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第58話 わたし、行ってないわよ

 それ以降、私は友美さんに猛アプローチをした。とはいえ、誤解されないよう補足すると、ただ純粋に自分の理想像の彼女と仲良くなりたいと思ったのだ。


 それからというもの、私は仕事の事からプライベートな事(医師になる夢など)まで色々な事を友美さんに相談した。そのたびに彼女は嫌な顔ひとつせず、全てに真摯に答えてくれた。お互いの休みが合えば、一緒に街へ出てショッピングなども楽しんだ。


 そして、看護学校を卒業した暁には、是非彼女の下で働きたいと思ったのである。


 私は20歳になり、看護学生生活も慌ただしく一年が経とうとしていた。そして二年次になった途端、病院実習も本格的になり、様々な領域の専門実習が始まった。


 身体に異変が起きたのは、その中のひとつである精神看護学の実習時の事である。精神科病棟に足を踏み入れた直後、私は急に意識をなくし倒れてしまったのだ。


 しかし、その日の体調が優れなかったりとか、病棟に入る直前に、気分が悪くなったりしたとかでもなく、至って平常だった。だが、倒れた瞬間を全く覚えていない。本当に、いきなり意識が途絶えたのだ。


 気が付いた時には、病院のベッドの上で点滴を打たれていた。日頃の疲労が蓄積していたのだろうといわれたが、自分自身それほど疲れが溜まっている自覚はなかった。


「伽耶ちゃん、大丈夫?」 


 友美さんが心配して駆けつけてくれた。


「あっ、友美さん、もう大丈夫です。心配かけてごめんなさい」


「良かったぁ〜。心配したよぉ。二年次になると、色々実習項目も増えてくるから忙しいよね。覚える事も沢山あって大変だけど、無理しないで」


「はい!でも嬉しいな。友美さんが心配してくれるなんて。倒れた甲斐があったかな?」


「こらっ‼︎馬鹿なこと言わないの!でも今日はせっかくだからゆっくり休みなさい」


「はぁ〜い」


 自宅に近づくと玄関先で人影が見えた。聖也だ。


「聖也、ただいま。どうしたの家の前で?」


「あっ、姉さん、大丈夫だった?今日、実習の時に倒れたんだって?」


「うん。あっ!でも大丈夫だよ。ひょっとして心配してくれてた?」


「当たり前だろ!姉弟なんだから」


「フフッ…ありがと。聖也は優しいね」


 それから半年が過ぎた。


 実習の方は相変わらず覚える事が多いが、割と順調だ。最近、気づいた事だが、記憶力が以前に比べて格段に良くなった様に思う。冴えてきたというか…そう、頭の回転が凄く良くなった気がする。


 具体的に言うと夢の記憶である。ある日を境に、ほとんどの夢を記憶できる様になっていた。夢といっても医師になるとかそのたぐいのものでなくて、まさに寝て見る夢の話である。 まぁ、その大半が脈絡もなく下らない内容なのだが…。


 私はこの事を、聖也に話した事がある。すると彼はこう言った。


「夢って、寝る度に必ず見てるらしいんだけど、憶えている夢とそうでない夢があるでしょ?原因は色々あるみたいだけど、有力な説は、夢が記憶として定着されにくい要素を持っているからなんだよ」


「はぁ…」


「つまり人間の脳は、五感で感じ取る情報から自分に必要な情報だけを記憶しているってこと。全部とはいわないけど、夢は大概、意味不明で前後の脈絡がないものが多いんで、脳が憶える必要がないと判断しているってわけさ」


「へぇ〜…そうなんだ」


 面食らった。まさかこんな正当な答えを返してくれると思わなかった。


「へぇ〜、そうなんだ」


 …あっ、2回言っちゃった…


「聖也って博学なんだね。看護学校に入る時だって助言をしてくれたし」


「そんなんじゃないよ。病院の奨学金制度の事はあの時、調べたんだよ。姉さんの役に立ちたくて」


 聖也の言葉に思わず心が暖かくなった。と同時に涙が溢れそうになる。……本当にこの子は優しい…私は心からそう思った。


「それと…」


 聖也が口を開く。


「なに?」


「さっきの話の続きだけど、姉さん全て覚えてるんでしょ?夢の事。それはきっと姉さんに必要な情報だから脳が記憶してるんだと思う」


 一瞬、聖也の瞳から生気が消えた感じがした。…と同時にゾワッと全身に鳥肌が立つ。


(えっ!?なっ、なに⁈…この感覚…)


「姉さん、どうかしたの?」


「いや、別に何でもないわ。そっかぁ、必要だったら、そのうち役に立つといいな」


「…そうだね」


 新年度に入り、三年次になった。研修もいよいよ統合的な実習へと移行する。私達実習生は数人ずつのチームを組んで、それぞれのチームが掲げるテーマについてデータを収集して、最終的には学校内で発表会を行うのだ。……それとあれ以来、聖也に違和感を感じた事はなかった。


(やっぱり、思い過ごしだったみたいだ。…聖也に警戒心を抱くなんて、わたし、どうかしていた)


 そんなある日のことである。


「生村さん。私、昨日あなたを見たわよ!」


 同じチームの高野さんが、小声でニヤニヤしながら話しかけてきた。


「昨日?どこで?」


「昭和ロードよ!」


「え?昭和ロード?わたし、行ってないわよ」  


 昭和ロードとは昭和時代の面影を残す商店街の通称である。


 この地域は都市近郊型のベッドタウンとして開発が進んでいるが、一歩路地へ足を踏み入れると、そこはまるで昭和にタイムスリップしたみたいな光景が広がっている。個人店が軒を並べる昔ながらの商店街である。


 かつてはかなり活気があって、住人の憩いの場として栄えたが、近年、大型ショッピングモールなどが増えていく中、そのあおりを受けて閉店を余儀なくされる店舗も少なくない。いわゆるシャッター商店街というやつだ。


(昭和ロード。しかしまぁ、このネーミングは、もっと何とかならなかったのかなぁ…)


 そんなことを思っていると、高野さんが続けて言った。


「なに言ってるのよ!ほら、これ落としたでしょ?」


 私は手渡された物を見た。


(えっ!? )


 実習用の私の名札だった。


「なんで?…どこに落ちてたの?」


「だから、昭和ロードだって!私も昨日、そこに行ってたのよ。そしたら偶然あなたたちを見かけて。声をかけようと思ったけど、お邪魔だと思ってやめておいたわ。でもその名札、拾ったのは例の洋館付近よ。あなた達もそこに行ってたのね!」


 高野さんの話では、昨日、彼女の家に遠方に住む同年代の親戚が遊びに来ていたそうで、昭和ロードエリアに建っている洋館のことを話したら、すごく興味がわいたらしく「是非、見てみたい」と言われたので連れて行ったとのこと。


(…どういう事?…わたし、全然覚えてないんだけど…)


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