中編
外は陽が落ちて、空はオレンジと紺のグラデーションに染まっていた。
逢魔ヶ刻。
この時間帯はそう呼ぶらしい。
魔に逢う刻と書いて、逢魔ヶ刻。
まぁ、実際にこの時間帯に魔と出会した試しはないし、ただの言い伝えというか、迷信みたいなものだろう。
空は綺麗だし、気温も下がるし、僕としては嫌いじゃない。
「たっくんごめんね。付き合ってもらっちゃって」
「気にすんな。でもまぁ、バス代くらい計算に入れとけよ」
「うん、気をつけるね」
映画館からの帰り道、僕は愛用の自転車を手で押して、栞と並んで歩道を歩いていた。
売店でストラップを購入したせいで、財布の中身がすっからかんらしい。
「時間は大丈夫なのか? ストラップくれたし、バス代くらいなら出すけど」
「全然大丈夫だよ。それに、たっくんと会ったの久しぶりだから、もうちょっとお喋りしたくて」
「そ、そうか。ならまぁ、うん」
いかん。
可愛すぎて変な気を起こしてしまいそうだ。
なんだこの幼馴染は。
世界で1番可愛いかもしれない。
とか、半分冗談は置いておいて、ここから家まで徒歩だと30分くらいか。
お互い積もる話もあるし、そのくらいならあっという間だろう。
「にしても、本当に久しぶりだな。最後に会ったのは中学の卒業式だもんな」
「そうだね。でも後ろ姿ですぐに分かったよ。たっくんだぁって」
「お互い様だな。お前が変わってなくて安心したよ」
「なぁに? もしかして心配してくれてたの?」
「別に心配はしてなかったけど、驚きはしたよ。突然仙台の高校に行くってんだから」
「正直私もびっくりだったよ。合格するとは思わなかったもん」
栞は地元の高校ではなく、県内でも有数の進学校へと通っている。
一応僕の高校も進学校ではあるが、偏差値で言えば20ほどの開きがある。
栞は昔から成績は良かったけど、どちらかといえば勉強は嫌いなタイプだった。
それでも合格したというのだから、一時期は中学で注目の的になっていた。
「たっくんは西高だよね。どう? 楽しい?」
「それなりにな。けど、授業はやっぱり難しいわ。昨日期末テストが終わったんだけど、英語の答案返却が怖くて怖くて」
「あはは。じゃあもしかして、今日は現実逃避?」
「まぁそんなとこだな。ってことは栞も?」
「現実逃避ではあるかな。テストはバッチリだったけどね」
「余裕かよ。やっぱお前凄いわ」
末は博士か大臣か、なんて大袈裟に言うつもりはないけれど、少なくとも僕なんかよりは立派な大人になるのだろう。
同じ高校生なのに、すでに住む世界が違う気がする。
もしかすると、こうして街頭の下を2人で歩くのも、これが最後かもしれない。
「浮かない顔してる。そんなに不安?」
僕の顔を覗き込む栞と目が合って、慌てて顔を背けた。
依然として、あの店員の呪いの言葉が僕の中を渦巻いているらしい。
「別に。ただ、栞は充実してそうだなと思ってさ。やっぱ都会の学校は楽しいか?」
「どうなんだろ。充実はしてると思うよ」
横目を向けると、栞は伏し目がちに俯いていて、それでも口元は小さく微笑んでいた。
「仙台なら遊ぶとこ多いだろ? ゲーセンとかカラオケとかさ。学校帰りに友達とスタバ寄ったりするのも楽しそうだよな。栞はそういうことしてるのか?」
「ううん。実家から通ってるし、学校が終わったらすぐに帰らなきゃいけないから、あんまり遊んだりはしてないかな」
「ふーん」
浮かない顔をしてるのはどっちだよ。
車道を走る乗用車のヘッドライトが栞の笑顔を照らすたびに、あの日の栞を思い出してしまう。
「たまに思っちゃうんだ。どうして私はこんなに勉強してるんだろうとか、みんなと同じ高校に通ってたら楽しかったんだろうなぁとか」
「栞……」
彼女はハッとした様子で顔を上げると、いつもの調子で微笑んだ。
まるで、笑顔の仮面を貼り付けたかのように。
栞はいつでも笑っている。
悲しくても、辛くても、落ち込んでいても。
「あはは……変な空気にしちゃった。たっくんに会えて嬉しかったのに、ごめんね」
「気にすんなよ。僕も色々思い出して、ちょっとセンチな気分だ」
小学生時代は毎日のように誰かと遊んで、他人の家で遠慮なく飲み食いして、しょうもないことで笑っていた。
あれからまだ4年くらいしか経っていないのに、色々なことが変わった。
こんな時間に友達と外出するのは町内の夏祭りくらいで、いつもと違う夜の町にどうしようもなく胸が高鳴ったし、親に黙って学区外のゲームセンターに行くだけでも、ちょっとした冒険気分だった。
あの頃の僕は、いつの間に消えてしまったのだろう。
「まぁ、僕でよければ土日は大抵暇してるし、いつでも電話してこいよ。昔みたいにさ」
