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【BL】魔王様の散歩道  作者: のはな
第6章 コンゴ独裁国家と新魔力飴
36/60

36.無邪気な悪意

オルトがゆっくりと目を開ける。

重いまぶたの向こうに見えたのは、錆びついた鉄格子と、冷たい石の壁だった。


「……ここは……」


頭が鈍く痛む。体を動かそうとして、手首に冷たい金属の感触を覚えた。

手錠でつながれている。


その時――


「やっと目を覚ましたんだね!」


牢の外から、無邪気な声が響く。

エルが椅子からぴょんと立ち上がり、格子のすぐ前に歩み寄ってきた。


「お前……」


オルトの声には警戒と怒りが滲んでいた。


「ねえ、君の仲間たちってどこに行っちゃったの?」


エルは首をかしげ、子犬のように無垢な顔で問いかける。


「……知らねぇよ」


オルトは短く吐き捨てた。


「ちぇっ、先生、あの人たちもいい“実験材料”になるって言ってたのにさ~」


エルは頬を膨らませ、不満げに言う。


「……お前、自分がどうやって生まれたか知ってるんだろ?」


オルトが低い声で問う。


すると――


「うん!! 知ってるよ!」


エルはにっこりと、花が咲くような笑顔で答えた。


「僕はね、先生が創ってくれたんだ。たくさんの人間と魔人の血を混ぜて、何度も何度も失敗して――

でも、やっと僕が生まれたんだよ!」


「…………その“先生”が実験に失敗した人間達の中には、生きたまま苦しんで、もがきながら死んでいった奴らがいたはずだ」


オルトの声が静かに、しかし鋭く響く。


「うん。いたよ」


エルはあっさりと頷いた。


「腕がぐちゃぐちゃになった人。内臓が外に飛び出した人。先生、面白いねって言ってた」


その言葉に、オルトはぐっと奥歯を噛みしめた。


「お前……それを見て、何も感じなかったのか」


「……?」


エルは、まるでその問いの意味がわからないかのように、首をかしげた。


「感じるって、何を?」


彼の無垢な瞳に、一切の罪悪感や悲しみの色はなかった。


それは、純粋であるがゆえに、残酷だった。


「はぁ....お前がナタ村にいたのは何故だ?」


オルトが少し何かを諦めた様に問いかけると、エルはニコニコしながら答えた。


「うーんとね~、あの村には先生に“面白いものが見れるから行ってみなさい”って言われて、オルトと会う三日前くらいから忍び込んでたんだけど…本当に面白いもの、たくさん見れて楽しかった!!」


一度目を輝かせて話したあと、ふと少し残念そうな顔をして言葉を続けた。


「だけど、先生が“その力は他国ではまだ見せてはいけない”って言うから、何もしなかったけど……」


エルは少しつまんなそうな顔をして呟いた。


「なぁ……お前のその“先生”ってやつと話がしたいんだが、呼んでくれねぇか?」


オルトが、落ち着いた調子で言った。


「うん!いいよ!」


エルは無邪気な笑顔を浮かべ、ぱたぱたと足音を響かせて奥へ走っていった。


扉の音が消えたのを確認すると、

オルトはそっと自分の指に嵌められた青い魔法石の指輪に触れる。


かすかに輝いた石に意識を込める。


(……ハル……聞こえるか……?無事か?)


沈黙のなか、ほんの数秒後――


(オルトさんですね?……私はハンナです)


優しく、しかし張り詰めた緊張のこもった声が返ってきた。


(今、ハルさんを治療しています。重傷ですが……命に別状はありません。どうか、ご安心を)


その言葉に、オルトはほんのわずかに眉を下げた。


(……そうか。頼んだぜ……ハンナ)


