38.進む実験と妖艶なる王
オルトが宿を出て、森沿いの小道を歩いていると――
「随分と……長かったね」
不意に声がして、目の前に黒髪の小さな少年が現れた。
「お前のせいでな」
オルトは眉をひそめながら返す。
「ちぇっ。あいつ、結局死ななかったんだ」
少年――エルは、つまらなそうに口をとがらせた。
「はぁ……お前な、命をそんな軽く扱っちゃダメだぞ」
オルトは肩を落とすようにして、少しだけ真剣な声を出す。
「え〜?でも先生は“命なんて、犠牲になってこそ意味がある”って言ってたよ?」
エルはにこにこと無邪気に言う。
「……まったく、タルールのやつめ……」
オルトは頭をかきながら、ため息をついた。
「それより、タルール....お前の先生のところに案内してくれるんだろ?」
「うん!行こう!」
エルはぱっと笑って、軽い足取りで前を歩き出した。
オルトはその背中を見つめながら、静かにあとをついていった――。
ギィィィ――。
重い扉がきしむ音とともに、オルトはエルに連れられ、実験施設の一室――まるで病院の診察室のような空間に通された。
「先生!連れてきたよ!」
エルは弾むような足取りで、タルールのもとへ駆け寄る。
「ヒヒッ、おかえりなさい」
タルールは優しげな笑みを浮かべながら、エルの頭を撫でた。
「……約束通り、戻ってきた。協力はしてやる。ただし――ハルたちには、もう手を出すな」
オルトの低い声に、タルールはにこやかに頷いた。
「ヒヒッ、もちろんですとも。オルト様。お言葉は確かに承りました。それでは、こちらへどうぞ」
タルールはベッドを指し示すと、オルトをそこへ横たえさせる。白いシーツの上に、彼の体が沈んでいく。
「失礼しますよ」
そう言いながら、タルールは無駄のない手つきで、オルトの手首に針を刺し、静かに血を採取し始めた。
わずかに眉を寄せながら、オルトが問いかける。
「……俺の血を使って、また“魔力飴”を作るつもりか?」
「いいえ、オルト様の貴重な血液は、“エルの仲間”を創る工程で使わせていただきますよ」
タルールはにっこりと微笑みながら、まるで尊い宝物でも扱うかのように血液の入った容器を見つめた。
「……お前。イゼルディア王国でギウルが従えてた、あの化け物――あれもお前の仕業か?」
オルトが目を細めて問う。
「いえいえ、あれはギウル様が“魔力飴”を媒体に独自に行った実験の結果です。私が直接手をくだしたわけではありません」
タルールはあっさりと否定した。
「もっとも、いくつかの研究資料を提供したことはありますがね……あれはただの“失敗作”ですよ。自分で力が制御できない。お粗末なもんです」
そう言って、嘲るように肩をすくめる。
その時、エルがぴょんとタルールの隣に跳ねるように近づいた。
「ねぇねぇ!先生~!僕の仲間、もうできるの?」
目を輝かせて尋ねるエルに、タルールは愉快そうに喉を鳴らして笑った。
「ヒヒッ……あと二日、いや、一日もあれば完成するはずです。もうすぐですよ、エル。あなたの新しい“友達”が生まれます」
◆◆◆
一方その頃。
「オルトさん、まだ帰ってきてないんですか?」
ハンナが不安そうにハルに尋ねた。
「ああ……今朝、“散歩に行く”って言って、それっきり戻ってきてなくて……」
ハルは眉間にしわを寄せながら答えた。
ガラガラッ!
