第65話 もう一方の精霊界組
レン達が精霊界へ移動した翌日、前とは別の秘匿施設にタツミ、ヒジリ、ユキの3人の姿が有った。
そして稲葉は雑な説明と共に懐中時計の子機を渡すと3人を精霊界へと飛ばした。今回は稲葉自身は精霊界に行く事も無く、レン達とほぼ同じ内容で3日後に迎えに行くとだけ伝えた。
「さて、これで精霊界組が出発したが……感心しないな。どう言うつもりかね?」
稲葉が誰も居なくなった部屋の隅へと視線を移すと、ソファーの影から返事が返って来た。
「お気付きでしたか……処分は重々承知しております。ですがその前に一つだけお願いがあります。」
ソファーの影から現れたのは晴香だった。申し訳なさそうにしていたが、同時にある決断をしたと分かる表情であった。
「何か意見が有ってこんな危険を犯したのだろう? だから敢えて今回は私は残ったのだが……内容次第ではいかに晴香君と言えども処罰の対象になるぞ。」
稲葉は司令官らしく威厳に満ちた上官としての態度で晴香に言葉を掛けると、晴香は深く謝罪をしながら言葉を続けた。
「最高機密のなのは存じております! ですので私を……あ、姉と同じ処分を下していただきたいと思います!」
「雪子君と同じ処分? 意味が分かっているのかね? そしてどう言う結果になるのかも知っていると?」
稲葉は晴香がどこまで知っているのかを危惧しながらも確かめる様に言葉を選びながら質問する。
返す晴香も言葉を選びながら返事をする。内容次第では自分の希望を叶える事が出来ないと理解出来ていたからだ。それに自分が本来なら聞いてはダメな話の可能性も否定できなかった。
「私は……あんな姉でも助けたいのです。姉は自分よりも強い人に従うと言う何か強迫観念に近いものを持っています。父の影響なのは分かっているのですが……そんな罪を犯した姉でも私にとっては家族なのです。」
「ふむ……しかし、かれこれ2ケ月経っているからな。生きているとは限らんぞ?」
稲葉の言葉に晴香は、あの時に二人が殺されていなかった事を確信する言葉を聞けてホッとした表情を浮かべた。
機密事項の観点や力関係からも稲葉が二人に処分を下した事は間違い無かったが、実の姉が生きている可能性が有る事に希望を持った。
「盗み聞きした時点で死罪なのは理解してます。ですから敢えて多くは語りません。私を姉の所へお願い致します。そして必ずや姉を改心させて『帰還者』として連れ帰ってきます。その時の功績でご慈悲を頂ければ……」
晴香はスディレットに戦力の確保と言う貢献すると同時に、自身もそうなると真剣な眼差しを向けながら話す。
稲葉は右手を晴香の目の前に出して言葉を遮った。
「キミがここに入った時点で機密としては不安視される。早急に同等の刑に処す。君は私の信頼を裏切った。」
同時に闇が稲葉の右手から溢れ出すと晴香の体を覆い始めた。
「帰って来る事を祈っているよ。心を強く持て。」
「ありがとうございます。行って来ます。」
最後に短い言葉を残して晴香の姿はその場から消え去った。
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「こ、ここは……これが精霊界?」
晴香は目の前に広がる見渡す限りの荒野に驚きを隠せなかった。そしてすぐに人間界との違いを知る事になる。
「こ、これは! 体がつ、潰される?」
体中の骨と言う骨が押し潰される様な感覚に襲われ、さらに地面へと吸い込まれる様な異常な重力を感じ、膝をつくと同時に地面へと全身が吸い寄せられた。
「こ、呼吸が……筋肉が破裂するような感覚は……これが精霊界の精霊力!」
理解はするが対抗できる程の精霊力のコントロールは現在の晴香には無理だった。そして段々と体中に過剰な精霊力が供給されて行く程に、自身の肉体が崩壊へと進みだしている事を理解した。
「し、死んで……しまい……ます……ね、コレが……精霊界……姉さ……。」
意識が朦朧としながらも最後の稲葉の言葉を思い出す。
『心を強く持て』
心とは何だろうか? 意思? 感情? 欲望? 生存本能? 何を指して心言うのだろうか? 死にかけながらも晴香の脳裏は走馬灯の様に疑問と思い出が浮かんでは消えて行った。
「ああ……人は死ぬ時は一人だって母さんがよく言ってましたね。でも姉さんは私達は双子だからずっと一緒だと励ましてくれてたな……」
(お前の心を燃やし尽くすほどの感情は何だ?)
