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エンジェリカの王女  作者: 四季
〜 第一章 天使の国 〜

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35話 「銀の髪のベルンハルト」

 少しの間、沈黙があった。そして目の前の銀髪の男性は口を開く。


「まずは——、そこの躾のなっていない犬をどうにかしていただけますかな?」


 気がつくと、男性の首元に、エリアスが持つ槍の先が突きつけられていた。恐らくそのことを言っているのだろうと分かった私は、エリアスに指示する。


「エリアス。今はいいわ。一旦下がって」

「ですが、王女……」

「いいから下がって! 私の命令が聞けないの?」


 私は鋭く命令した。


 目の前のこの男、どうやら私をすぐに殺すつもりではないらしい。だがいずれは戦いになるだろう。その時に備えて、エリアスには休憩しておいてもらわないと。


「……分かりました」


 エリアスは命令に従い槍の先を銀髪の男性から離す。


「ふむ。一応まっとうな飼育をしているようですな」

「飼育とか言わないで下さい」

「おや。これはこれは、失礼しましたな」


 少しして男性は続ける。


「それにしてもこの国は実に興味深い国だ。王は大勢の護衛を連れて一番に逃げ、王女を護る者は二人しかいないのですな」


 ディルク王は実の父だが、あまり親しくないのだ。彼に置いていかれるのも仕方がない。


「その二人を殺せば貴女は……どんな表情をしますかな」

「寄らないでちょうだい!」


 ヴァネッサが噛みつきそうな勢いで叫ぶ。男性は呆れたような顔つきをして笑う。


「……黙れ」

「あっ! ……う」


 短い悲鳴をあげヴァネッサは地面に倒れ込んだ。私は何が起きたのか分からず、ただ愕然とするだけだった。


「動くなよ」


 男性は槍を構えかけたエリアスに対して、静かだが怖さのある声で言い放った。赤黒い瞳が鈍く輝く。エリアスに言ったのだろうが、こんなことを言われては私も動きづらくなる。


「……何をした」


 エリアスは怪訝な表情で小さく聞く。


「我が魔気を注入した。ただそれだけのことですぞ」


 男性は愉快そうに答え、私の方に薄ら笑いで向きなおる。


「魔気を浴びた天使がどうなるか、ご存じですかな?」

「……知りません」


 恐らく何か害を及ぼすのだということだけは分かったが、その理論は知らないので嘘ではない。


「天使が急激に多量の魔気を摂取すれば身を滅ぼす。魔気に慣れない体なのですから、当然といえば当然ですな」

「そんな! じゃあヴァネッサは……」


 すると男性は仰々しく丁寧なお辞儀をする。口調も行動も、乱暴でないところが、ますます怪しさを高めている。


「ご安心下さい、この女にはたいした量は入れていませんぞ。即死することはないでしょう。一時的に軽いショック症状を起こしただけですな」

「貴方、酷いわ。いきなり何てことをするの」


 すると男性は急に距離を縮め、冷ややかな声で忠告する。


「……よいですかな? 我は貴女とお話をしたいと言っただけ。貴女が大人しくしてくだされば、乱暴な手段を使わずに済むのですぞ」


 言葉こそ淡々とした調子だが、その表情はとても恐ろしかった。威圧的な表情、それに加えて戦慄するような魔気。逆らったら殺されるだろうと思うぐらいだ。


 民衆も王とそれを護る親衛隊も既に避難していて、この場にいるのは私たち三人と目の前の男性だけ。私は、ヴァネッサを心配する気持ちと、もっと早く逃げておくべきだったという後悔が混ざった、複雑な気持ちを抱いていた。しかし、やはり後者の方が大きい。私が無理矢理引っ張ってでもあの時逃げていたなら、ヴァネッサやエリアスもこんなことに巻き込まれずに済んだのに。


「……よろしい。では早速。エンジェリカの秘宝について伺ってもよろしいですかな?」


 またか、と思った。

 エンジェリカの秘宝についてはライヴァンにも尋ねられたことだが、私は本当に何も知らない。隠しているなどという話ではなく、事実知らないのだ。だからどうしようもない。


「ごめんなさい。エンジェリカの秘宝については話せません」


 男性は眉をひそめる。初めて表情が薄ら笑いから変わった。


「何ですと?」

「エンジェリカの秘宝については私も知らないんです。だから尋ねられても話しようがありません」


 強い魔気を発する悪魔で、エンジェリカの秘宝を手に入れようと探している。これはライヴァンと同じだ。


「もしかして、貴方は四魔将の方ですか?」


 私の中でそういう結論に至った。おおかた、ライヴァンが失敗したため次を差し向けてきた、というところだろう。


「おや、よくお分かりで。さすがは物分かりのよい方。ではその賢明さを称え、一応名乗っておきますかね」


 彼は大袈裟に拍手をしながら言い、そこで一度切って、それからまた続ける。


「我は四魔将が一人、ベルンハルト。魔界の王妃カルチェレイナ様に使えております。改めまして、以後お見知りおきを」


 銀髪の男性——ベルンハルトは礼儀正しく自己紹介をすると、赤黒い瞳で私を見つめた。


「エンジェリカの秘宝はどんな願いでも叶える。それは事実ですかな?」


 私は首を左右に振り否定する。


「知りません。でも、そんな都合のいいものがこの世にあるとは、私には思えません」

「まぁ何でもよろしい。では次を聞かせていただきますぞ」

「どうぞ」


 そう答えるしかない。拒否などしたところでヴァネッサの二の舞になるだけだ。


「エンジェリカの秘宝というのは、その赤いブローチのことなのですかな?」

「違います。それは断じて!」


 これは母との思い出、母との記憶。ライヴァンの時みたく奪われるわけにはいかない。


「なるほど。しかし、一応調べさせていただきますぞ」


 ベルンハルトの手がブローチに触れようとする。

 私は思わず、その手を払い除けていた。

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