そのとき、宿の扉が勢いよく開かれた。
「あなたたち!! 大変よ!!」
カレンが土埃をまとって飛び込んできた。息が上がっており、ただ事ではない様子だ。
「どうしたんですか!?」
ハンナがすぐに駆け寄る。
「商店街の大通りで――あの“例の化け物”が三体も現れたの! 暴れ回っていて……っ」
「っ!」
ハルの目が見開かれる。
「今、ランスが一人で応戦してる! 私には“ハルたちに知らせてこい”って言って……っ!」
カレンの声はわずかに震えていた。
「くそっ……!」
ハルは立ち上がると、足元の剣に手を伸ばした。
そして、ハルたちは駆け足で商店街の大通りへと向かった。
「――っ何……これ……!」
目に飛び込んできた光景に、ハンナが息を呑む。
破壊された店の数々、血で染まった石畳。その中心に、三体の異形が立っていた。
鬼形の魔人に加え、牙を剥いたオーク型の魔人、そして背に黒い翼を広げた細身の魔人――。
いずれも、今までの化け物とは違う、強大な魔力の波動を放ちながら、人間たちを無惨に斬り裂いていた。
「ぐっ……!」
一人で奮戦していたランスは、オーク型の魔人に殴り飛ばされ、石壁に叩きつけられる。
「ランス!!」
ハルが叫び、駆け寄ろうとする。
「ハルっ!……こいつら、信じられないほど強えぞ……! まともにやったら、やべぇ……!」
地面に膝をついたまま、ランスが絞り出すように言った。
ハルの横で、ハンナが両手を握りしめて震える。
「この魔人たち……以前会った鬼形の個体より、ずっと強い魔力を感じます……!」
ハンナの言葉は冷静だったが、その声は明らかに恐怖を帯びていた。
ハルは無言で剣を抜いた。
「どうしますか? 魔法が使えない状態じゃ、彼らと戦うのは正直、厳しいですよ」
ハンナが震える声で問いかける。
その時、カンナが杖をしっかりと構え、鋭い眼差しで前方を見据えながら宣言した。
「仕方ないわ。ここでみんながただ死んでいくのを、黙って見てられるはずがないもの。私は、あの空を舞うやつをやるわ!」
ランスは剣を握り締め、魔力を込めると、力強く叫んだ。
「俺は、オーク型のやつを相手にする! 覚悟しろ!」
「私は後方支援に入ります!」
ハンナは集中した面持ちで、ハルたちに身体強化魔法をかけ始める。その光は温かく、力強いオーラを放っていた。
しばらくして、ハルが低く決意を込めて口を開いた。
「……俺は、鬼形をやります!行きましょう!」
その声と共に、各々が配置についた。カンナは飛んでいる魔人に向かい、ランスはオーク型に、ハルは鬼形の魔人に集中する。
そして、ハンナは後方で、万が一の被害を軽減するため、仲間たちに魔法のバリアと身体強化の魔力を注ぎ込んだ。
ハルは鋭く目を細め、鬼形の魔人に斬りかかった。
剣は唸りを上げて振り下ろされ、鬼形の左腕を切り裂く。
「ぐっ……お前、なかなか強いな」
血を飛び散らせながらも、魔人は不敵に笑った。
「なぜ……なぜ同じ人間を襲うのですか?」
ハルの問いに、魔人は口角をつり上げて答える。
「はははっ! “同じ人間”? 違う、まるで違うな!俺はもう人間なんかじゃない……最強の魔人の力を手に入れたんだ!!」
そう叫ぶやいなや、鬼形の魔人は右腕に禍々しい魔力を集中させる。その腕から放たれた凄まじい魔力の塊が、ハルに向かって突き刺さるように飛んできた。
「くっ……!」
ハルは即座に氷の魔法陣を展開し、目の前に分厚い氷の壁を生成する。
轟音とともに、魔力の衝撃波が壁にぶつかり砕け散る。
「強くなれば……人間を殺してもいいっていうのですか?」
ハルがふつふつと湧き上がる怒りを抑えながら呟く。
「弱いやつなんて、いてもいなくても同じだろ!!それに――こいつらの心臓、いい素材になるらしいからな....」
鬼形の魔人は狂気じみた笑みを浮かべると、口を大きく開いた。
次の瞬間――
その口から、濃縮された魔力のビームが発射される。
「っ……!」
咄嗟にハルは身を翻し、かすめた熱気を背に感じながら、次の一手を構える。
「凍結」
ハルが静かにそう呟いた瞬間、空気が一変した。
――パリンッ!
