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エンジェリカの王女  作者: 四季
〜 第二章 地上界への旅 〜

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76話 「たった一つの星」

「あら、もう起きたのね」


 私が目覚めた瞬間、カルチェレイナはそんなことを言った。艶のある唇に笑みを浮かべながら。

 辺りを見回すと、殺風景な狭い部屋だった。隣にはエリアスが横たわり眠っている。


「アンナ、夢はどうだったかしら? 素敵だったでしょ」


 素敵なわけがない。エリアスを殺めなくては覚めない夢の、どこが素敵なのよ。

 私は一度怒りすら覚えた。

 しかし自制する。怒ってはならない。彼女に怒っていると悟らせてはならない。


「……えぇ」

「気に入ってもらえて良かったわ」


 気に入ったものか。不快極まりなかったわよ。あんな後味の悪い夢。


「明日の朝、迎えに来るわ。それじゃあまたね。最後の夜、ぜひ二人で楽しんでちょうだい」


 カルチェレイナは笑みを浮かべつつ部屋を出、外から鍵をかけた。


 暗い部屋に一人取り残される。何だか肌寒い。


「……エリアス。起きて。聞こえる? 起きて」


 私は、まだぐっすり眠っているエリアスの体を揺すり、声をかけてみる。まったく起きそうにない。もしかすると彼も覚めない夢をみているのかもしれない。

 少しすると、エリアスは「うぅ」と小さく声を漏らした。どうやらうなされているようだ。

 起こしてあげたいが、名を呼んでも体を揺らしても起きないものだから、私にはどうしようもなかった。なのでしばらくそっと見守っておくことにする。


 それから数分が経過した。

 エリアスは急に目を覚ます。その額には汗の粒が浮かんでいた。


「……王女」


 おかしなものを見たような顔をするエリアス。


「おはよう」


 私は小さく言った。


 彼は額に浮かんだ汗を手の甲で拭う。若干呼吸が乱れているのが感じられる。

 彼も私と同じような夢をみたのかな、と思い尋ねてみる。


「エリアス、夢の中で私を殺した?」


 すると彼は疲れたような顔で答える。


「いいえ。自分を刺しました」


 それを聞いて信じられない思いで彼を見る。真っ直ぐこちらを見据える瑠璃色の瞳は、嘘をついているとは思えない。


 自分を刺すことでも目が覚めるというのは驚きだった。それと同時に自身を恥じた。


 ——私には自分を刺す選択肢はなかった。


 私のエリアスへの思いは所詮この程度だったのかもしれない。本当に大切に思っているなら幻でも刺せなかったはずだ。


「あの、王女。どうかなさいましたか?」


 彼が心配そうに覗き込んでいた。私はそれに気づきハッとなる。

 つい考え込んで、会話を忘れていたわ……。


「ごめんなさい、エリアス。私貴方を刺したわ」


 エリアスは首を傾げる。


「夢をみたの。貴方にナイフで襲われる夢」


 いざ本人に言うとなると言いづらい。

 彼を責めているわけではない。それが上手く伝わるか分からなくて不安を抱いた。


「それは……なかなか恐ろしい夢ですね。しかしご安心を。私が王女に牙を剥くことなどありえません。そんなことをするぐらいならば自害します」


 怖いことを言うのは控えてほしいな。それでなくても暗くて怖い場所なんだから。突然自害しそうで心配だわ。


「えぇ。もちろんそれは分かっているわ。ごめんなさい、疑ってるわけじゃないの」


 私とエリアスはそれなりに長い付き合いだ。だから彼が私を傷つけるはずがないことは分かっている。あれはカルチェレイナが生み出した幻にすぎない。


「貴女が護衛隊長でいてくれて心強いわ」


 こんな風に言葉を交わせるのも今だけかもしれない。そんな不安が湧いてくる。


 それを察したのか、エリアスはそっと抱き締めてくる。


「この先、何があったとしても——常に貴女の傍に」


 静かな調子で彼は言った。


 魔界だし、捕らわれの身だし、明日になればどんなことが待っているか分からない。

 でも今は乗り越えられるような気がする。たとえどんな困難が待ち受けていても、二人だから大丈夫。きっと何とかなるわ。


 私は何げなく辺りを見回す。すると部屋の壁の上の方に小さな窓があることに気づく。

 その外の黒い空に、たった一つだけ星が輝いている。


「見て、エリアス。星があるわ。魔界でも星が見えるのね」

「星? 珍しいですね」


 エリアスは不思議そうに見上げ、驚いた顔をする。


「……とても強い輝きの星。ここまで光が届くとは驚きです」


 ——闇の中、たった一つで輝き続ける星。


 私にはそれが希望の光のように思えた。



 そして翌日。


 魔界の空は一日中薄暗いので時間が掴みにくいが、カルチェレイナが迎えに来たので朝だと気づいた。「朝迎えに来る」と言っていたから。私とエリアスは彼女についていく。

 胸元のブローチの白い羽にそっと触れる。柔らかな感触、少し心が穏やかになった。落ち着いたからか、頭の中が澄み渡るような感じがする。


 カルチェレイナが向かったのは昨日と同じ部屋だった。分厚い扉を開け、中へ入る。


「ヤーン! 今日も綺麗なカルチェレイナ様っ、おはようございまぁす。キャハッ!」


 随分ご機嫌なヴィッタが異様なテンションでカルチェレイナを迎える。しかしカルチェレイナは慣れているようで、眉一つ動かさず「おはよう」と返す。

 ヴィッタだけではなくルッツも既にそこにいた。彼は淡々とした調子で「おはようございます」と挨拶をする。こちらはあっさりした関係のようだ。


「ルッツ、彼を」


 カルチェレイナが短く指示する。ルッツは速やかにエリアスの身柄を拘束する。


「……離せ!」


 咄嗟に抵抗しかけたエリアスに、カルチェレイナは余裕の笑みを浮かべつつ警告する。


「暴れたらアンナがどうなっても知らないわよ」


 警告を聞き、エリアスはすぐに抵抗を止めた。

 エリアスはルッツに両手両翼をくくられる。そのまま数メートル先まで連れていかれ、その場に座らされる。


 ルッツは魔気で作った黒い剣の先をエリアスの首に当て、脅すように言い放つ。


「少しでも動けば斬る!」


 エリアスは呆れて無視した。


 私の方へはカルチェレイナが寄ってくる。


「さて、説得しようかしらね。アンナ……力を使うのは禁止にしましょう。あたしも貴女にはあまり乱暴なことをしたくないわ」


 微笑んでいるのが余計に怖さを強調している。


 この時、私は既に心を決めていた。「何があっても決して諦めない」と。

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