第21話 陽炎の鎧
「殺す…だと?」
聖也の言葉に反応して、伽耶が口を開く。
「そうですよ。先輩、調子に乗らないでくださいねぇ〜」
伽耶のその一言で、私の中に存在する別のなにかが一気に表面へ噴き出した。
「…おい、聖也。お前…今、わたしが言ったばっかだよなぁ…。伽耶をもて遊びやがって…」
私の口を突いて、何者かが言葉を発している。
(…えっ!…誰!?)
さらに目の前に見える光景は、まるで倍速再生された映画のように早送りされていく。
気がついた時には、聖也は私のすぐ目の前にいた。
また、彼は瞬間移動とやらを発動させたのだろうか?…いや、違う。逆だっ!!
瞬間移動を決めたのは、私の方だった。
聖也の表情は、今まで見た事のない驚きの表情をしている。例えるなら猫が「ワン!!」と吠えた現場に偶然居合わせたみたいな表情。それは、普通では到底あり得ないシチュエーションに遭遇したときに、見せるであろう素の表情だった。
至近距離から、私のパンチが聖也のみぞおちに決まる。彼は、肺の中の空気をすべて絞り出されたような、苦痛に悶える姿を私に見せた。
だが、私はそれを客観的な立場で見ている。
そのまま身体ごと宙に浮かぶ聖也に、さらに右腕を振りかざし、間髪いれず、その顔面に対し垂直に拳を叩き込んだ。その衝撃で、聖也の身体は階下まで吹っ飛ぶ。
はるか下まで飛ばされた聖也の、仰向けで倒れている姿が確認できた。だが、またしても私には、傍観者的な感覚しかなかった。
アランと佐和子が意識の外で何やら言っている。
…友美さん!!何してるんだ!!…
「えっ!アラン…」
我に返った。
…伽耶さんを殺す気!?…シルバーコードはっ??…
「佐和子さん…私、どうして…」
階下を見た。
(はっ!!伽耶ちゃんはっ!!)
すると階段の中央の踊り場で、うつ伏せになって倒れている伽耶を見つける。その姿を見て動揺した。
「…いっ!…いやあぁぁーっ!!」
慌てて階段を駆け降りた。彼女の上半身を抱き抱え、名前を呼びかける。その胸元には、まだシルバーコードが確認できている。
「良かった!切れてない」
追ってアランと佐和子が降りてくる。
「アラン!伽耶ちゃんは?伽耶ちゃんは??」
…大丈夫、無事だ。私がシーカーズセンスで保護している…
「あぁ…良かった…あぁ…本当に良かった…」
私は顔を上げて、聖也を見た。
…聖也なら心配ないわ。彼は特殊な人間よ。こんなことではくたばらない…
(特殊…?)
「ガタッ」
瓦礫に寄りかかって起き上がる聖也の姿が視野に入る。
「まただ。また予測不能なことが起こった。これで二度目だ。榊友美…お前、ひょっとして本当の器なのか?」
「なっ、なんのことよ?」
「今の攻撃のパターン、知ってるぞ。どんな巨漢でも浮き上がらせる腹部へのボディーアッパー、そして時間差ゼロの、重力さえ無視したような真上からの右ストレート…。奴はこれで、当時、この寒村を半壊させたんだ」
(まさか、それって…)
「奴?…聖也、いったい何を言っている?」
「言葉通りだ、榊友美!俺はそいつの事をよく知っている。なんたって、この俺が力を与えたんだからな。…いや…正確に言うと、奴に契約を持ちかけたのは銀次だがな。アラン、お前なら、この意味が分かるよな?」
…契約だって?…思った通り、大成を唆したのは、銀次だったか…
(やっぱり榊大成のことか!)
「その通りだ、アラン。実際の銀次は、はるか昔に死んでいる。今、俺たちが認識している銀次は、奴の屍から生まれた怨霊…陽炎の鎧だ」
「陽炎の鎧、銀次の怨霊…」
「そうだ、榊友美。今までお前たちが認識していた銀次はすべて、そいつによって創り出されていたイメージに過ぎない」
…私たちが殺されるよりも、もっと前に、銀次も恐里一族のリンチを受け、殺害されている。…だが、奴は次期当主になるはずのシャーマンだった。つまり、その能力で、怨念が具現化してしまったってことか?…
「当たりだ。まぁ、信じがたい事だがな。陽炎の鎧は、自分を本物の銀次だと思ってやがる。ただのコピーのくせしやがって!」
「よく言う。聖也、コピーはお前の方じゃないのか?」
「佐和子、貴様…口の聞き方に気をつけろよ。お前に俺は倒せない」
「シルバーコードのことを言っているのか?そんなもんにいつまでもすがっているようじゃ、いよいよ底が見えるよな」
「フン!!まぁ、いい。今のうちだけだ。好きに言ってろ」
「アラン、さっき、大成って…。それって、榊大成でしょ。…知ってたの?」
…ああ…
「私の祖父…なんだよね?」
…そうだ。そして…
「友美さん!」
突然、佐和子が叫んだ。そして私に向き合う。
…今はそんな事より、あなたと伽耶さんを無事に帰すことが先決だわ…そうでしょ?アラン…
…その通りだ…
ワンテンポ、遅れてアランが口を開く。私は佐和子がいきなり叫んだ事に驚いたが、それは同時に、彼の発言を遮るようにも思えた。
''…そうだ。そして…''
彼はあのあと、なんていうつもりだったんだろう。
「仕切り直しだ!いいか!陽炎の鎧は、生前の銀次の無念を、この現世で晴らそうとしている。この生村聖也の身体は、そのために利用されただけだ」
「利用されただって…」
「そうだ、榊友美。陽炎の鎧は、2007年から約20年間にわたり、あの総合病院の産婦人科に忍び込み、200人以上の妊婦に同化を試みた。自分の意のままに操れる人間を造るために…」
「200人…ちょっと待って!信じられない!そんなこと可能なの?そもそも自分の都合だけのために、関係ない人達を巻き添えにしたっていうの!!」
…なるほど、そして誕生したのが、お前ってわけか…
「佐和子さん…」
「ああ。だが、俺には本家にはない能力が備わっている。ただのコピーじゃ終わらない」
…シーカーズ・センスか…
アランが薄暗い悲痛な光を放つ。
「分かったわ。陽炎の鎧だけに関しては、信じても良さそうね」
…友美さん!!…
「大丈夫よ、アラン。彼は、銀次…いや、陽炎の鎧を倒すまでは裏切らないと思うわ。ねぇ、そうでしょ?聖也」
聖也は目を輝かせ、口角を上げた。
「決まりだ」




