48話 「いざ地上界へ!」
『まもなく地上界三重坂ー、三重坂ーー』
また車内アナウンスがあった。列車が出発して三十分くらいが経っただろうか。ノアは少し前からすっかり眠っている。
「みつえざか?」
聞き慣れない名称に首を傾げると、それまで退屈そうにしていたジェシカが答える。
「うん、三重坂はあたしたちの借りてる家がある街の地名だよっ。天界と地上界、そして魔界。三つの世界が繋がっているところだから、三重坂っていう名前になったんだって」
「へぇ、そうなんだ」
私はさっき来た車内販売で買ったクッキーを頬張りながらジェシカの解説を聞いた。……それにしても、このクッキー美味しい。
「王女様、それ気に入った?」
ジェシカが面白そうに笑いながら尋ねてきたが、口いっぱいにクッキーが入っているため返事ができない。ひとまず頷く。
「美味しそうに食べるね」
ノアはすっかり眠ってしまい首がガクンガクンなっている。こんな状態が続くと、そのうち首を痛めそうだ。
「そろそろノア起こそっか。もう着くし」
「私が起こしてもいい?」
「いいよ」
ノアの肩をトントンと軽く叩いてみる。しかし無反応。このくらいの刺激では起きそうにない。
「王女様、ノアを起こすにはこれぐらいしないと」
と言いながらジェシカはノアの頬をビンタした。それもかなりの力で。ノアの目がパチッと開く。
「……あれー?」
意識が戻ったらしい。「そんな全力でビンタしなくても」と思う私だったがノアは気にしていない様子だ。私は知らないが、もしかしたら、いつものことなのかもしれない。
「あ、もう着いたー?」
「アンタいつまで寝てんの。もうすぐだから!」
「うん。荷物出そうかー」
ジェシカに厳しい口調で言われてもノアは気にしていない。いつもと変わらないのんびりした口調で話すだけ。足元の棚から大きい荷物を取り出す。私は荷物がほとんどないが、二人はわりと大きめのカバンである。
『三重坂ー、三重坂ですーー。お降りの際は〜〜』
何やら長いアナウンスが車内に響く。私は、数枚だけ残っているクッキーの箱を、自分の小さなカバンにしまった。
「さっ、降りるよっ。ちゃんとあたしの後ろを来てね」
ジェシカに言われたので私は彼女についていった。列車を降りても、一生懸命ジェシカについていく。
「次エスカレーターだから、気をつけて。動くよ」
ジェシカが警告する。足元を見ると、階段が動いていた。
誰かが何かをしているわけでもないのに、動く階段は、どんどん進んでいっている。
「生きてる!?」
「はいはーい、乗るよー」
後ろにいたノアが私の体をひょいと持ち上げ動く階段に乗せた。自力で乗るとなるとタイミングが難しそうだったので、ノアに乗せてもらえて助かった。
「ふぅん、不思議な生き物がいるのね……」
「王女様、生き物じゃなくて機械だよー」
初めて来る地上界は、奇妙なことが多い。
「はい、切符! 改札通るよ!」
ジェシカは大きなカバンを抱えながらも手際よく切符を渡してくる。なくしたらいけないから、と私が彼女に預けていたものだ。
「改札って?」
するとジェシカが指差す先には四角い大きめの箱のようなものがある。
「あれの隙間に切符を入れて」
「え、えぇ……」
私は改札に着くと、切符を穴にゆっくり差し込む——シュッ。何もしていないのに吸い込まれて驚く。
「ひゃっ! 中に何かいる!?」
「はいはーい。王女様、後ろが並ぶからどんどん進んでねー」
地上界恐るべし。
そんなこんなで私はやっと駅を出た。しかし、外に出てからも衝撃の連続だった。
まず人間はみんな同じような髪色をしていた。それも黒や茶色と地味な色。さらに服装も似たり寄ったりだ。そして最も驚いたのは、鉄の塊が走り回っていること。ジェシカに「車」と呼ぶのだと教えてもらった。その「車」なる物は、色も形も大きさも様々で、バリエーションが豊富すぎる。
私たち三人は車の中でも特に大きな「バス」に乗って、ジェシカとノアが借りているという家まで直行した。
「さて、着いた着いたっ」
バスを降りて数分歩くと、ジェシカとノアが借りているという家に着いた。質素な二階建てアパートである。
……それにしてもバスは凄い速さだった。
今まで乗ったどんな乗り物よりも速かった。例えるなら、エリアスが全速力で飛んだ時くらいの速さ。
「この家、すっごく久しぶりだなーっ!」
ジェシカは高いテンションで言う。はつらつとしている。
私たち三人は階段で二階へ上がり、一つ目の部屋のドアを開ける。中へ入ると少し埃の匂いがした。
「お邪魔します……」
初めて地上界の建物に入る。ドキドキしながら一歩踏み込む。……あ、意外と普通だ。
「そうだ! 王女様、お昼何食べるっ? 何かあったかなっ?」
ジェシカはそんなことを言いながら、大きく白い箱の中を漁っている。
「ジェシカさん、その箱は?」
「あ、これ?これは冷蔵庫っていうんだ。食べ物を冷やすの。保冷庫ってあるじゃん、それみたいな感じ」
「へーっ。コンパクトだし便利そうね」
そこに荷物を置いたノアがやって来る。
「王女様、ここにどうぞー。僕が作ったジェルキャンドル、見せてあげるよー」
私は椅子に座る。するとノアは近くの棚から綺麗な透明のコップを二つ持ってきて、私の目の前に置いた。
「うわぁ! 綺麗ね!」
片方のコップは青を基調として魚が泳いでいる海のようなもの。もう片方のコップは、緑を基調としていて、動物が森にいるような感じ。どちらも別の良さがある。
「これは何ていうの?」
「ジェルキャンドルだよー。綺麗だよねー」
私はコップの中の世界につい夢中になった。
「気に入ったなら王女様、作ってみる?」
ノアは珍しく楽しそうな顔をしている。
「私にも作れる……?」
「もちろん! 材料さえあれば、誰でも作れるよー」
「じゃあ作ってみたいわ!」
こんな素敵なものがあるなんて、地上界も捨てたものじゃないわね! ウキウキしてきた。
「そしたら、今から材料買いに行こうかー」
「えぇ! 行きましょう!」




