第64話 精霊界へ
ゼウスの襲撃から二日後、レンとナギは稲葉から指定された地下施設へと集まっていた。
「相変わらずの完全防壁だわね。」
「まぁ、それだけ重要な秘匿会話専用なんだろうな。」
「それだけの権力をあのウサギが持ってるのよね。」
「まぁ何だかんだで長いようだからな。」
二人が構造や広さに呆れながらも、まるでロイヤルスイートの様な地下施設の一室でくつろぎながら稲葉を待っていた。
「ふむ、傷の具合はもう大丈夫そうだね。」
「相変わらず急に現れるな。」
レンはいきなり目の前に現れた稲葉に悪態をつきながら、もう驚かされないぞと言った表情をしていた。
「その調子なら大丈夫だな。よしさっさと行くぞ。」
稲葉は二人の姿が動きやすい軽装になっている事を確認すると、手を差し出して目的地へと行くと告げる。
二人は一瞬だけ息をのむが、覚悟を決めて稲葉の手を掴む。
「いくぞ、『次元跳躍』! 水の精霊界へ!」
3人は一瞬で闇に包まれると、溶ける様に闇が段々としぼんでいく。そして闇が消え去ると誰の姿も残っていなかった。
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闇が破裂する様に弾けると、3人の目の前には大きな円形の大穴に滝の様に大量の水が流れ込んでいる光景が広がっていた。
足元に水を感じた瞬間にレンが水流操作をして足元の水の流れを止めつつも、付近にいる二人も水上歩行が出来る様に精霊力を調節した。
「ふむ、発動が極めてスムーズだな。ここまで瞬時に流れる様に操作を出来るのは中々居ないだろうね。」
稲葉は感心しながらも懐から懐中時計を取り出して二人に渡す。
「それは私の神器の子機みたいな物だ。コレが有る場所には私は自由に跳躍できる。これを無くしたら帰還できなくなるから充分に気を付けたまえ。」
「ナルホド、コレが有ったからレピスと定期的に会うことが出来たんだな。」
「と言うかコレが有ればどこでも飛べるの? チート過ぎるわよね。」
各々が思った感想を述べると、稲葉は人差し指を口に当てて注意を促す。
「当然だが最高機密だ。コレがバレて相手に奪われた場合、私の戦闘力は皆無だから罠に嵌められた時点で負けが確定する。」
その言葉に二人は瞬時にある仮説を思いついた。そしてその通りなのだろうと思って黙って頷いたのだった。
(恐らく空間跳躍はこの前連続でやっていたから、次元跳躍はクールタイムが有ると言う事かしらね。)
(後は自身としては何かの戦闘手段が有ったとしても切り札として隠しておきたいから敢えて今の言い回しをした可能性も有るな。)
稲葉は口に出さずに思考を巡らせている事を察して満足そうに微笑んでいた。そして今回のトレーニング方法を話し始めた。
「いいか、その懐中時計の中の時間は人間界に合わせてある。見てみたまえ。」
「ん? 何だコレ?」
「時間の進みが遅いわよ?」
二人は秒針の動きが明らかに遅すぎる事に違和感を感じて思わず声を出す。そしてすぐに以前の精霊界から帰還した時に時間経過がおかしかった事を思い出した。
「以前は魂と言うか精神体だけが精霊界に飛ばされたと思っていたが……」
「その線が濃厚だと思うけど……精神体が感じた時間経過が一緒だったと言う事になるわね。」
そこまで言った後にレンは更に不思議な事に気付いて思考を加速させる。
「いや……だったら今は肉体はどうなっている? そうだとしたら前回とは明らかに違わないとおかしくないか?」
「そうだわよね、それにスディレットの説明では被害者は『神隠し』と言っていたわよね? つまりその人たちの肉体は無くなっていると言う事だわよね?」
「おっと、流石に二人とも勘が良すぎるな。それ以上はあまり話さない方が良い。誰が聞いているか解らないからな。」
考察が加速する二人を稲葉が制止すると、ハッとした顔をして更に脳内で思考を加速させていた。
(何か辻褄を合わせる様な神器……いや、『超越能力者』が居ると言う事なのか?)
レンの直感をナギも感じたのか黙って視線を合わせると頷いていた。そして稲葉も二人が辿り着いた答えを察していた。
「絶対にその予測は口にするんじゃないぞ?」
二人は様々な危険性を理解したのか黙って頷くと話を本題へと戻す。
「で、この懐中時計を持って俺達は最下層を目指せば良いんだな?」
「ああ、そうだ、ただしその時計の日付で3日が経過した時に連れ戻しに来る。それ以上は色々と面倒になるからな。それまでに最下層に行けなかったら最初からやり直しだ。」
(ナルホドね、それ以上人間界に不在だと辻褄合わせが発生した場合に相手気付かれる可能性が高いからと言う事だわね。)
ナギはすぐに時間制限の意味を察して頷く。そして程なくして遠くから2つの人影が見えて来たのだった。
「お、居た居た。流石にこっちに来たら霊装銃での召喚は出来ないからな。」
「わざわざ来てあげたんだから感謝しても良いんだよ? パティちゃんはやっさしいからね~」
事前に移動しておけと言われていたガラントとパティスだった。
「相変わらず騒々しいな……時間が勿体無いからさっさと行くぞ。」
「そうね、パティも騒いでないでさっさと同化して行くわよ。」
「な! 折角来た相棒にその言い草は酷いんじゃないか?!」
「そうだよ! もう少し感謝の気持ちとか表しても良いと思うんだけど!」
「「やかましい! 時間が無いんだよ(のよ)!」」
2人は各々の精霊の頭を掴むと強制的に同化すると、龍穴の入り口の大瀑布の淵へと歩を進めて行く。
「精霊虐待だ!」
「コンプライアンス違反だ!」
ガラントとパティがわめきながらも黙って中で大人しく同化している様子をみると、文句を言いながらもこのやり取りを楽しんでいるのだろうと稲葉は微笑ましかった。
基本的に同化に関しては精霊の方に優先権が有るので、精霊が本気で嫌がれば『命名契約』をした相手であっても強制的に分離が出来るのだ。
「あ、稲葉さんは勘違いしている様だけど、私達の場合は同化と表に出る権限は人間側に有るわよ?」
「こいつ等はやかまし過ぎて他の皆に迷惑かけるから、権限を譲渡しないなら捨てて行くぞと脅した過去が有るからな。」
「な……そんな事が出来るのか?!」
稲葉は二人の告白に驚きながらも、本当に強制的に精霊を従えている事に驚きを隠せなかった。
「稲葉さ~ん、私達に精霊権の復活を~!」
「上官なら部下を何とかしろ!」
やや本気目の苦情が飛んで来ると、稲葉は汗を拭きながら乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
「私の関与することろでは無いので、それは当事者同士で解決してくれたまえ。」
稲葉はそう言い残すと、姿を闇が包むと同時に弾けて消え去った。
「稲葉さんの属性は闇だったんだな。」
「何か、光や闇属性って妙な能力が多いわよね。」
「まぁ、色々覚えれば妙な力と思えるものも理屈があるかも知れないな。」
「え? それってどう言う事?」
レンのつぶやきながら流れる滝の水を周囲だけ止めながら降りて行く道を見つけると下へと歩き始めた。
ナギの聞き返した声は滝の轟音と共にかき消されたが、何か自分には思いつかなかった事に気付いたのだと思い、黙って後ろをついて行った。




