第46話 解き放ってくれるとはな
巨大な大蛇が銀次の背後で牙を剥いた。
その大蛇は、空間のエネルギーを吸収しながら渦巻く竜巻のように迫ってくる。
「友美!来るぞっ!」
「聖也、行って!」
「おう!」
「バカめ!行かせるかよ」
銀次はそう言うと、私に向かって放った大蛇を、目の前で急旋回させ、聖也にターゲットを移した。
「なにぃーっ!!」
気配に気づいた聖也は、咄嗟に声を上げる。完全に意表を突かれたかたちだ。
伽耶の行方をサーチしながら、一旦その場を離脱しかけた聖也は、大蛇に対して背中を向けた状態である。
「聖也…てめぇは、既に俺の敵じゃねぇんだよ」
「チッ!クソがぁーっ!!」
防御するにはタイミングが遅すぎる。あれでは振り向いた途端にやられる。…だが…
「シュシュシュン!!シュン!シュシュシュン!!」
私のシーカーズ・センス…進化したディバイン・ファランクスの攻防双方を兼ね備えた霊圧が、大気と一体化して、銀次の大蛇を包囲していた。
しかし、そのことに銀次は気づいていない。奴に限って、そんなはずはないと思ったが、全く危機感が感じられなかったのである。銀次自身が、とっくにディバイン・ファランクスのテリトリーに入っているという危機感を…。
「スパッ!スパッ!…スパパパパッッッ…!!」
刹那!乾いた幾つもの無機質な音が、その空間に鳴り響いた。
私はその光景を見て、思わず口角を上げた。
「フフフ…。よう…銀次。まさかお前と、ここまでレベルの差がつくとは思わなかったよ」
「て…てめぇ…。よくも…さ…榊友美ぃーっ…」
聖也は、たった今、自分の目の前で起こった出来事が理解できてないようだった。彼を飲み込む寸前まで迫っていた大蛇が一瞬のうちに細切れに散ったのである。
「!えっ…?」
聖也が目を丸くした。
「銀次の…大蛇のコードが…粉砕…。これは、ディバイン・ファランクスのサイクロンかっ!」
その場で踏ん張る銀次の表情は、もはや余裕ではなく、純粋な焦燥に染まっていた。
彼の黒曜石のオーラは激しく乱れ、友美が放った不可視の霊圧が残した霊的な残響を必死に解析しようとしていた。
「て、てめぇ……!今のは……何の、技だ……!」
「サイクロンだよ。お前、今の聖也の説明、聞いてなかったのか?それを収束して、テリトリーに展開しておいた」
「展開!?…テリトリーだと…」
「お前には理解できないか、銀次。リチャードの知識は、お前の霊的エネルギーの結合構造を、全て把握している」
私は銀次の動揺を確信し、さらに冷たい笑みを浮かべた。
「お前、さっき、私がピエロだって言っただろ。だがこの現状をよく見てみろ。なぁ…どっちがピエロか一目瞭然だよな?」
「ふざけるな!そんなバカなことがあってたまるか!この世で最も進化した存在は、この俺っ!!」
「あ…圧倒的だ…。友美の奴、ここまでとは…」
そう言いながら、聖也は、粉々に砕け散り、地面に降り注がれた銀次の幽体のカケラを眺めていた。その時、何か気づいたように顔を上げる。
「おい、友美!何か変だ…銀次のシルバーコードが奴の幽体と一緒にサイクロンで粉々に散ったってのに銀次は何故,無事なんだっ!」
私は咄嗟に聖也に視線を向けた。規格外の能力の向上に慢心してたのか、初歩的なことを見過ごしていた。そして…
「聖也、分かったぞ。銀次は元々、死人だ。根本にあるのが、怨霊の【陽炎の鎧】なら、強力な霊力で実体化させた銀次の身体から、一度に複数の幽体を離脱させることだって可能ってわけだ」
