45話 「結末」
この状況はどう考えても不利だ。こちらはノアとジェシカの二人しかいないのに対し、相手は多勢、しかも親衛隊員。個々の戦闘力もかなり高いはずである。ジェシカ一人で敵うかどうか怪しい。
「ノア! 王女様守ってて!」
彼女は剣を構え、今にも飛び出しそうな勢いだ。
今の彼女の表情は、いつになく生き生きとしている。
「うん。死守だねー」
そう答えたノアは私を自分の傍に引き寄せ、紫色の聖気でドーム状のシールドを作り出す。
「王女様も苦労するよねー。ただちょっと壊しただけなのに死刑なんてさー」
今はただ、ジェシカを信じるしかない。何もできない自分が悔しいが、処刑されないためにはこの方法しかないのだ。
ジェシカは勇ましく挑む。小さな少女の体で親衛隊員たちと互角に渡り合えるのは凄いと思った。彼女は身軽さを武器に一人戦い続ける。殺してはならないのが難しいところかもしれない。
「ジェシカさん、一人で大丈夫かな……」
私は不安でいっぱいだった。
「大丈夫だよー。王女様は優しいからすぐに心配するよねー」
その一方、ノアは落ち着いていた。穏やかな笑みを浮かべ、軽い口調で話す。
「そこが美点でもあるんだけどねー……え?」
いつも通りのまったりぶりだったノアがピクッと何かに反応し視線を移す。
彼の視線の先に、ディルク王がいた。
「お、お父様っ!?」
まさかディルク王が直々に現れるとは。そんな風に驚いた刹那、ノアが小さな声で言う。
「……王様じゃない」
「え?」
私は思わずキョトンとしてしまった。ノアは一体を何を言い出すのか、と。いくら親しくない親子とはいえ外見ぐらいは正確に記憶している。私が見間違えるはずがない。
「……気が違う。あれはベルンハルトだよー」
「えっ!?」
でも、さっき私、普通に話して——そうか!急に閃く。
「ベルンハルトが父の体を乗っ取っているとか?」
「……正解」
ディルク王はこちらへゆっくりと歩み寄ってくる。やがて、私との距離が数メートルくらいになると立ち止まり、口を開く。
「アンナ、諦めろ。誰に頼ろうが逃げきることは不可能だ。エリアスが倒れた今、お前を守りきれる者などおりはしない」
今ディルク王が話したことで分かった。このディルク王は私の父ではない、ベルンハルトだ。
「貴方、お父様ではないわね」
私は勇気を出して言った。ノアが驚いた顔をする。
「何を言う? おかしな小娘だ。父親を父親でないと言うとは、恐怖で気がふれたか」
……やっぱり。
最初ノアに言われた時は信じられなかったけれど、今の会話で確信した。目の前のディルク王はディルク王でないと。
「ベルンハルト! お父様から出ていって!」
私は鋭く叫んだ。今までなら味方に隠れていただろうが、私は変わったのだ。
「……何を言っているのやら」
ディルク王、否、ベルンハルトはまだとぼける。
「貴方はさっき、エリアスが倒れたと言っていたけど、それを父は知らないわ。爆発の前、エリアスが倒れたのを見ていたのは、私とジェシカさんとノアさん、そしてベルンハルト!」
「……寝言は寝て言え」
私が気がついたのはそれだけではない。
「それにね、私のことをおかしな小娘って言ったでしょ。父は私を小娘とは呼ばないの」
「それがなぜベルンハルトである理由に……」
「ベルンハルト! 広場で私がブローチに触られるのを拒否した時、貴方は言ったわ。小娘ごときが、ってね!」
「……たいしたものですな」
ディルク王だが喋り方がベルンハルトに戻った。次の瞬間、ディルク王の姿のベルンハルトが殴りかかってくる。ノアが前に出た。
「……っ!」
ノアはベルンハルトの打撃をシールドで受け止める。
「ノアさん! 大丈夫!?」
「うん。びっくりしただけで、平気平気だよー」
いつもニコニコしているから、彼は心が見えない。そのせいで余計に不安である。
「アンナ」
横を見ると、黒い女が立っていた。容姿が真っ黒なのはいつもと変わらないが、柔らかい笑みを浮かべている。
「ベルンハルトを消滅させろ」
漆黒の瞳には光が宿っていた。
「……消滅させる? 私が?」
私が彼女と話す間、ノアはベルンハルトの攻撃を防いでくれていた。
「ディルク王に触れ、消えろ、と念じる。それで祓える。父親を救ってやれ」
「……分かった」
覚悟して首を縦に動かす。すると彼女はすっと消えた。
私はノアのシールドに攻撃を繰り返すベルンハルトに操られたディルク王に手を触れる。それを目にしたノアは口をぽかんと開けた。
消えろ。消えろ。
「消えろぉっ!」
私は目を閉じて叫ぶ。
その瞬間、ディルク王の体から力が抜けた。ディルク王はすっかり脱力し倒れ込む。
「……王女様、何したのー?」
呆気にとられた顔でノアが聞いてきた。
「ベルンハルトを消したの。これで父は父に戻ったはず。気はどうなった?」
ノアは少ししばらくしてから答える。
「王様のものだよ」
私は最大の溜め息を漏らした。これで私が処刑される運命は変えられたはずだ。




