77話 「混同しないで」
まともな明かりのない部屋の中、逃げ場はない。エリアスは拘束されて動けない状態だ。私を護るものはないこの状況、今までならただただ恐怖に震えるしかなかっただろう。
しかし今は違う。私は恐れない、決して!
「さて、アンナ。まずは貴女の力を貸してもらいたいの。あたしの夫と子どもたちを生き返らせてちょうだい」
生き返らせる?
なかなかバカげたことを言うものだ。私に生物を生き返らせることなどできるわけがない。
魔界の王妃ともあろう者がそんな子どものような夢をみるとは恐ろしい。彼女は四百年もの間、そんな幻想と共に生きてきたのか。そう考えると哀れだ。
「生き返らせるなんて私にはできないわ」
もちろん実際に不可能というのもあるが、天使の私が悪魔を復活させるなどありえないことだ。そんなことをしたとばれれば私は今度こそ本当に死刑になる。折角死刑にならず済んだというのに、そんなことで死にたくはない。
私の返答が気に食わなかったらしいカルチェレイナは眉尻を引き上げる。
「あたしから家族を奪ったのは貴女でしょう。殺すことはできるのに生き返らせることはできないと、そう言い張るつもり?」
彼女は恐らく四百年前の王女と私を重ねて見ているのだろう。勝手に混同するのは止めてほしいものだ。
「カルチェレイナ。貴女の家族を殺めたのは私じゃないわ」
「黙りなさいよ!」
初めて声を荒げた。
カルチェレイナがこんな風に激しく感情を顕わにしたのはこれが初めてだ。
「忌々しい王女! 貴女があたしから何もかもを奪い去ったのでしょう!」
随分な言いがかりね、私は何もしていないというのに。
同じ力を持っていたってまったく同じ天使なわけじゃない。彼女はそれを微塵も理解していない。
四百年前の王女への個人的な憎しみを私にぶつけるのは勘弁して。
「待って、私と貴女が憎んでいる王女は別人よ。私はアンナ、関係ないただの王女よ」
「でも同じ力を持っている!」
取り乱したカルチェレイナに掴みかかられる。
彼女は必死だ。黄色い瞳が憎しみで爛々と輝いている。
「せめてその力で罪を償いなさいよ!」
「無理だわ」
「エンジェリカの秘宝はどんな願いも叶えるのでしょう!? さぁ、生き返らせなさい!」
ヒステリックに叫び、彼女は私を放り投げる。
その勢いのまましりもちをついて腰を強打した。痛いわ……。
「早くっ!」
追い打ちをかけるように叫ぶカルチェレイナ。これ以上ヒステリックに怒鳴られるのも耳が痛いので、実際に不可能なことを証明してみせることにした。
とはいえ、実際に試してみたことはない。もし成功してしまったらどうしようという不安はあった。だが身のため。どうのこうの言ってはいられない。
「生き返れ、生き返れ……」
今までの時とは真逆で、絶対に成功してほしくない。
「生き返れっ!」
失敗することを祈りながら私はそう叫んだ。
——沈黙。
カルチェレイナを筆頭にヴィッタやルッツ、もちろんエリアスも、この場にいる全員が私の術が成功するかを食い入るようにみつめた。
しかし、悪魔たちが生き返ることはなかった。私は内心胸を撫で下ろす。これで不可能が証明された。
「思った通り、やはり私には無理だったわ」
そう言ってカルチェレイナの方を向き、私は驚きで硬直した。
彼女の整った顔が怒りに満ちていたからだ。眉はつり上がり、手は微かに震えている。今にも叫び出しそうだった。
「やっぱどんな願いも叶うとか嘘だったってことぉ? キャハッ! エンジェリカの王女もたいしたことないねぇ」
ヴィッタがケラケラ笑いながら口を挟むと、カルチェレイナは凄まじい怒りの形相でヴィッタを睨んだ。
「黙ってなさい。塵になりたいの?」
この世のすべてが凍てつくような冷たい声色。さっきまでの余裕に満ちた柔らかな雰囲気が嘘のよう。まるで別人になってしまったかのような変わりようである。
一瞬にしてこれほど変わるものか——いや、こちらが彼女の本性なのかもしれない。
あまりの恐ろしさにさすがのヴィッタも身を固くする。明らかに普通でない彼女すら圧倒するカルチェレイナの迫力は、まさに「悪魔」と呼ぶに相応しい。
「貴女……本当に生き返らせられないの?」
少しだけ冷静さを取り戻し彼女は尋ねてくる。私はその問いに頷く。
「本当なのね?」
私はその問いにも頷く。
すると彼女は物凄く冷ややかな表情になり片手をこちらへ向ける。鋭く長い爪が私を睨む。
「なら死になさい」
禍々しい魔気でできた大量の針が一斉に飛んでくる。
避ける時間はなかった。
「……っ!」
反射的に防ごうとした腕に、一瞬にして針が次々刺さった。言葉にならない激痛に襲われる。今まで味わったことのない痛み。頭が真っ白になる。何も考えられない。
ダメだ、慌てるな。落ち着け。冷静になって対処を考えろ。
いくらそう言い聞かせても、痛みに思考を掻き乱されてまともに考えられない。
「王女!」
エリアスの叫び声が耳に入るが返事するほどの余裕はない。それどころか彼に目をやることすらできなかった。
腕でこの痛み、体に刺さっていたらかなりまずかったと思う。
「痛くて声も出ない? 安心なさいな、すぐには死なないわ」
必死に顔を上げると、カルチェレイナは片側の口角を上げてニヤリと微笑んでいた。
「すぐには死なせない。こんな簡単にくたばられたら、あたしの復讐を果たせないもの」