晴香の脳裏に急に声が響いた。既に首を動かすほどの力も残されていない晴香は只無意識に問いに答えた。
「私は……姉さんに会って……昔みたいに助け合って生きて行きたい……私をかばう為に……浅ましい女を演じる姉さんを見たくない! 私が強かったら姉さんを……雪子を助けられたのに!」
(違うな……そんな上辺の言葉ではなくて本心をさらけ出せ。)
脳裏に響く声と同時に晴香は真っ白い世界に包まれていた。その中は今までの様な息苦しさも無く、肉体も安定している事に気が付いた。
そして顔を上げると目の前には白い人型のモヤの塊が居た。
「私は今形作られている。後はお前の感情次第だ。精霊は純粋な感情でしか具現化しない。嘘や偽り、誤魔化しと言った感情を一番嫌う。お前の素直な感情を解放してみるんだ。出来ないなら、この契約空間は消えて精霊界に取り込まれて死ぬだろう。」
直接脳裏に響く声が話し始めた。そして瞬時にその存在が精霊だと察して、その問いに素直に答える。
「さっきも言いました! 私は姉さんを助けるだけの力が欲しいの!」
「違うな! お前はもっと利己的な人間だ! 姉を助けたいだけなら稲葉に請えば良いだけだろうが! 姉よりも自分の体裁が大事だったからでは無いのか? 自分の才能が無いから姉に意見する権利すらないと思っていたのか? それこそ姉を信用していない証拠ではないか!」
「そ、それは……」
晴香は自身の保身や体裁の部分を突きつけられて言葉に詰まった。相手の言う事は事実だからだ。自分の事を考えなければ出来たであろう事だ。しかしそれを行わなかったのは自身の決断であり、取り返しが付かない状況になって今更何をしようとしているのかと自身に問わざるを得なかった。
「何故ここに来た? 死んでも私は精一杯やったと言い訳が欲しいのか? 頑張る時が遅すぎたよ! もっと早くに行動していればそもそも雪子はこんな世界に飛ばされる事も無かったんだ! いや、桐生と言う詰まらない男に振り回される事も無かっただろうにね!」
「や、やめて!」
自身の奥底に隠していた事実を突きつけられるたびに晴香は頭を横に振って拒絶する様に地面に伏せてしまった。
「ああ、残念な姉だな。自分の立場を使って守った妹がこんなロクでも無しだとわね。いや、姉も残念だから妹も残念なんだな。」
人影は言葉による攻撃を止める事は無かった。そして段々と白い空間が小さくなってきていた。この時間が終わろうとしていたのだ。
「そうよ……私はダメで、何のとりえも無くて……愛想笑いしか出来ない……」
晴香が全て諦めようとした時、再び稲葉の言葉が脳裏によぎった。
『心を強く持て』
(心……私は強くありません……司令が折角くれたのに……私は私自身の事が弱くて大っ嫌いなんです……ずっと弱いままなんです……)
その思考に陥った時、ハッと気づいた顔に切り替わった。
「そう……よね。私は弱い人間よ…………だから私の本心がやっと分かったわ。」
「ほう? 最後のチャンスだと思うから言いなよ?」
人影が意地悪そうに、しかしどこか期待した声を含ませながら問い返す。その声に晴香は反論する様に吠えながら答えた。
「私は強くなりたいんです! 誰の為でも無い! 弱い自分を塗り替えるだけの強い自分になりたい!」
雄叫びに近い声を浴びた人影のモヤが一気に弾け飛び、姿を現した。その姿は水色の髪と瞳を持った晴香自身の姿だった。
「やっと純粋な強い感情を取り戻したね。私は晴香から生まれた精霊だ。さぁ私に名前を付けておくれ。」
満面の笑みを浮かべた自身の姿を見た晴香は驚きを隠せずにいた。そして同時にタツミ達の精霊が彼らと同じ姿をしているのかを完全に理解したのだった。




