことは後の祭りだ。
「なっ」
だが、かすかに見えた希望が一瞬で絶望に塗り潰された。
なんとボス部屋の扉が閉まりかかっていたのだ。
ドアストッパー替わりに挟んだ教科書が折れ曲がっている。
「教科書、役に立たねえ」
扉と扉の隙間は数十センチ。
『行けるボッチ』
行けるかよ。
馬鹿か。あんな狭い隙間で途中で挟まったら潰されるぞ。
ん? 潰される?
俺は立ち止まった。
振り返ると、黒スライムは俺が投げた文具や教科書を必死に咀嚼している。
俺はスラッシュの体の中にあった付箋を思い出した。
「そうか」
こいつもスラッシュと同じスライム。体の構造が同じならば、取り込んでも、しばらく消化しないはずだ。
現にペンはまだ溶けていない。この作戦はいけるのかもしれない。
よし。俺は覚悟を決めた。
あいつを倒さなければこのダンジョンから出られないだろう。
だったらやってやる。やってみせる。
ボッチの遺伝子を受け継いだ血統書付きのボッチであり、敬遠なボッチ教の信者で、ボッチ村の模範的な住人の俺の中のボッチ根性を見せてやろうじゃないか。
俺は食事中の黒スライムにこっそり慎重に近付いていく。
一歩二歩三歩、四ボッチと近付く。
「……」
こっち見るなよ。
黒スライムは俺の真っ白なノートに夢中だ。
極度の緊張で視界が遠くなるが、勇気を振り絞って進む。
耳を打つ大音量がボッチハートの心音なのか、ボッチ呼吸音なのかは分からない。
緊張で心臓が口から飛び出そうだ。
幸いにもまだ黒スライムは文具に夢中で俺には気付いていない。
今しかない。
今ここにいるのは俺だけだ。他に誰もいない。
俺より優れてる奴が百億人いたとしても、ここにはいない。
ここにいるのは劣ったボッチの俺だけだ。
誰も助けてくれない。
だから自分で自分を助ける。
俺は強い。独りボッチでも平気なのだ。
俺はこんなところで死ぬ運命じゃない。
まだ街角でぶつかってお胸に手がいくラッキースケベイベントに遭遇していないのだ。
『今ボッチ!』
「今だ!!!」
ボッチ君と俺は同時に叫んだ。
そして俺は黒スライムの体に手を突っ込んだ。
武器はない。あるのはこの身体だけだ。
ボッチ君の言う拳だけだ。
ズボッという不快な音と共に俺のホワイトアームが黒スライムの体内に突き刺さった。
黒スライムの動きが一瞬止まる。
まさか自分の身体に手を入れられるなんて思ってもみなかっただろう?
俺は不快な手触りを我慢して、黒スライムの体内をまさぐる。
黒スライムが苦しそうに震える。
これだ。
そして俺は遂に目的のモノを掴んだ。
黒くて砲丸投げの玉のように禍々しいあれだ。
そう黒スライムのコア核を手で直接掴んだのだ。
スライムの弱点といえばこのコアだ。
スライムにはそれ以外の器官がない。これが弱点でなければなんであろう?
その弱点をこの手で掴んだのだ。
「ふっ」
これは危険な賭けだった。スライムの身体の中に手を突っ込めば溶ける可能性もあった。
だがスライムの体の内部が全て消化液で満たされていれば自分で自分を消化してしまうだろう。
幸いにも今のところ腕に痛みはない。
即ちまだ俺のホワイトポッチャリアームの外皮は溶けていない。
黒スライムは何が起こったのか理解できていないのか、弱点を握られて動揺しているのか、動きが止まっていた。
それはそうだろう自分の心臓を鷲掴みされているようなものだからな。
『今だボッチよ』
「うりゃあああ」
俺は渾身の力を込めてコア核を引き抜いた。
「うわ」
ブボッという卑猥な音と共に黒スライムの体液が俺に降りかかる。
強烈な腐敗臭が俺の鼻から口から全身の毛穴から侵入し脳を揺らす。
あまりの臭さで気を失いそうになる。
だが耐えろ。お前のボッチ心はそんなものか?
せっかく手にしたチャンスなんだ。
コア核を奪われた黒スライムは一瞬、力を失ったようにビクンと痙攣し、自らの体を維持できなくなったのか重力に従ってビシャビシャと汚い音を立てながら放射状に飛び散った。
俺を見下ろしていた黒スライムは今では地面に広がり、這いつくばっていた。
やったぞ遂に黒スライムを倒したのだ。
弱点であるコアを抜き取って倒したのだ。
なんというクレバーな戦いなのだろうか?
死ぬかと思った。正直、滅茶苦茶怖かった。
もうリア充に囲まれた時の何億倍は怖かった。
車に轢かれそうになった時よりもはるかに怖かった。
ガチギレ姉ちゃんに追いかけ回された次に怖かった。
だが俺はやったのだ。独りでやったのだ。
「あの言葉だけは絶対言わないぞ……」
『やったかボッチ』
俺の代わりにボッチ君が得意げにコンテンツ業界ではお決まりのフラグワードを言ってしまった。
力なく床に広がった液体が止まった。
そして某液体金属でできた暗殺アンドロイドのように一つの場所に集まり始めた。
くっそ。まだ生きている? どうする?
ボッチのピンチ、ボッピンチだった。
俺は慌ててコア核を握る潰そうとするが固い。
両手で握りしめ潰そうとするがビクともしない。
そうこうしている間に黒スライムが盛り上がっていく。
弱点を奪ったのに何で動けるんだよ。
お読みいただきありがとうございました。