(危ない危ない…。またリチャードに意識を持ってかれるとこだった。彼の傲慢さは、時として,自らを過信し過ぎてしまう。聖也のおかげで立ち止まれた。…でも…)
「なるほど。放った残りの幽体を自分の身体に戻せば、瀕死でも、消滅せずに済むってことか。
つまり友美、それはウッドチッパーカーテンに武器変換されていた幽体の方が、銀次に戻ってきたと言うわけだな」
「クククッ…。さすがだな、榊友美。聖也もよく見抜いた。俺のコピーだけのことはあるぜ。…だが、もう遅い!」
「おい!友美、あれを見ろ!」
聖也の指差す方へ目を向けた。先程,潜り抜けてきたウッドチッパーカーテンが、跡形もなく消えていた。再び銀次に視線を戻す。
すると銀次を、覆い尽くす黒曜石のオーラがさらに膨れ上がっていく。
「ハッハッハッハァーッ!!いいぞっ!いいぞぉーっ!最高だぁーっ!!」
銀次が歓喜の雄叫びを上げ、両腕を高々に天に突き上げる。その袖のない黒い羽織から露出している上腕から胸元にかけて、ぐるぐる巻きに手拭いが巻きつけられているのが分かった。
「あれは、苧麻かっ!」
聖也はカッと目を見開いた。そして、私は銀次を見据えた。
「なるほど。聖也!銀次は、幽体をただ戻したわけじゃない。カーテンに混ぜ合わせていた苧麻の回収だ。奴は、最終手段として,奥の手を用意してやがった」
「ヒャアー!ヒャッヒャッヒャーッッ!!!!」
「お…おい、友美。銀次の様子が変だぞ…」
銀次の露出している肌は、みるみるうちに、まるで生気を失ったような灰白色に染まっていった。
「銀次…」
私は、そのとき銀次の瞳の奥に、なにやら冷たく計算高い感情を垣間見た気がした。
そして、次の瞬間!銀次の身体に巻きつけられた苧麻の残響が、奴自身を覆っているオーラと同調したのか、強い光線を放ち、あたりが一瞬、眩しい光に包まれる。
やがて、その光が収束し、視界に再度、漆黒な闇が広がった。そしてその中にひとつの球体が現れた。
「これは…」
私が手を伸ばし、触れようとした刹那、その球体の表面全てに亀裂が走った。
「友美…それって銀次の魂じゃないのか!…亀裂が入ったってことはっ!!」
「…いや、聖也。これは銀次の魂なんかじゃない。奴の怨霊の魂だ!」
「なんだと!…それって、もしかして!!」
「待ちわびたぜ…。この窮屈な檻から出られる瞬間をなぁ」
「誰だっ!」
聖也が叫びながら、声の聞こえた方へ顔を向けた。だが、そこには誰もおらず、先ほどの球体があるだけだった。
「この球体、やはり…陽炎の鎧かっ!」
「ご名答だ。聖也…」
球体の亀裂はさらに幾重にも重なり、挙げ句の果てに、その表面は全て砕け散った。地を這う重低音の破壊音がその空間を支配する。
粉々に砕け散った球体から吹き出した黒煙があっという間に大気を埋め尽くす。そして、そのドス黒い煙は徐々に人の形に収束した。
「お前が、陽炎の鎧か!…ついに正体を表したか…」
姿を現した陽炎の鎧の風貌は、一見、銀次のそれと大差がなかったが、明らかに霊力が桁違いだった。
「榊友美よ…。まさか、お前が俺を銀次の呪縛から、解き放ってくれるとはな…」
「銀次の呪縛だと?…一体何を言っている?」
「まだ分からないのか?銀次は、この村を守るため、自身の体内に俺を封印したんだ」
「なんだ…と!?…村を守るため?…お前を封印だと!…」
「ああ。それをお前が、たった今、解いてくれたんだ。感謝するぜ?…そのお礼と言っちゃあなんだが、お前の大切な後輩と今から会わせてやってもいいんだぜ。なぁ、友美先輩よぉ…」
「貴様っ!!」




