Prologue
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
「あー!!本当に熱いっ!!」
ここは真夏の東京墨田区。
「なぁ…、コンビニ寄らないか?熱くてもう倒れそうなんだが…。」
真昼のギラギラとした直射日光を浴びながら、複数の高校生が話しながらが東京スカイツリーを背にして下校していた。
「まぁ、いいんじゃないの?私も喉カラカラだし。」
「私もアイス食べたーい…。もうこの暑いのムリ…。」
「そうだね。光輝君はどう?」
「…俺か?」
少し後ろの方にいた、180cm程のガタイと顔つきの良い光輝と呼ばれた少年は自分に指を指して自分のことかと話しかけてきた少女に確認を求める。
「そうそう。これからコンビニ行くけど一緒にどう?」
「…ごめん、もうちょっとで自分のマンションに着くから…。」
「そっかー。何かおごってあげようと思ったんだけどなぁ。」
「おやおや竹里部長、私たちの目があるというのにずいぶんと大胆にアプローチしますね。」
下校集団の一人の女の子が少し目元を吊り上げて、竹里部長という女の子の発言に食いつく。
「違うよっ!みんなにもおごるからっ!!…それに。」
「それに?」
「みんなに迷惑かけちゃったから…、ね。」
「「「「あー…。」」」」
光輝以外の人物は顔を苦くしてため息をついて納得していた。
「…暑さの影響で忘れてたけど、俺もそれくらいして貰わないと困ります。」
「俺たち三年は受験の関係もあるから早めに部活から上がれるはずだったのに、竹里部長が『3年のみんな!!どうせ私達はこの夏で引退することになるし、私たちも残って最後まで一緒に練習しよう!!』とか言ったせいで霧島先生がその言葉に燃えてしまっていつも以上に練習キツくなりましたもんね。」
「本っ当ですよ!!ただでさえ霧島先生の指導はかなり厳しいのに、早く帰れると思ってたから本当にキツくてしかたなかったんですからね!!」
「そうそう。光輝君も竹里部長に何か言ってやって。」
「…え?」
急に話を振られて光輝は顔に焦りを見せる。
「…まぁ、今日はいつもよりちょっと練習がキツかったかな。」
「ちょっと!?いやいやいや!!絶対に今日の練習はいつも以上にキツかったって!!」
「でも光輝くんがキツいって言うぐらいだし、剣道大好きなのは分かりますが今後は無責任な発言は控えてくださいね。」
「はい…、本当にすみませんでした…。」
反省の色を見せた竹里部長は、がっくりと肩を落としてみんなに謝罪をした。
「…あーあ。帰っても勉強しないとだしなぁ…。」
「確かお前墨田大学志望だったよな?お前の今の成績で受験なんか合格できるのかねぇ。」
「その台詞そのままアンタに返すわ。私よりも成績悪い癖に。」
「ウッ…!!」
論破されて言い返せなくなり、男の子は固まってしまう。
「…それもそうだがみんなは何処の大学に行くんだ?」
場の空気をこれ以上濁したくないと、無理やり踏ん反り替えって男の子は話題を切り替える。
「そうだな…。一応福岡大学志望だな俺は。」
「私は早稲田大学か墨田大学かなー。」
「私は…!」
「「「「あ、竹里部長の志望大学はもう何度も聞いたのでいいです。」」」」
「えー、そんなぁ…。」
言いたくて仕方なかったのに、それを遮られた竹里部長は少し不満そうな顔をした。
「そういえば光輝くんは大学決めたの?」
「…墨田大学を志望することにした。」
「へー、以外。光輝君なら東大か明治大学に行くかと思ってんだけどなー。」
「…流石にそれはちょっと。」
「まあ、流石の光輝にも東大はキツいよな。で、なんで墨田大学を志望したんだ?」
「…行きたい学科が見つかったから。」
「そっか。良かったな。行きたい学科見つかって。」
「…あぁ。ありがとう。」
悪ふざけながらも肩を強く叩いて光輝を祝福すると、男の子は次の話題を出してみんなとの会話に戻っていった。
「…。」
しかし、実際は墨田大学には光輝の行きたい学科など存在しておらず、同級生の半数が墨田大学を志望していたのに弁上しているだけであった。
