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【BL】魔王様の散歩道  作者: のはな
第6章 コンゴ独裁国家と新魔力飴
37/60

37.死術の紋章 ※

※少し、センシティブシーンがあります。

二日後の朝――


ガラガラッ

木製の宿の扉が重々しく開く音が響いた。


「……帰ったぞ!!」


その瞬間、宿の中にいた者たちが顔を上げる。聞き覚えのある、だが少しかすれたその声。


「お前っ……!!帰ってこれたのか!!」


ランスが叫び、靴も履かずに勢いよく廊下を駆けていった。


「おう……なんとかな……」


扉の前に立っていたのは、ボロボロのローブを羽織り、全身に傷を負いながらも笑みを浮かべるオルトだった。だが、その顔色は悪く、血の気が引いたように青ざめていた。


「……疲れたでしょう……」


カレンはそっと呟きながら、目を細めてオルトの姿を見つめる。


「オルトさん……っ!! 無事で、よかったです……!」


ハンナは涙をこらえきれず、駆け寄ってその胸に飛び込んだ。


オルトは戸惑いながらも、そっとその肩に手を置く。


「ありがとう、お前たち……。でも、今は――」


オルトは真剣な眼差しで言葉を続けた。


「ハルは、どんな様子だ?」


その言葉に、場の空気が一瞬で引き締まった。


「……それが……」


ハンナが俯きながら言葉を選ぶように答える。


「怪我は完治したんです。ですが、ずっと高熱が続いていて……目を覚まさないんです。回復魔法も……あまり効かなくて……」


「……そうか。……ハルは、どこにいる」


「こっちです……!」


ハンナは慌てて立ち上がり、オルトを2階の部屋の奥へと案内する。


その背中を、ランスとカレンが静かに見送っていた。


オルトの足取りは重く、それでも一歩ずつ確かに――弟子のもとへと向かっていた。


「……ハル……」


オルトは、静かに横たわるハルの傍に膝をついた。

その額にそっと手を当てる。ひどく熱い。


「……別に、命に問題はないんだろ?」


そう問うオルトの声には、どこか不安がにじんでいた。


「……それが……わからないんです……」


傍らのハンナが、悔しそうに唇を噛んだ。


「わからない?」


「はい……。治療魔法で傷は完全に癒えていますし、体内にも異常は見つからない。なのに……なぜか高熱が収まらず、昏睡状態が続いていて……」


「…………」


オルトは言葉を失い、ただ見つめる。


「師匠……?」


ハルの瞼がぴくりと動き、目を開けた。


「……ハル!!」


「ハルさん!!目が覚めたんですね!!」


ハンナは喜びに声を上げ、慌てて立ち上がった。


「皆に伝えてきますっ!」


そう言い残して、部屋を飛び出していく。


残された静寂の中で、オルトはゆっくりと口を開いた。


「お前……なんで俺を庇ったんだよ……」


「……師匠を……守りたかったから……」


かすれるような声で、ハルはぼそりと答えた。


「……本当に……バカだよ……でも……ありがとな」


オルトは小さく笑みを浮かべ、優しくハルの髪を撫でた。


ふと、ハルの身体から、微かに異質な魔力の波を感じた。

(……なんだ、この魔力の揺らぎは……)


