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第3話 あんなの伽耶じゃない!

 玄関ホールに戻り、館内を見渡した。


「伽耶ちゃん?…いるの? いるなら、なにか答えなさい」


 …友美さん、先ほど、わたしが言ったことを覚えているか?…


「覚えているわよ。伽耶ちゃんが、なにかに取り憑かれてるってことでしょ?」


 …そうだ。分かっていているなら、なぜ、わざわざ声を掛ける?憑依されているんだぞ。それに、こちらの居場所がバレてしまうだろ…


「…そうだけど…」


 …余計な事はしないで、すぐに書斎に行ってくれ。階段を登った右側だ…


 見上げた先、メインホールの巨大な階段の向こう側には、先ほどの図書室が見える。右隣は私が目覚めた部屋だ。さらに、その先に目を向けると、さっきまでは気づかなかったドアが見えた。


 階段を登り切った私は廊下を右に折れ、突き当たりにあるドアを開ける。さらに進むと、今度は見覚えのあるエンブレムが取り付けられたドアが現れた。


 それは今朝洋館の正面ドアで見た鷹の紋章と酷似していた。


 …私の書斎だ…友美さん、君に見せたい物は、この中にある。そのまま部屋に入ってくれないか?…


 ドアを開けようとした瞬間、館内に激しい地響きが起こった。


「わっ!!地震だ」


 思わずその場にしゃがみ込む。


 …いや、これは地震ではない。霊波だ…


「霊波!?」


 …そう。水面に石を投げると波紋が広がる原理と一緒だ。言うなれば霊的ソナー。奴がそれを放っている可能性が高い。君がここにいる事を気づかれたかもしれない…


「奴って、だれよ?」


「先輩。こんなとこにいたんですか?」


 馴染みのある声が、廊下の奥から聞こえた。薄暗かったが、それが伽耶だとわかる。その輪郭が段々とこちらに近づいてくる。


(伽耶ちゃん……)


 廊下の壁に設けられたいくつかのスリット窓から差し込む光が、徐々にその輪郭を浮かび上がらせた。


「アラン、奴って…伽耶ちゃんのこと?」


 …いや、違う…


「先輩、ウロウロしないで、ちゃんとソファーで大人しくしてなきゃ駄目じゃないですかぁ…」


「何言ってるのよ!心配させといて!……それにここはどこよ。スマホ、落としちゃったみたいで位置が確認できないのよ!」


 伽耶は嘲笑うようにニヤニヤしながら、両手のひらを広げた。


「落としたんじゃないよ。私がさっき寝てる先輩から取り上げたの」


 そう言うと、伽耶は上着のポケットからスマホを指でつまみ出し、目の前で二、三回振ってみせた。


「なっ!!」


 …友美さん、彼女…何か変だ。距離を取った方がいい…


(伽耶……)


「そうね…やっぱ何かに取り憑かれている。…じゃないと納得できない」


 …いや…取り憑かれていると思っていたが、彼女の言動から推測すると、どうやら、もうすでに同化しているようだ…


「えっ、なによそれ?」


 アランはそれには答えずに…君の友人に憑いてるのは、香織…私の娘だ…と言った。


「はっ!?」


 …そして…私と香織はこのエヴァンス邸で殺された…


「!!…ちょ…ちょっと待って!なに?この情報量っ…受け止めきれないんだけど…」


 …とにかく今は彼女に気付かれない様に、後ろ歩きで書斎に近づくんだ。一旦そこに避難しよう…


 私は今、目の前で起こっている出来事を全て理解できている訳ではないが、事態の深刻さは重々承知しているつもりだった。


「…わっ、分かったわ」


 …こんな事に巻き込んで本当に申し訳ない。だが、友美さん…君のことは、何があっても全力で守り続ける…


「…まったく…巻き込んだのは、あなたじゃないでしょ。それよりアラン、あなた、そんな昔からわたしに取り憑いてるんだったら、榊圭佑のことも知ってるってことだよね?」


「先輩、何コソコソひとりで喋ってるんですか?」


 伽耶は、陸上の短距離走選手のようにクラウチングスタートの姿勢を取り、腰を上げ静止した。


 …ああ、知っている。…だが、今はまずい!友美さん、まずは早く書斎に入るんだ…


「それとも、幽霊のお友達でもできたんですかぁぁー!!」


 伽耶はそう言うと軸足に力を込め床を蹴り、こちらに向けて突っ込んできた。


「ちぃーっ!!」


 私は反転して、書斎のドアノブに手をかけ捻る。間一髪、部屋へ逃げ込んだ。


 …友美さん!!カギを掛けて!!…


 慌てて内側に備え付けられたデッドボルトを掛け、施錠する。


「バン!!バン!!」


 ドアを蹴りつける激しい音が数回続いた。


「くらあぁぁぁーっ!!逃げてんじゃねえぞぉぉぉーー!!」


「伽耶ちゃん…」 


 彼女の豹変ぶりに言葉を失う。


 その直後、あれだけ激しく蹴りたくる音がピタっと鳴り止み、一瞬静寂が訪れる。


「せんぱぁーい。逃げるなんて、酷いじゃないですかぁ。開けてくださいよぉーっ」


 相次ぐ伽耶の、明らかに声色を変えた異質な態度に、今度は背筋が凍りつく感覚を覚えた。


(くそぉーっ……あんなの伽耶じゃない!)


 もはや、扉の向こうにいるのが「人間」なのかすら、分からなくなっていた。


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