そして大学受験に向けてみんなは自分のやりたいことや夢に一生懸命になって頑張っているのに、自分だけ他の人たちに弁上する形を取ってしまっているのことに罪悪感を覚えていた。
(そういえば、俺にやりたいことなんてあったかな…。)
ふとそう思った光輝は記憶を過去へと戻す。
(…。)
やりたいことは亡くなった父親の影響で始めた剣道があった。だが今は幼かった頃のように熱心に取り組めなくなり、剣道が自分のやりたいことであるという気持ちは父親が亡くなった頃から光輝の心から消えてしまっていた。
(もしも父さんが死んでいなかったなら、俺もやりたいことの一つや二つはあったのかな…。)
父親が生きていたなら自分はどんなことをやっていたのだろうかと光輝は深く考える。でもいくら考えてもその答えは出てこない。
(…俺は想像以上に今をつまらなく生きているのかな。)
こうした思いを深く考えて思い詰めていた光輝は
「…死ぬような思いや出来事があれば、このつまらなく生きている今がとても輝いて見えたりするのかな。」
といつの間にか心の中で思っていたことをふと口から漏らしていた。
「…光輝君どうしたの?もしかして疲れてる?」
「え?」
みんなが心配そうな顔をしている姿が目に入り、光輝は先ほど思っていたことが口から漏れていたことに気が付いた。
「ごめん…、何でもない。大丈夫だから。」
「らしくねぇな…。ま、何でも無いならいいけど。」
不安が消えて、みんなはそれぞれと別の話題を出して再び会話を始めた。
(これ以上考えたとしても意味は無いか…。)
考えることから離れようと、気分転換に光輝はみんなとコンビニに行くことにした。
「なぁ…。」
『やっぱり俺もコンビニに行く。』光輝がそう言おうとしたその瞬間
ズキン…
「…ッ!?」
心臓辺りに今までに無い程の激しい痛みが光輝を襲う。
(……何だっ!?………これっ!?)
あまりの痛さに光輝は左手で心臓のある辺りを強い力で鷲掴みにする。
「ウッ……!!…ァ!」
必死になって痛みを抑えようとするが、痛みは治まることなく更に強くなっていく。
「カッ…!…………ォオッ…!!」
心臓辺りの痛みが増していき、光輝は異様な程の冷や汗を流す。そしてそれに伴うように呼吸がどんどんが荒くなっていく。
(たっ…!………助けっ!!)
必死になって光輝は前を歩くみんなに助けを求める。
しかし過呼吸となった光輝の口からは小さくかすれたような声しか出せず、助けを求める声もみんなの話し声により相殺されてしまった。
(……………ぁ。)
痛みが限界を超えたその時、光輝は崩れるようにして酷い音を立てて地面へ倒れた。
「…何か変な音が後ろでしたぞ?」
「ねぇ、光輝くん。今の音何か分かる?」
竹里部長は光輝に尋ねようと後ろを振り返る。
「…っ!?」
そして振り返った視線の先に倒れている光輝が目に入った瞬間、竹里部長は足を止めて恐怖と驚きで顔色を染めた。
「どうしたの?」
突然と足を止めた竹里部長につられるように、みんなも後ろを振り向く。
「「「「…えっ!?」」」」
光輝が倒れている姿がみんなの視界に入り、竹里部長と同じように顔色は一瞬で恐怖と驚きに染まる。
「…光輝っ!!」
一人の男の子が事態をすぐに飲み込み、光輝の元へと向かう。
「おいっ!しっかりしろっ!!大丈夫かっ!?」
「…。」
しかしいくら男の子が声をかけても光輝は目を虚ろにしたままにしており、男の子の呼びかけに一切反応を示さないでいた。
「…救急車っ!!それとAED!!]
「「「「…。」」」」
「早くっ!!」
「「「…!」」」
戸惑いながらもみんなそれぞれ携帯から救急車を呼び、周りに助けを求めようと行動し始める。
「…ぁ、あぁぁあ…。」
竹里部長はあまりのショックによって
「い………、いっ…!いやああああぁぁあぁぁぁっぁああああああぁぁぁっ!!」
今目の前で起きていることを拒絶しようと、大きな悲鳴を上げてうつむいたまま動けなくなってしまった。
「…。」
しかし竹里部長の悲鳴や助けようとするみんなの行動姿は、もう光輝には届くことは無いのであった。