魔法石からの光が静かに消える。

再び、冷たく重い牢獄の空気が戻ってきた。


オルトは静かに、鉄格子越しに扉の方を見つめる。


コツコツ……


重く乾いた足音が、冷たい石の床を叩く。


鉄格子の向こう、ゆっくりとその男が姿を現した。


オルトは顔を上げ、その姿を見て目を細める。


「……やはり、お前だったか……タルール……」


その声は低く、押し殺された怒りを孕んでいた。


「ヒヒヒっ、お久しぶりでございます、オルト様」


タルールは片手を胸元に当て、芝居がかったように礼をし、唇の端を吊り上げてニヤリと笑った。


「随分と……元気そうだな?」


オルトが低く声をかける。


タルールは目を細め、嬉々とした笑みで応じた。


「ええ、とても充実しておりますとも」


「魔力飴を作っているのは……お前か?」


「はい。ですが、あれは三百年前に作られた“旧魔力飴”を更に進化させたものです」


「……進化?人間を魔人にすることがか」


オルトの問いに、タルールは唇の端を吊り上げ、恍惚とした声を漏らす。


「そうですとも。我々と同じ存在になれるのですよ? これを進化と言わずして、何と言いましょうか?」


「...じゃあ、お前がイゼルディア王国に魔力飴を渡していた張本人ってことか?」


「直接ではありませんが、第二王子がどうしても欲しいと仰いましたのでね。試作品でしたが、いくつかお渡ししておりましたよ」


タルールがニタッと笑い答える。


「じゃあ……お前を人間界に召喚したのは、誰だ?」


オルトの声が鋭くなる。


タルールは一瞬黙り、そして――意味深に微笑んだ。


「……オルト様、それは……あなたが一番よく分かっておられるのでは?」


「……なんだと?」


一瞬、空気が凍りついたような沈黙が広がる。


「ヒヒヒッ……オルト様、旧“魔力飴”の正しい制作材料をご存知ですか?」


オルトは目を細め、低く吐き捨てる。


「……知るかよ。材料も製法も、三百年前にすべて焼き払ったはずだ」


「ええ、その通りです!何のヒントも残されておらず、解析は非常に困難でした。しかし……運命とは面白いもので、ある人物から“三百年前の本物の魔力飴”を手に入れる機会に恵まれたのです。それを元に模倣し、改良を重ね……完成に近づいた試作品を、人間に試したところ――なんと!彼らは魔人に近い存在へ変貌したのです!」


タルールの目は狂気に光り、声に熱がこもっていく。


「私は確信しました。これなら、人間を“完全な魔人”にできると! 素材を探し続け、試行錯誤の末……ついに見つけたのです。最後の鍵となる素材を見つけたのです」


「素材……?」


「ええ。それは――“恐怖に支配された人間の心臓”です」


その瞬間、オルトの目が赤く燃えるように光を放った。


「……お前、自分が何を言ってるのか分かってるのか?」


「もちろん。理解しておりますとも。ですが、その心臓はそう簡単には手に入りません。ですから、未完成品の飴をまず人間にばら撒き、魔人化した者たちに人間を襲わせて集めているのです。これが、非常に効率的でしてね……」


「……ガイデンで鬼人族の魔人に変化した男がいた。あいつ、完成された魔力飴をもらったって言ってたぞ?」


オルトが低く問い詰めるように言うと、タルールはまるで退屈そうに、肩をすくめて答えた。


「ああ……彼のことですか。ええ、確かに“ほぼ”完成に近い魔力飴を差し上げましたよ。とはいえ、あれはまだまだ粗削りで……力が暴走しやすく、自制心のない者にはまず扱えない代物でしたからね」


タルールはにやりと笑い、唇の端をつり上げた。


「まあ……要は在庫処分ですよ。どうせ処分するなら、実地でデータが取れた方がいいでしょう?」


オルトは沈黙したまま、眉をひそめ、静かにタルールを睨みつけた。その眼差しはまるで、焼けつくような怒りの業火を宿していた。


「……オルト様。ぜひこの実験にご協力いただきたいのです。もし“はい”と仰ってくだされば、今すぐにでもこの牢獄を開けて、丁重にもてなしますよ」


「……ふん。で?俺がそのまま外に出て暴れたらどうする?」


タルールの目がわずかに細まり、唇が歪んだ。


「ヒヒッ……あなたほどの方が、そんな短絡的な真似をするとは思えません。

それに、“エルの力”を見たでしょう?

