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エンジェリカの王女  作者: 四季
〜 第一章 天使の国 〜

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46話 「貴方は私の誇り」

「アンナ王女、本当に申し訳ありませんでした」


 あの後、私は親衛隊員たちに、ディルク王がベルンハルトに操られていたことを説明した。彼らは私が予想していたより理解してくれ、みんな揃って私に頭を下げた。私はただ死刑を免れたかっただけであり、彼らに謝ってほしかったわけではないが、ジェシカが一人一人謝らせた。なんということだ。


 そして私は改めて、ディルク王の前に立っていた。


「アンナ、お前には酷いことをしてしまった。いきなり死刑などありえん。それは謝ろう。だが、お前がエンジェリカを破壊したことは事実……」


 死刑以外なら何でもいい。生きてさえいれば何度でもやり直せるもの。


「そこで、お前に頼み事をすることにした」

「頼み事?」


 予想外な展開が私を待っていた。


「地上界へ行き、人間の文明について学んできてほしい」

「人間の……文明?」


 私は戸惑ったまま繰り返す。ディルク王は真剣な顔で私を見つめて続ける。


「そうだ。地上界へ行き、人間の社会で暮らす。何も難しいことではないだろう?」


 人間の暮らす世界なんて、考えてみたこともなかったけど、でもなんだか楽しそう。そう思い、私は頷いた。



「「地上界へ行く!?」」


 私は早速簡易救護所へ戻り、エリアスの様子を見守っているジェシカとノアにそのことを話すと、二人はとても驚いた。


「王女様が王宮の外で暮らすってこと!?」


 ジェシカはすぐ横に寝ている者がいるというのに構わず騒いでいる。落ち着きのなさが彼女らしい。


「それなら僕らの出番だねー」

「そうそう! あたしたちも王女様と一緒に行くよ。そうと決まれば早速用意しなくちゃ!」


 ジェシカは物凄く張りきっている。そういえば二人は以前地上界で暮らしていたと聞いたのを思い出す。もってこいの二人だ。


「いつ出発か分からないのに、もう用意するのー?」


 ノアは面倒臭そうに言う。


「当然じゃん! 善は急げだよ。そうだ、王女様に似合いそうな服を探してこなくちゃね」


 ジェシカは楽しそうに言いながら、立ち上がって気持ちよさそうに大きな背伸びをする。


「ジェシカさん、待って。服なんていいわ。私、色々持って……」


 私の持っている服はほぼドレスだが、着るものには困らない。


「駄目だよっ。地上界で暮らすなら人間みたいな服を着なくちゃならないんだから。さーて、じゃあ行ってきますっ」


 ジェシカは私の答えを待たずに歩いていってしまう。


「それに王宮が壊れたからクローゼットもないかもねー」


 ジェシカが去り二人になるとノアはそんなことを言った。そういえばそうだった、と思う。何でもいいが、エリアスの血液で赤く染まったこのドレスはどうにかしたい。ここまで真っ赤だと、通りすぎる天使にやたらと見られて、少し複雑な心境になる。


「僕もそろそろ用事に行ってこようかなー。王女様、一人でも大丈夫ー?」

「えぇ、平気よ」

「それじゃあ隊長をよろしくねー。また後でー」


 ノアは手を振りながらどこかへ歩いていってしまった。


 エリアスはまだ眠っている。着ていた服は脱がされ、素肌に包帯を巻いた状態で寝かされている。上に毛布をかけてもらってはいるものの寒そうだ。私はそんな彼の手を握り、目覚めるのをずっと待ち続けた。



 やがて夕方になり、夜が訪れる。エリアスはずっとびくともせずに眠っていた。それはもう、生きているのか何度も不安になるほど。ただ、手は温かい。


 夜空を眺めてぼんやりしていると、突然彼の指がピクッと動いた。私は驚いて彼に目をやる。細くだが目が開いていた。


「気がついた?」


 怖々声をかけてみると、彼は掠れた声で返す。


「……王女」


 ちゃんとした反応をしている。どうやら意識ははっきりしているようだ。私はひとまず安心した。


「良かった。エリアス、体の調子はどう?」

「……よく分かりません」

「そっか。そうよね。でも、生きていて良かった」

「……ありがとうございます」


 それを最後に沈黙が訪れた。もう多くの天使が眠りつつあるのだろう、昼間の騒がしさが嘘のように辺りは静かになっていた。私もエリアスも、何も言わなかった。


 私はふいに夜空を見上げる。空にはたくさんの星が輝いていた。今は希望の星に思える。不思議と温かな気持ちになった。


「……王女。ごめんなさい」


 エリアスがいきなり沈黙を破って謝ってくる。


「どうして謝るの?」


 私には彼が謝る理由が分からなかった。謝るとすれば私の方なのに。


「……貴女を護ると、ずっと傍にいると……言ったのに」


 エリアスは言いながらゆっくりと上半身を起こす。


「どうして? エリアス。貴方は私のこと、ちゃんと護ってくれたじゃない」


 しかし彼は随分浮かない顔をしている。


「……私はベルンハルトに負けました。王女の前であのような不覚をとるとは情けない……」

「そんなことないわ!」


 私は両腕を彼のわきにまわし、頬が胸元に食い込むくらい強く抱き締めた。包帯の生地が頬に触れてザラザラするが、そんなことは気にならない。


「情けなくなんてない! エリアスは私を護ってくれた。貴方は私の誇りよ!」


 それから一度体を離して彼の顔を見ると、彼は泣いていた。瑠璃色の瞳から溢れた涙が、頬を伝ってポロポロとこぼれ落ちる。彼自身も無意識のうちに泣いていたようだった。


「……ごめんなさい、王女。私は本当に……情けない……。護衛隊長失格ですね……」


 エリアスは包帯に包まれた手の甲で溢れる涙を拭く。


「でも、無事で良かった……。もう会えないかと思いました」


 彼がこんな風に涙を流すところを見るのは初めてだ。


「私もちょっと思ったわ。でもエリアスはきっと生きてるって信じてたの」

「ありがとうございます。私は幸せですね……」


 寒い夜だった。


 だけど、エリアスが傍にいるから、ちっとも辛くはない。むしろとても幸せな気持ちだった。

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