64話 「蜂蜜の不思議な魔法」
翌日の朝、私は麗奈に電話をかけた。お出かけする約束をするために。この前はこちらの都合で急に取り止めにしてしまったのをちゃんと謝りたかったので、時間に余裕を持って電話した。かける前は緊張していた。しかし、麗奈が明るく「大丈夫よ」と言ってくれたので、私は安堵した。本当に怒っていない感じで、とても心の広い人だなと尊敬した。こんな友人を持てて私は幸せだ。
そして約束は火曜日、つまり明日になった。
今日は丸々一日予定が空いてしまった。
出かけるのもいいだろうが、あんなことの後だ。どこかへ遊びにいくという気分にはなれない。
それに、ジェシカはまだ傷が回復していないので、到底出かけられる状態ではない。ノアもそんな彼女を置いて出かけはしないだろう。
そんなことで、何をするでもなく、ただ椅子に座って退屈な時間をすごしていた。
エリアスに手紙を書くこともないしね。
「……退屈」
私はテーブルに突っ伏し一人呟く。
平穏な日常こそが幸せだと分かっていても、やはり退屈は退屈だ。
「王女、何かお茶を淹れましょうか?」
エリアスは冷蔵庫の中身を整理しながら何げなく言う。
そういえば早朝どこかへ行っていたわね……買い物かな。
「そうね。折角だし、お願いしようかな」
「はい。では淹れますね」
彼は嬉しそうに冷蔵庫を離れ、台所へ向かう。
それにしても不思議な感じ。エリアスが台所に立っているなんて違和感ありすぎだ。
エンジェリカにいた頃は家事も身の回りの世話もヴァネッサが全部こなしてくれていたので、彼は戦っているところしか見たことがなかった。あくまで護衛隊長だったから。
小振りのポットとコップ、それにスプーンを取り出し、作業を始める。
「エリアス、早朝はどこへ行っていたの?」
「すぐ近くのお店へ行ってきました。確かコンビニエンスストアという、一日中営業している何でも屋です」
「ふぅん……って、えっ!? 一日中営業してるの!?」
エンジェリカには一日中営業しているお店なんてなかった。地上界はおかしなところが凄いわね。
「はい。勝手に出歩いてすみません。ですが、色々なものを購入できました」
「何を買ったの?」
「飲食物や日用品といった類いのものを。それと練習用として茶葉も買いました。あと、お茶に合うお菓子も」
……結構買ってるわね。
「エリアス、何だか気合い入ってるわね」
「そうですね」
数分後、彼はお茶を注いだコップをテーブルに置く。
「私は王女のためなら何でもしたいです。貴女が常に笑っていられるように、幸せであれるように。さぁ、どうぞ」
外観は昨日と同じ、アイーシアのお茶だ。
出されたお茶を早速飲んでみる。そして驚いた。昨日より喉越しが滑らかになっている。多少甘みを感じる。
「昨日より美味しくなってる! 何か変えたの?」
「えぇ、実はこれを少し」
彼の手に握られているのは蜂蜜だった。
「えっ! は、蜂蜜? でもそんな匂いはしないわよ」
「アイーシアは香りが強いので蜂蜜に負けないようですね。今朝、一度試してみましたが違和感がなかったので。多少改善されましたか?」
「考えたわね。良くなってると思う! それに甘いからデザートにもなりそうな感じね」
そんな深い意味のない会話を続けて暇を潰した。
その時ふと、ある案を思いつく。
「そうだ。明日麗奈と会うんだけど、エリアスも一緒に行かない?」
これなら麗奈にエリアスを紹介できる。上手くいけば彼女の友達が増えることに繋がるかもしれない。
「私ですか? なぜです」
エリアスは台所の端に置いた白いビニール袋の中を探りながら不思議そうに返してくる。
やっぱり変かな。
「麗奈、気の合う友達があまりいないみたいなの。だからエリアスを紹介しようかなーって」
友達が増えるのは素敵なことだわ。それに人間と天使の交流にもなるし。
だが立ち上がってこちらを向いたエリアスは難しい顔をしていた。
「私の聖気では人間に交じるのは難しいです」
確かにこの凄まじい聖気を抑えるのはなかなか難しいかもしれないわね。
「でも買い物はできたんでしょ? それなら……」
「買い物は短時間ですから羽さえ隠せばごまかせます。けれどある程度以上近くにいれば人間でないと分かられてしまう可能性が高いです」
確かに三重坂にはこんな金髪や瑠璃色の瞳の人間はいない。でもジェシカやノアだって髪はカラフルだし、私も金髪だけど特に何も言われたことはない。
麗奈だって普通に友達になってくれたし。
「大丈夫、人間には聖気なんて分からないわ。だから一緒に行きましょ。ね?」
しかしエリアスはまだ頷かない。
「すみませんがお断りします。王女の私生活にまで介入するわけにはいきません。それは護衛隊長の仕事ではないのです」
余計な時だけ頑固なのがたまに疲れる。こんなことどっちでもいいじゃない。大人しく従ってくれればいいのに。
「そっか……」
私はしょんぼりした振りをする。
椅子から立つと、エリアスの前まで行って手を取り、上目遣いで彼を見る。
「でもね、一緒に行きたいの。これはエリアスにしか頼めないことなの。だからお願いっ! ……ダメ、かな?」
私から懇願されればエリアスもさすがに断れないはず。
彼は迷っているようだった。しかし、少しすると、フッと柔らかく頬を緩める。
「……そこまで言っていただいて断るわけにはいきませんね。分かりました、同行します」
「ありがとう!」
そう言ってくれると思っていたわ!
「明日でしたね」
彼は相変わらず記憶力が良い。
「えぇ、そうよ! また貴方と一緒にお出かけできるなんて、何だか夢みたいね。嬉しいわ」
これは演技ではない。
エリアスと一緒に出かけられるのは純粋に嬉しいことである。
「麗奈さんに電話しておいてはどうです? いきなり二人で行くと驚かせてしまうかもしれません」
「そうね。言っておくわ」
確かに、と思う。
そして私は電話へと急いだ。