――あなたが本気を出せない今の状態では、勝てる見込みはありませんよ?」


その言葉に、オルトの拳がわずかに震える。


「……」


「ご安心ください。選択はあなたに委ねます。

“協力者”として未来を作るか――

バラバラの“素材”として、未来に利用されるか。」


タルールは微笑みながら、背を向けて牢の扉を軽く指で叩いた。

「……いいだろう。協力してやるよ。」


オルトは静かにそう告げた。


「ありがとうございます! これでまた、計画が一歩前進します!」


タルールは歓喜に満ちた声で言い、エルに命じた。


「エル、魔王様を牢からお出しして差し上げなさい。」


「うん!」


カチャリ――

軽やかな音と共に、エルが牢の鍵を開ける。だが、オルトの腕には依然として魔力封じの拘束具がついたままだった。


「おい……この腕の拘束は、取ってくれねーのか?」


オルトが不満げに問うと、タルールはにこやかに笑った。


「ヒヒッ……今外しますよ。エルお願いします」


「はーい」


エルはオルトの手錠の鍵を開けた。

ガチャ


「...どうも」


コツ、コツ――

重く静かな足音が、薄暗い廊下に響く。


オルトは両脇をエルとタルールに挟まれながら、地下の奥へと連れて行かれた。


その部屋の奥――

半透明の液体に満たされた円筒状のカプセルが、ずらりと並んでいた。どれも人間らしき影が中に沈んでいる。


「……これは……」


オルトが目を細め、思わず声を漏らす。


「これね!僕のお友達を増やしてくれてるんだよ!」


エルが無邪気な声で言った。まるで遊園地の乗り物を紹介するような調子だった。


「……魔人にしているのか?」


オルトの問いに、タルールが嬉々として答える。


「いえいえ、魔王様。彼らは“魔人”なんて生ぬるい存在ではありません。魔人以上の、完全な戦闘生命体です!」


その目は狂気に輝いていた。


「そして、こちらを見てください!」


タルールが誇らしげに台座の上にあった小さなケースを開ける。そこには、紫色に光る飴が並んでいた。


「これが“新魔力飴”です!人間が口にすれば、強力な魔法が使えるようになる。さらには――魔人に“進化”できるのです!」


「……進化、ね。ふざけた代物だ。」


オルトの声は低く、怒気を孕んでいた。


「ヒヒッ……オルト様。人間は、魔人を“悪”と決めつけています。ですが――人間と魔人がひとつになれば、魔界と人間界を融合させることができると思いませんか?」


「……だからこんなことを?」


オルトは周囲を見渡す。カプセルの中で微かに動く“人間の成れの果て”たち。その光景は、まさに悪夢だった。


◆◆◆


一方――


ランスは負傷したハルを抱え、急ぎ足でハンナとカレンのもとへ戻ってきた。

ハルの傷を目にした二人は、驚きに目を見開く。


「ハル君、しっかりして……!」


ハンナがその場で急いで応急処置を施すが、周囲には兵士たちの数が増え始めていた。

「まずいわ、ここに長居はできない!」

カレンの言葉にうなずき、一行はそのまま急いで宿へと戻った。


「ハンナ!ハルは大丈夫なのか!?」


ランスは顔をこわばらせたまま、必死にハンナに問いかける。


「ハルの容態は……どうなんだ!?」


ハンナはすぐにハルのもとへ駆け寄り、その状態を確認する。

すでに布団の上に寝かされていたハルは、意識もなく、ぐったりとしていた。

その腹部には厚く巻かれた包帯があり、赤黒く滲んだ血がまだ完全に乾いていない。


「……すぐに応急処置はしました。今のところ命に別状はないと思います。けど……傷が深くて……腹部が大きくえぐれていて……治るまでに、数日はかかるかもしれません」


彼女の声は震えていた。


「でも……ハンナがいてくれて、本当に良かったわ。ありがとう」


カレンがそっと肩に手を置くと、ハンナは目元を潤ませながら首を振る。


「……いいえ。私なんて……もっと、なにかできたはずなのに……!」


ハンナは震える手で、精一杯魔法の治療を続けていた。


