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【BL】魔王様の散歩道  作者: のはな
第4章 それぞれの場所で
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20.第一王子の凱旋

──翌朝。


宿舎の窓の外が騒がしくなり、ざわめきと歓声が響いてきた。


「……なんだ?」


オルトは重たいまぶたをこすりながら窓辺へ向かい、カーテンを少しだけ開けて外を覗いた。


「おお、こりゃまた派手だな……」


普段から賑やかな繁華街が、今朝はさらに色とりどりの布や花で飾り立てられ、華やかさを増していた。通りには市民や観光客が押し寄せ、あちこちで拍手と歓声が上がっている。


「例の、第一王子の凱旋ってやつか」


オルトはぼそりと呟いた。


コンコン──。


扉の向こうから軽やかなノック音が響いた。


「カンナです。今から一時間後に、イゼルディア王国第一王子、アストン・イゼルディアの凱旋が始まります。ご準備をお願いいたします」


「ああ、分かった」


オルトはやや眠そうな声でドア越しに応えた。


「それでは、三十分後にお迎えに参ります」


カンナの足音が、廊下の奥へと遠ざかっていく。


「イゼルディア王国の第一王子、アストン……まずはしっかりと、その面を拝ませてもらうか」


オルトはそう呟くと、ゆったりとしたバスローブのような室内着から、カンナが用意していた茶色のフード付きローブに着替えた。布地は軽く、動きやすさを考慮した作りになっていた。


◆ ◆ ◆


──ガヤガヤ。


街はすでに祭のような賑わいを見せていた。


装飾で彩られた繁華街の一角にあるレストランに、オルトはカンナに連れられて到着していた。


「ここからなら、行列の全体がよく見えるはずです」


カンナが静かに言う。オルトはうなずきながら、窓際の席に腰を下ろした。


「すごい人の量だな...」


外の歓声が一層大きくなっていく中、オルトは静かに、しかし鋭く目を光らせた──。


「イゼルディア王国・第一王子、アストン・イゼルディア様のご凱旋です!」


──ドン、ドン、ドン!


太鼓の音が街中に響き渡り、民衆の歓声がそれに重なる。黒い鎧に身を包んだ騎士たちが馬にまたがり、規律正しく進軍してくる。その先頭、ひときわ目を引く存在があった。


「……あれがアストンか?」


オルトは窓から顔をのぞかせながら呟いた。


「ええ。あの金色の兜を被っている方が、アストン・イゼルディア王子です」


カンナが隣で答える。


大柄なその男は、身長が190センチを優に超えている。ずっしりとした金の兜からは深い紫色の長髪が流れ出し、兜の下から覗く目はまるで猛獣のような鋭さを帯びていた。


その圧倒的な存在感に、観衆の誰もが言葉を失い、ただ見惚れるしかなかった。


──だが、次の瞬間。


「っあれは……」


オルトの目が一瞬、大きく見開かれた。

よく見てみるとアストンのマントには魔人、白翼族の羽があしらわれている事に気づいた。


さらに、騎士団の最後列。馬の手綱を持つ一人の従者の腰に、見覚えのある瓶が吊るされていた。


小さなガラス瓶。中には、淡く光る紫色の球体──


魔力飴。


「まさか……」


オルトはその場で立ち上がりかけたが、すぐに自制して座り直した。


「どうかなさいましたか?」


カンナが小声で尋ねる。


「いや、なんでもない」


オルトが注意深くアストンを見ていると、


「あいつは誰だ……?」


視線の先には、アストンの背後にぴたりと付き従う、一人の男の姿があった。銀の兜を被り、アストンと同じ紫の髪をしているがどこか儚げで線の細い印象を受ける。


「彼は、第二王子のギウル・イゼルディアです」


隣にいたカンナが静かに答える。


「……あまり似てないな」


「ええ。腹違いの兄弟ですから」


その口調はどこか含みを持っていた。


凱旋の行進が続く中、突然、隊列の先頭にいた黒馬がピタリと歩みを止めた。


――ザッ……


「何事だ?」


民衆のざわめきの中、ひときわ怒声が響き渡った。


「貴様!!!なんと無礼であるか!!」


その鋭い声にオルトの眉がぴくりと動いた。


「あの声は……」


視線を向けると、そこにはミンゼル街でも顔を合わせたイゼルディア王国・魔法騎士団団長ガルディアの姿があった。その厳つい体躯を怒りに震わせ、目の前に膝をついている母子を睨みつけている。


