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エンジェリカの王女  作者: 四季
〜 第二章 地上界への旅 〜

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78話 「扉、開かれる」

 この女は心ゆくまで私をいたぶるつもりだ。

 言葉と表情からそれに気づいた時、私は恐ろしくなって戦慄した。カルチェレイナはまだ私を殺す気はない。家族を奪われた復讐として、私を苦しめるつもりなのだろう。


「……っ、来ないで!」


 私は込み上げてくる恐怖に耐えきれず発散するように叫んだ。近づかないでほしい、本能的にそう思った。彼女は何をしてくるか分からない。

 まるで凶暴な動物のように、瞳が気味悪く輝く。


「一つ言っておくわ。もし貴女が力を使ったら、ルッツが彼の首を切り落とす。いいわね」


 カルチェレイナはエリアスを指差して言った。それとほぼ同時に、ルッツの剣がエリアスの首に密着する。

 あの状態なら一秒もかからずエリアスの首を斬れる。とても危険だ。うっかり力を発動させないよう気をつけなくては。


 しかし当のエリアスはそのような状況にあっても落ち着いていた。


「王女、貴女の身が大切です。私に構わず、必要な時には力をお使い下さい」


 いつもと変わらず、そんなことを言っている。

 本当に危険な状況なのだから、少しは自分の心配もするべきだと思う。


「黙っていなさい」


 カルチェレイナはエリアスに突き刺すような視線を送った。

 かなりの迫力だがエリアスは怯まず睨み返す。


「敵の命には従わない」


 反抗的な態度をとるエリアスに呆れたからか、カルチェレイナはわざとらしい大きな溜め息を漏らした。


 それから再びこちらへ向き直り、次の瞬間、急に地面へ押し倒してくる。凄まじい腕力で、僅かも動けない。


「なら貴方が一番嫌がることをして見せてあげるわ」


 エリアスを少し見ながら口角を上げる。


 その表情を見て予感した。今から自分が傷つけられるのだということを。


 私を地面に押さえ込んだままカルチェレイナはふうっと息を吐き出す。すると水色に輝く蝶が数匹——いや、十匹以上現れた。そして全部が私の手や肩などに止まる。

 その直後、蝶の止まっている部分に激痛が走る。


「——っ!」


 喉が締まり声が出ない。何とか目を開けると、薄い金色のもやが線のようになって私から出ていっていた。


「どう? あたしの術。なかなか凄いでしょう。蝶が貴女の聖気を吸いとるの」

「止めろ! それは、ダメだ!」


 愉快そうなカルチェレイナの声とエリアスの叫びが、混じって耳に入ってくる。


 聖気を吸いとるって……こんなに痛いもの? 縄できつく縛られるような痛みを感じる。


「カルチェレイナ! 止めろと言っている!」

「貴方が逆らったからよ」


 痛みで朦朧とする意識の中、二人の会話を聞く。だがそこに口を挟むことはできない。まず口が動かないし、発するべき言葉も見つからない。

 徐々に力が抜けてくる。もうダメかも……と私の心に諦めが生まれかけた、その時。



 突如、分厚い鉄製の扉が外れて倒れた。



「何事っ!?」


 カルチェレイナは顔を引きつらせて叫び、すぐさま立ち上がる。


 彼女だけではない。

 ヴィッタにルッツ、もちろんエリアスも、目を見開いて信じられない光景を見つめていた。


 その後、部屋に入ってきたのは天使だった。白い服を見にまとった二人の天使、恐らく親衛隊所属の者と思われる。


「アンナ、迎えに来たぞ」


 父であるディルクの声が聞こえて驚き、慌てて上半身を起こす。そこには最初に入ってきた二人の親衛隊所属の天使と、ディルク王が立っていた。


「……どうしてここが分かったのかしらね。まぁいいわ。出番よ! ヴィッタ! ルッツ!」


 カルチェレイナの命令に、二人は歯切れよく返事する。


「「はい!」」


 ディルク王へ向かっていくヴィッタとルッツ。二人の親衛隊員が迎え撃つ。


「王女っ!」


 ルッツの剣から解放されたエリアスはすぐさまこちらへ駆け寄ってくる。聖気で両手の拘束具を破壊する。

 彼の温かい手が私の背中をさする。カルチェレイナの蝶はいつの間にか消え、騒ぎで気づいていないうちに痛みも治まっていた。

 エリアスは半泣きで「大丈夫ですか」と繰り返す。私が思っていたよりもずっと心配していたようだ。


「平気よ。痛いのも治ったし、動けるわ。逃げましょう」

「……はい!」


 するとやっとエリアスの顔に笑みが浮かんだ。


 私たちが立ち上がったことに気がついたカルチェレイナは、咄嗟に魔気の針を飛ばしてくる。何とかかわし、ディルク王のところまで向かう。


「逃がさないわよ!」

「娘は返してもらうぞ。よし、後は頼む」


 ディルク王はその場を親衛隊員に任せると、私の手を引き走り出す。年老いているとは思えない速度だ。私は何度も転けそうになりながら、半ば引きずられるように駆けた。


 カルチェレイナの魔の手から逃れられることに喜ぶ暇はない。必死に走る、走る。

 後ろからエリアスも来ていた。彼は羽を拘束されているせいで飛べない。


「エリアス、羽は!?」

「今はまだ壊せませんが、問題ありません」


 どうやら、手の拘束具よりも羽につけられた拘束具の方が強力なようだ。



 こうして私とエリアスは、魔界を脱出したのだった。

 残してきた二人の親衛隊員が心配だが、彼らはとても強い。きっと無事だろう、と推測する。

 これでカルチェレイナが諦めるとは思えないが、ひとまず彼女から逃れられて安堵する。


 ——麗奈。


 ただ、私の中には小さな思いが残っていた。

 大切な友達だと思っていた麗奈。

 叶うなら……彼女にもう一度会いたい。

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