氷が張る音とともに、地面から魔力が波のように広がり、辺り一帯を瞬く間に凍てつかせた。鬼型の魔人は放とうとした魔力のビームごと凍結し、その表情すら氷の中で凍りついている。
「これで……終わりです」
ハルは氷の上を静かに歩き、凍りついた鬼型の魔人の前に立つと、剣を構え――
振り抜いた。
氷塊とともに魔人の体が砕け、空中へと消えていった。
周囲では、オーク型の魔人や黒翼型の魔人も戦闘の途中で凍結し、動きを封じられている。
「ハル…お前こんな力が...」
ランスが目を見開いて立ち尽くす。
「今がチャンスよ!!」
カレンがすかさずランスに叫んだ。
「おうっ!!」
ランスは剣に魔力をこめて、一気にオーク型を、
カレンは魔力を最大限に練り上げ、杖から光の一閃を放ち黒翼型を――
パリンッ――!
どちらも氷ごと粉砕し、化け物たちは跡形もなく消え去った。
「三人とも……すごいです!!」
ハンナが駆け寄り、全身から安堵の気配をにじませる。
「.....それなのに、私たちは歓迎されていないみたいね」
カレンが睨みを聞かせてハンナの後ろを見る。
「え...?」
ザッ――
魔人たちを倒したばかりのハルたちの前に、武装した兵士たちが次々と現れ、あっという間に彼らを取り囲んでいた。
「一体……なんなんでしょう?」
ハンナが不安げに呟く。
兵士の列から、大柄で無骨そうな顔をした太い眉の男が前へと出てきた。全身に軍服をまとい、冷たい目でハルたちを見据える。
「お前たち。この国では、“クシエラ信仰外”の魔法の使用は固く禁じられている。従って、お前たちを拘束する」
「なっ!?魔人に襲われたんだぞ!こっちは民間人を助けるために戦ったんだ!」
ランスが声を荒げて抗議する。
だが――
ガシャンッ
兵士達がが剣を上に掲げると、金属音と共に、巨大な車輪付きの檻がハルたちの周囲に突如出現し、逃げ場を塞ぐように、鋼の格子が塞がれた。
「これは……鋼の造形魔法......」
カレンが呟く。
「この国のルールだ。仕方ない」
太眉の兵士は感情を見せることなく淡々とそう言うと、檻に繋がれた鎖を無造作に引き始めた。
「こっから出せよ!!おいっ!!」
ランスが叫ぶも、兵士たちはまるで耳を貸す様子もなく、彼らはゆっくりと城の方へと引きずられていった――。
「ここは……」
ハンナが目を見開き、周囲を見渡す。
「多分だけど……コンゴ独裁国家の王城、みたいね」
カレンが低く答える。
目の前に聳え立つのは、どこか和風の趣を感じさせる巨大な城だった。
高く積まれた石垣に囲まれ、朱塗りの梁と黒い瓦屋根が重厚な存在感を放っている。
その荘厳な造りの中にも、どこか異様な静けさが漂っていた。
ハルたちは大きな門から中へと連れられた。
ガシャン
檻の扉が開き、複数の兵士たちが無言で中へ入ってくる。
「な、何をするんだ!?」
ランスが叫んだ瞬間、背後から両腕をねじ上げられ、手首に硬い拘束具を嵌められた。
「魔力を抑える拘束具だ」
淡々と告げる兵士の声。
ハンナ、ハル、カレンも同様に拘束具を着けられ、それぞれの手首同士が太いチェーンで繋がれる。
「国王の前まで連れていく」
太眉の男――おそらくこの部隊の指揮官――が一言発すると、兵士たちは無言のまま4人を取り囲み、ゆっくりと階段を登らせていった。
石造りの廊下、仄暗い松明の明かり、重たい足音。
だんだんと、廊下が豪華な様相になっていく。
やがて、四階ほどまで登った先で、彼らはある一対の金色の狼の絵が描かれた襖の前に立たされる。
その場には、ただならぬ緊張感が漂っていた。
「ここは玉座の間だ」
太眉の男が重々しく告げ、金の狼が描かれた襖の前に立った。