その時、扉の外からノックの音と共に老婆の声が響いた。


「何か必要なものはあるかい?」


「……今は大丈夫です、ありがとうございます!」


ハンナがかすかに振り返って答える。


ランスは一つ深呼吸して立ち上がった。


「……俺たちはここにいたら邪魔になる。しばらく外にいるから、何かあったらすぐ呼べよ」


「ええ。ハンナ、よろしくね」


ランスとカレンは静かに部屋を出ていった。


室内には、ハルの荒い呼吸と、祈るように治療を続けるハンナの姿だけが残った。


宿の廊下――

ランスは拳を握ったまま、ぽつりと呟いた。


「……すまねぇ……俺、何もできなかった……」


その背中に、カレンの静かな声が届く。


「……彼なら、きっと無事よ。それに……ハルだって、そんなヤワじゃないわ」


「……ああ……」


短く返しながらも、いつもの明るさはランスの声から消えていた。


「なぁ……オルトって……魔人なのか?」


ランスがぽつりと呟くように言った。視線は遠く、どこか怯えを含んでいる。


「……何か、見たの?」


隣にいたカレンが静かに問い返す。


「あいつ……ハルがやられたとき、姿が……変わったんだ。メキメキと骨が鳴るような音がして……まるで、魔人のようだった」


眉間に皺を寄せ、ランスは戸惑いを隠せずに答える。


「それで? オルトが魔人だったら、どうするつもり?」


カレンの声は冷静だったが、どこか鋭さを帯びていた。


ランスは答えられず、黙り込む。


沈黙がしばらく続いたが、痺れを切らしたカレンが口を開いた。


「……はぁ。オルトが魔人だからって、私たちに何かした?むしろ庇ってくれて逃がしてくれたのは彼よ」


カレンは淡々と語った。


「わかってる……わかってるんだ。ただ……混乱してて。俺たちの目的は“魔王を倒すこと”だろ? それに、魔人たちは人間を襲ってるってずっと聞かされてきたから……」


ランスは唇を噛み締めるように言う。


「その“魔人”と、オルトは違う。あなたも分かっているでしょ?」


カレンはランスをじっと見つめて言った。


ランスは視線をさまよわせながらしばらく沈黙したが、やがてふっと肩の力を抜き、吹っ切れたように呟いた。


「……ああ。オルトが魔人だろうが関係ねぇ。アイツは……俺たちの仲間だ」


ランスが顔を上げ、力強く言った。


カレンは小さく微笑んで、


「ふふっ。そうね。……あなたって本当に単純」


と肩をすくめた。


「それ、褒めてんのか?」


「もちろん、最大級の賛辞よ」


ランスは少しムッとした顔をしたが、その後、何かを覚悟したかのように口を開いた。


「なぁ……俺、オルトを助けに行こうと思うんだ」


カレンは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに首を振った。


「……無理よ……」


「なっ!? 行ってみないと分かんねぇだろ!!」


ランスは声を荒げた。


「考えてみなさい。あなた……その少年が攻撃してきたとき、何もできなかったのでしょう?」


「……!」


「今行ったって、同じよ。結果は変わらないわ」


沈黙が流れる。


だがランスは、悔しさと焦りに満ちた目で叫ぶように言った。


「じゃあ、黙ってここで待ってろっていうのかよ!」


「……そうじゃないの」


カレンは静かに言い返した。


「さっき、あなたが席を外してたとき……オルトから、ハルの魔法石に連絡が来てたのよ。今、あの人は……まだ無事よ」


「なっ……そうだったのか……」


ランスの目がわずかに揺れる。


「だから……せめて、ハルが目を覚ますまでは……じっと耐えましょう」


カレンの言葉は強く、どこか切実だった。


ランスはしばらく黙り込んだあと、低く、決意のこもった声で言った。


「……二日だ。二日経っても、ハルが目を覚まさなかったら……俺たちだけで助けに行く」


「……わかったわ」


静かに2人は決意した。

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