「本当に、申し訳ありません……! 息子が急に走り出してしまって……!」


若い母親が幼い男の子を強く抱きしめ、地面に額を擦りつけるようにして謝っていた。子はまだ三歳ほどだろう。無邪気に凱旋の喧騒に惹かれたのか、小さな足で馬車の前へと飛び出してしまったのだ。


空気が張りつめる。


誰もが処罰の言葉を待ったその時――


「もういい、やめろ。」


重々しくも落ち着いた声が響く。


アストン・イゼルディアだった。


馬からゆっくりと降りた第一王子は、鎧の音をわずかに鳴らしながら母子の前に膝を折った。


「……ケガはないか?」


その声は驚くほど優しく、騒然としていた街の空気が一瞬にして静まり返る。


母親は顔を上げ、震える声で答えた。


「っ……はい、大丈夫です……ありがとうございます……!」


アストンは小さく頷くと、周囲に向けて手を上げた。


「進軍を再開せよ。ただし――人の上に立つ者こそ、民を恐れさせるな。」


その言葉に、騎士団の兵たちは一斉に頭を垂れた。怒鳴り散らしていたガルディアすら、無言で背筋を正した。

オルトは遠くからその様子を見つめていた。


「……思っていたよりも、ただの武骨なバカ王子じゃなさそうだな。」


凱旋が終わり、街の喧騒が静まり始めた頃。


コンコン――

「失礼致します。」


銀髪の男――マニエールが、静かにオルトのいるレストランの個室へ入ってきた。


「マニエールか。闇市場の案内、感謝する。」

オルトはグラスを置きながら言った。


「とんでもございません。魔王様のお役に立てるのであれば、それだけで本望です。」


「....そうか。」


しばし沈黙が流れたのち、マニエールが口を開いた。


「ところで、先ほどの凱旋……この国の第一王子、アストン殿の姿を拝見されましたか?」


「ああ、見た。随分とガタイのいい男だったな。」


「ええ。確かに見た目は立派ですが……内実はまるで違いますよ。」


マニエールの目がわずかに細められ、声に冷たさが混じった。


「民には愛想よく振る舞っていても、裏では貴族を脅して私腹を肥やし、弱者には興味すら示さない。心根が腐っている男です。」


「そうらしいな...」


オルトは静かに目を伏せたまま答えた。

何かを見透かすような沈黙が、部屋に落ちた。


「魔王様。あなたが出された二つの条件――私は確かに守りました。魔力飴の件も、今後全力で協力いたします。ですから……お約束通り、この国に連れてこられた魔人や魔族たちの救出、どうかお力をお貸しいただけませんか?」


マニエールの言葉に、オルトは静かに頷いた。


「ああ、そのつもりだ。」


「ありがとうございます……! それでは、救出計画の詳細をご説明させてください。」


マニエールの目が嬉しさでわずかに緩む。


だがオルトは、周囲に軽く視線を走らせたあと問いかける。


「……ここで話しても大丈夫なのか? 耳が多そうな気がするが。」


マニエールはふっと微笑んだ。


「ええ。ですので、このレストランの地下へ――オルト様をご案内いたします」


コツ、コツ――

マニエールの足音が静かに響く中、オルトたちは厨房と思しき場所を通り抜け、奥にある食料庫へと入った。


マニエールの指示で、カンナが倉庫の隅に積まれたダンボールを一つひとつ丁寧にどかしていく。

やがて、その下から床と一体になっている正方形のドアが現れた。


カンナがドアを開くと、そこには下へと続く階段が口を開けていた。ひんやりとした空気が、ゆるやかに顔を撫でていく。


「こちらへどうぞ」


「……ああ」


オルトは一瞬だけ視線を落とし、そして無言で階段を降り始めた。

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