「ミカゲツ様! 不届き者たちを捕らえてまいりました。謁見の許可をお願い申し上げます!」
その声に応えるように、襖が音もなくすうっと開く。
中に広がっていたのは、見渡す限りの畳の空間。
柱や欄間には豪華な金の彫刻が施され、室内は柔らかな光に満ちていた。
その最奥――一段高くなった床に、胡座をかくようにして体を少し傾け、居心地よさそうに座っている男がいた。
派手な衣をまといながらも、どこか不遜な雰囲気をまとったその男が、軽く片手を振る。
「よろしい。こちらへ連れてきなさい」
その一言で、太眉の男は無言で鎖を引き、ハルたちを王の目の前まで連れていった。
「膝をつけ!!」
怒号が響き、ハルたちは抵抗する間もなく、強引に膝をつかされる。
「……あなたたちが、この国で“他国の魔法”を使った愚か者たちなのね?」
ミカゲツと呼ばれる男の声は落ち着いていたが、底知れない威圧感を帯びていた。
そして、ミカゲツの目が鋭く細められる。
「そこの金髪の男……顔を上げてみなさい」
そう命じられ、ハルは無言のままうつむいていた顔をゆっくりと上げた。
ミカゲツの目がぴくりと動いた。
興味と、わずかな驚きがその瞳に浮かんでいた。
「ほう……ずいぶんと整った顔をしているじゃない」
玉座に座る男は、長い黒髪を揺らしながら優雅に微笑んだ。
その瞳は紅玉のように妖しくきらめき、赤く彩られた唇がゆっくりと綻んでいく。
「こいつ……男なのか……?」
ランスが思わず声を漏らし、目を見開いた。
――その男は、艶やかな黒髪を長く垂らし、白粉のように透き通った肌、しなやかな首筋、そして女性用の華やかな着物を身にまとっていた。
一見すれば、気品ある姫君のような出で立ち。
だがその声には低く艶のある響きがあり、どこか男のものと分かる力を孕んでいた。
バシンッ!
「この無礼者がッ!!」
太眉の男が怒声を上げ、ランスの後頭部を勢いよく叩いた。
「ミカゲツ様のお顔を無断で直視するとは、何たる無礼!!」
ランスは頭を押さえながら呻く。
だが、ミカゲツは楽しげにクスリと笑った。
「いいのよ、気にしないで。……私の美しさに、つい見とれてしまったのでしょう?」
その言葉とともに、紅の唇がゆっくりと舌でなぞられた。
「美しい者が愛でられるのは、当然のこと。ねえ、金髪の坊や……あなたも、私のことを綺麗だと思う?」
柔らかな物腰で、ミカゲツはハルの方へと視線を向けた。
ハルは、凛とした瞳を揺るがせることなく、真っ直ぐに国王を見つめ返した。
その青い瞳には一切の迷いも怯えもなかった。
「俺が、美しいと思う人は――たった一人だけです」
静かでありながらも芯のある声が、玉座の間に響いた。
ミカゲツの唇から、すっと笑みが消えた。
しかしすぐに、艶やかな笑みが戻る。
「あら……つまらないことを言う子ね......」
そう言いながら、ミカゲツはゆるく首をかしげ、太眉の兵士へと視線を送る。
「サイ、このふたり――女の子たちは興味ないわ。牢屋に放り込んでおいてちょうだい」
「か、勝手なことを――やめろ!!」
ランスが怒声を上げるが――
「うるさいわねぇ。そんなに騒ぐと、牢屋に入れるだけじゃ済まなくなるわよ?」
ミカゲツは目を細め、低く囁くように言った。
ランスは言葉を飲み込み、悔しげに唇を噛む。
「俺たちを、どうするつもりなんですか?」
ハルが真っ直ぐに問いかけた。
「うふふっ……そうねぇ……そちらのうるさい男は趣味じゃないから、兵士たちに遊ばせておこうかしら」
「っ……!」
「でも、金髪のあなたは、私の“遊び相手”にしてあげるわ」
ミカゲツは扇を口元にあてて妖しく微笑んだ。