オルトは咄嗟にハルの体の上にかかっていた毛布を捲り、ハルの上着の裾を上にあげた。

その行動に驚いたのか、ハルの唇がかすかに動く。


「し、師匠……?」


高熱に浮かされたその声は弱々しく、意識も朦朧としているのか、オルトの急な行動に抗う力もなかった。

ただ、熱に潤んだ瞳で、オルトの顔をじっと見つめていた。


「……これは……」


オルトは目を見開き、思わず息を呑んだ。


ハルの腹部に謎の紋章が刻まれていた。黒色にぼんやりと光るそれは、幾何学模様のように複雑で、禍々しさを漂わせている。


「……死術の紋章……」


オルトは眉間に皺を寄せた。


「エルってやつ……本当に、化け物だな……」


オルトは静かに呟いた。


死術の紋章。

それを刻まれた者は高熱に侵され、十日以内に必ず死に至るとされている。


「師匠……」


弱々しいハルの声が、胸に突き刺さる。


「……大丈夫だ。俺が、何とかする」


その言葉に迷いはなかった。



ガタガタッ


入口の戸が開き、駆け込んできたのはランスとカレンだった。


「目を覚ましたのか! よかった!!」


「ええ。本当に...」


ランスとカレンが駆け寄る。


「……はい、ご迷惑をおかけしました……」


ハルが弱々しく答える。


「でも、まだ熱は下がっていないみたい。あまり無理はさせないでくださいね」


ハンナが心配そうに言う。


「カレン、話がある」


オルトが後ろにいるカレンに静かに言った。


「ええ。わかったわ」


彼女は頷き、オルトの後について静かに宿の外へ出た。


朝の冷たい空気が二人の間をすっと通り抜ける。


オルトはあたりを確認し、誰もいないことを確かめてから口を開いた。


「……死術の紋章を消す方法、あるか?」


その問いは、まっすぐで、重かった。オルトの目は真剣そのものだった。


カレンは一瞬目を見開いた。


「死術の紋章……?」


「ああ。ハルの腹部に……刻まれていた」


オルトが静かに答えると、カレンの表情が一気に険しくなる。


「……なっ」


言葉を飲み込んだ彼女は、少し俯いて思案し――そして、ぽつりと呟いた。


「……そう……それが原因で……高熱を出していたのね……」


カレンは全てを理解したように小さく息を吐いた。


「ええ……あるわ。でも……」


カレンの表情が曇る。


「何をすればいいんだ、教えてくれ」


オルトは、眉間に深く皺を寄せながら、低く呟いた。


「……いいわ。言うから、落ち着いて聞いて」


カレンは一呼吸置き、静かに答える。


「信頼されている人物の、強い魔力を一週間、絶え間なく注ぎ込み続けるの。それが、死術の紋章を上書きして消す唯一の方法よ」


「……それだけで、いいのか……?」


「ええ。でも、それは……自分の命を削るにも等しい作業よ」


カレンは神妙な面持ちで言った。

だが、言い淀むように続ける。


「それに……その……ちょっと言いにくいんだけど……」


「……なんだよ」


オルトが訝しげに眉をひそめる。


カレンは一度咳払いをしてから、言いにくそうに口を開いた。


「……魔力を注ぐには、口移しじゃないとダメなのよ」


「……はあ!?!?!?!?」


オルトの声が宿の壁を揺るがす勢いだった。


「ふ、ふざけてるわけじゃないのよ!? これ、古い伝承式の回復魔術で、“魂を媒介にして直接流す”ってやつなの。要するに口からが一番効率がいいってだけで……他の方法じゃ間に合わないのよ、時間的に!」


カレンは焦り気味に言い訳を並べる。


「……つまり俺は、ハルに一週間、口移しで魔力を流し続ければいいんだな?」


「……そういうことになるわね……」


カレンは顔をそらすようにして頷いた。


「はぁ……わかった」


オルトは短くそう言うと、躊躇なくハルのいる部屋へと足を向けた。



部屋の扉を開けると、ハルは相変わらず高熱にうなされている。


「ハンナ、少しだけ席を外しててくれないか?」


「……はい? え、ええ、わかりました」


戸惑いながらも、ハンナは部屋を出て行く。


オルトは、ふう、とひとつ息をついた。


「師匠……」


ハルが熱にうかされたまま、かすれた声で呟いた。焦点の合わない目が、ぼんやりとオルトを見つめている。


「……すまねぇ。けど、これもお前を助けるためなんだ」


オルトは低く呟くと、ハルの目元にそっと手を添え、その視線を覆った。


そして、そのまま自分の唇を、そっとハルの唇へ重ねた。


じわ……と、魔力が流れ込んでいく。


ピクリ、とハルの体がわずかに跳ねたが、オルトは動じず魔力の流れに集中する。


(……もう少しだ)


無言のまま、魔力を送り続ける。

やがて、ハルの体にオルトの魔力が満ちたのを感じ取ると、オルトはそっと唇を離した。


手を離してハルの顔を見ようとすると――


「うおっ!?」


オルトは思わずのけぞった。


ハルの目が、ぱっちりと開いていたのだ。


「な、なんで起きてるんだ!?寝てたんじゃなかったのかよ!!」


「師匠が……急にキスするから……」


ハルの顔は耳まで真っ赤だ。


「バッ、馬鹿!!仕方ねぇだろ!お前のその死術の紋章を消すには、これを一週間も続けなきゃいけねぇって言われたんだよ!!」


「一週間……!?」


「そうだよ!一週間だぞ一週間!……まぁ、可愛い女の子の方が良かったかもしれねぇけどな! 俺で我慢しろよ!」


オルトがからかうように言う。


だが、次の瞬間――


「……師匠がいいです……」


ハルはぽつりと、少しだけ寂しそうに、けれどはっきりと呟いてすっと眠りについた。


「お前......本当に俺の事信頼してくれてんだな......」


オルトはそう呟いてそっとハルの額に手を当てる。


(……熱もだいぶ下がってきてる。これを続ければ……ハルは助かる)


