56話 「私の持つ力」
その日の夜、私は麗奈に電話をかけた。来週の月曜日にしていた会う約束を取り消そうと思って。しかし電話は繋がらなかった。仕方なく諦め、明日の朝にかけ直すことにした。
「ノアさん、ノアさん?」
椅子にぼんやりと座っていた彼に声をかける。だがしばらく返答がなかった。帰ってきてから彼はずっとこんな感じだ。
ジェシカが拐われた。
優しい性格の彼は私を責めはしなかったが、本当はショックを受けていたのかもしれない。
「ノアさん!」
少し声を大きくすると、彼はハッとしてこちらを向く。
「あ、王女様。何か用ー?」
何もなかったかのように装っているが、いつもより声のトーンが低い。……無理もない。小さい頃からずっと一緒だった相棒が拐われたのだから、ショックを受けるのも当然のことだ。
「ノアさん、私ね、少し練習してみたいと思うの」
言葉が現実になる不思議な力。あれを確実なものにすれば、ジェシカ救出に役立つかもしれない。そう思ったのだ。
「言葉が現実になる力を使いこなせるように練習するのー? いいよー。試してみようかー」
ノアは私が言わんとしていることを理解してくれ、そのうえ快く頷いてくれる。いつものことながら本当に良い天使だと思う。
準備は十分もかからなかった。
チラシを貼りつけた糸を天井から垂らす。左右に三つほど。
「これは……何をするの?」
私の脳内に疑問符が溢れる。一体何の練習をするための用意なのか。
「説明するねー。今から僕が右か左か真ん中って言うから、そのチラシを破ってみてー」
なるほど、実に地道でシュールな練習ね。けど少し楽しそうでもある。
「指定された位置のチラシに、破れろって言えばいいのね。楽勝だわ!」
このくらいなら私でもできそうだ。力も要らないし。
「じゃあ、真ん中ー」
私はその声に頷くと、真ん中のチラシに意識を向ける。そして今までみたいに心の中で「破れろ、破れろ」と繰り返す。
そして。
「破れろ!」
と叫んだ。
しかし、驚いたことに何も起こらなかった。真ん中のチラシは破れるどころか折れてすらない。私が叫ぶ前とまったく同じ状態。
「え……。ど、どうして……? 何も変わってない……」
慌ててノアに目をやる。
「ダメだったねー」
あっさりそう言われた。ちょっと落ち込みそうだ。
「何度でも試してみるといいよー。次は左ー」
そんな風にしばらくずっと同じことを繰り返した。だが残念なことに、私の力が発動されることはなかった。
「そんな、どうして!?」
これくらい容易いと思ったのに。
「うーん。内容の問題かなー。じゃあ別のこと試してみようかー?」
「えぇ、そうね」
「じゃあ僕を浮かせてみてー」
いきなりランクアップしすぎな気がするが。
「分かった。やってみるわ」
私は意識を彼に向ける。
「浮け、浮け……浮けぇっ!」
ゴンッ!
一気に浮いたノアが天井で背中を打って勢いよく地面に落ちた。
「せ……成功だねー……」
打った背中をさすりながらノアは言う。天然気味なノアですらさすがに痛いようだ。
「これは役立ちそうだねー。十分痛いよー……」
上手くいったようだ。
まぁノアにダメージを与えても意味がないけどね。
「王女様の力はどうやら生物に対して働くみたいだねー」
「そっか!」
それならチラシが破れなかったことも説明がつく。
「王女様ー、他のこともしてみていいよー」
ノアはまだ背中をさすりつつもニコニコしている。
「次はもっと軽くしてみるわ。……浮けっ」
するとノアの体がフワリと持ち上がり空中でフワフワ漂う。
「おー。浮いてるねー」
ノアは感心している。
「はいっ、着地っ」
すると彼はゆっくり地面に降りた。
「王女様は凄いなー。もうマスターしたんだー」
「でも……疲れたわ……」
急激に体が重くなる。だるい、という感じ。
「聖気を使ったことによる疲労じゃないかなー? 僕もやりすぎると段々しんどくなるよー」
「どうすれば回復するの?」
「しばらく待つことかなー。勝手に回復するよー」
なかなか深いな、聖気。そんなことを思いつつ、少し嬉しい気持ちになっていた。
この力があれば私も少しは役に立てる。戦力になれる。もちろんエリアスやジェシカに勝てるはずはないけれど、それでも全然構わない。
翌朝、天界郵便のキャリーがまた郵便物を持ってきた。
「おはようございます! 今日はやや大きめの郵便物がありましたよ!」
キャリーは丁寧に教えてくれる。見ればすぐ分かることなのに。
彼女が帰ってから、受け取った茶封筒を開ける。すると中から便箋一枚と手のひらサイズの四角い板が出てくる。
便箋を読んでみる。
『エンジェリカの王女へ 昨日は楽しかったねぇ。同封した四角いやつの、下のところにあるボタンを押してみて! そしたら話せるよ。 ヴィッタより』
「何これ!? ノア、来て!」
私は驚き急いでノアを呼ぶ。
「……何だろうねー」
ノアは怪訝な顔をしながら、四角い板の下のところにあるボタンを押した。すると板に映像が現れる。
暗い牢獄のようなところで、ヴィッタの姿が映っていた。
「ヤーン! 早速つけてくれたんだぁ、ありがと!」
映像のヴィッタは言いながらこちらを向く。
「昨夜は久々に楽しかったぁ! 王女がヴィッタにくれたおもちゃ、凄く良かったよぉ。一晩中遊べちゃった! やっぱり生きがいいと持ちが違うねぇ」
彼女は随分ご機嫌なようで、ただひたすら一人で喋り続ける。まるで独り言かのように。
「王女、素敵なおもちゃをくれたお礼に、ヴィッタの遊びを見させてあげるよ! キャハッ!」
ヴィッタがこんなにご機嫌だということは……。
私は嫌な予感しかしなかった。