そう思うと、胸の奥から安堵の息が漏れた。


こうしてオルトは、毎日魔力を口移しで送り続けた。

そのたびに死術の紋章は少しずつ薄くなり、ハルの熱も引いていった。


◆◆◆


そして、七日目の朝――


「今日で最後だな」


オルトが微笑んで声をかけると、ハルは真剣な眼差しでオルトを見つめ返した。


「……師匠」


「ん?どうした?」


「最後は……俺から、してもいいですか?」


その一言に、オルトは一瞬だけ目を丸くする。


「……なんだそれ。まぁ、どっちからでも変わらねぇし……いいぞ?」


「ありがとうございます」


ハルは嬉しそうに小さく笑った。

そして、ほんの少しだけ距離を詰める


ハルはそっと、オルトの唇に触れた。

その柔らかな感触に、オルトはほんの一瞬だけ戸惑ったが、すぐに状況を思い出し、魔力をそっと流し始める。


だが——。


「……んっ、ハル……ちょっと……」


ハルのキスは、予想よりもずっと深かった。最初は触れるだけだった唇が、徐々に吸いつくように絡まり、オルトがわずかに体を引こうとした瞬間——頭を片手で押さえられた。


動けない。


ちゅっ、ちゅる……

唇が離れてもすぐに重なり、舌の先がわずかに触れ、熱を残していく。


(こいつ……何を……くそ……魔力を注ぎきるまでは……)


オルトは心を無理やり落ち着かせようとした。だが、その冷静さを破るように、ぬるりと異物が口内に入り込んできた。


「んっ、んんっ……おま……っ」


押し込まれるように舌が絡んできて、息すらままならない。ハルの目を見上げると、そこには獣のように鋭い熱が宿っていた。


「……師匠……」


その一言が、耳元に濡れるように囁かれる。ゾクリと、背筋が震えた。


オルトは慌てて両手でハルの胸を押し、ようやく体を引き離す。


「……お前……いきなり何考えてんだ……っ!」


肩で息をしながら睨み返すと、ハルは頬を少し赤らめながら、唇の端に残る名残を指で拭い、小さく囁いた。


「……我慢、できませんでした」


オルトは小さくため息をつき、顔を背けた。


「お前……欲求不満なのか?」


オルトがボソッと聞く。


「そうですね……たぶん、そうなのかもしれません」


ハルが素直に頷く。


「……お前なら、その……顔も整ってるし、その辺の女でも捕まえればすぐに解消できるんじゃねぇの?」


「……師匠。俺、その辺の女性よりも、師匠のほうがずっと綺麗に見えるんです」


不意の答えに、オルトは驚いてバッとハルの方を向く。


「は!? 俺が……綺麗だと!?」


「はい。ずっと、師匠と出会ったときから、そう思ってました」


ハルは青い瞳をまっすぐに向けて、静かに、しかしはっきりと言葉を続けた。


そのまっすぐな視線に、オルトは動揺した。

恋だの愛だの、そんなものに関心を持つ暇もなく、魔界を統一することだけに心血を注いできた。そんな自分に向けられる「綺麗」なんて言葉に、返す言葉を失ってしまう。


(こいつ……本気で言ってんのか?)


思考がまとまらず、オルトは顔を背けながら小さく呟く。


「ま、まぁ……俺で満足したんなら、それでいいけどな……」


すると、ハルが少し口角を上げて、いたずらっぽく言った。


「師匠……もしまた我慢できなくなったら、キスしてもいいですか?」


「はあ!? な、なんで俺なんだよっ!?」


オルトが立ち上がり顔を真っ赤にして叫ぶ。


「だって……俺、そこら辺の女性と遊んでる暇ないし、パーティーの仲間とはそういう関係は禁止されてるし」


そう言いながら、ハルはわざとらしくオルトの足元に詰め寄る。


「それに師匠とのキスが.......俺の初めてだったんですよ?」


「ねぇ...師匠……お願いします」


お腹を押さえながら、上目遣いで囁く声に、オルトはぐっと言葉を詰まらせる。


(こいつ……色んな事を盾に、俺を脅してやがるな……)


オルトは眉間に深く皺を寄せたまま、しばらく沈黙を保っていたが、意を決したかのように口を開いた。


「……わかったよ!わかった!!ただし、人前では絶対にやるなよ!それだけは約束しろ!」


「はいっ!」


ハルは満面の笑みを浮かべて、キラキラと目を輝かせる。


「……はぁ」


オルトは深くため息をついてから、少しはだけた浴衣の隙間から見えるハルの腹部に目をやった。


「死術の紋章、完全に消えてるな....」


安心したように、ぽつりと呟く。


「師匠……本当に、ありがとうございました」

ハルは素直に頭を下げた。


「おう。俺はお前の師匠だからな」

オルトは軽く笑って、胸を張るように言う。


「お前は今日までゆっくり休んでろよ。体力はまだ完全じゃねぇからな」


オルトはそう言いながら部屋の扉を開く。


「えっ、師匠は……どこか行くんですか?」


ハルが不安げに尋ねると、オルトはひらりと手を振って答えた。


「ああ、ちょっとな。散歩だ、散歩」


「……散歩って、まだ夜明け前ですし、また迷っちゃうんじゃ……」


「大丈夫だ!今回は案内役がいるからな!」


そう言ってオルトは部屋を後にした。


「……やっぱり、心配だな……」


ハルは小さくつぶやき、オルトの背中を見送りながら静かに微笑んだ。

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