なんて、映画を観たばかりだからか、我ながらキザっぽい台詞を口走ってしまい、引かれていないか不安になって栞に目を向けた。
けど、こいつに対してその懸念は不要だった。
「いいの? 本当に? 部活とか大丈夫?」
街灯に照らされた栞は、心底嬉しそうに微笑んでいた。
あの頃のような柔らかい笑顔に、僕も思わず頬を緩めてしまう。
「文芸部だからな。土日どころか放課後も暇人だよ」
「そうなんだ。じゃあ今度、たっくんちに遊びに行っちゃおうかな」
「え!? あ、いやまぁ、別に良いけど……」
「やった」
こいつ、当たり前みたいな顔して凄いことを言いやがる。
まぁ、栞なら家に来ても変なことにはならないか。
姉さん達もこいつのことは気に入ってたから、密室に2人きりなんてことにはなりそうもないし、なんなら他の幼馴染連中も誘えば問題ない。
いや別に、2人きりになっても問題ないけど。
「楽しみだなぁ。そういえば、なっちゃんはもう中学生だよね。みっちゃんは大学生?」
「うん。夏希は日に日に生意気になってくし、姉貴は大学に行ってるのか行ってないのか分かんないけど、毎日楽しそうだよ」
「あはは。元気そうでよかった。あっ、ねぇねぇ、『たちばな三姉妹』って憶えてる?」
「ああ、言ってたなそんなこと」
それは確か、姉さんが言い出した言葉だ。
栞の苗字は『立花』で、僕たちの苗字が『橘』、漢字は違うが読みは同じだからとかなんとか言って、姉さんは栞のことを妹認定していたんだ。
どういう訳か、栞が入る代わりに僕が弾き出されたのは納得しかねるが。
「今思うと馬鹿みたいだな」
「そんなことないよ。私、姉妹に憧れてたから凄く嬉しかったの。たっくんと結婚したら、本当の姉妹になれるのかなぁって思ったり」
「ゔぇ!? けけけけっこん!?」
「あはは。子どもだったよね」
こいつ、わざとか?
わざと僕が動揺しそうなことを言って楽しんでるのか!?
いやいや、落ち着け、栞に限ってそれはない。
こいつは勉強は出来るが、決して頭が良いという訳じゃない。
理科の実験中、ガスバーナーに火のついたマッチを丸ごと放り込んでボヤ騒ぎを起こすような女が、そんな巧妙な罠を張れるはずがないだろ。
「どうしたの? たっくん顔真っ赤だよ?」
「べ、別に。最近は夜も暑くて敵わないな」
「そうだねぇ。私も、汗かいてきちゃった」
「僕もだよ。帰ったらシャワーを……ッ!?」
その時、ふと栞に目を向けた僕は息を呑んだ。
あろうことか、こいつはシャツの襟元を掴み、パタパタと扇いでいるのだ。
丁度街灯が途切れたせいでよく見えないが、この角度なら間違いなく何かしらが見える。
いや本当、油断しすぎだろ。
いくら僕が紳士で真面目な幼馴染だからといって、なんでもかんでも見て見ぬふりをすると思うなよ。
あと数メートル進めば次の街灯だ。
もう少し、あと少し、覚悟しろっ!
「ねぇ、たっくん」
「は、はいっ!」
僕は思わず背筋を伸ばした。
邪な思惑を乗せた視線に気づかれたかと思ったが、栞はさっきから正面を見ている。バレるわけがない。
「あの、あのね」
な、なんだ?
そんなに改まって僕に言うことがあるのか?
心なしか、栞の顔も紅潮しているように見える。
まさか、いやまさかだ。
もしかしてこいつ、僕のことが好きだったりするのか?
なんて、可愛い幼馴染から告白されるのではないかと、しょーもない妄想を繰り広げかけた僕だったが、次に栞が放った言葉は、その想像を遥かに超えた物だった。
「今日ね、家に誰もいないんだ」
それはいわゆる、定番の誘い文句だった。
いや、いやいや、それはダメだろ。
いくら幼馴染と言っても久しぶりに会ったばかりだし、なにより僕は、もっとプラトニックなお付き合いを所望したい。
正直そういう気持ちがないわけではないけど、順序というものがあるだろう。
それにほら、僕には好きな人がいる。
ほとんどフラれたようなものだし、その人は転校してしまったけれど……ん? なら、問題はないのか……?
「って、んなわけないだろ!」
「えっ? どうしたの?」
「なんでもない。ちょっと自販機拠るわ」
「……うん」
前方で煌々と光を放つ自動販売機に駆け寄り、自転車のスタンドを立てた。
500円玉を投入して、コーラと、それからメロンソーダのボタンを押すと、耳触りの良い音と共に2本のペットポトルが落ちてくる。
手に取ったペットポトルはよく冷えていて、少しだけ冷静になれた気がした。
「ほらやるよ。熱中症対策」
「わっ、メロンソーダ。憶えててくれたんだ」
「憶えてたっていうか、お前といえばメロンソーダだろ」
「ありがと、嬉しい」
特に意識していなかったけれど、そういえば栞はメロンソーダが好きだった。
それは僕にとって、思い出す必要もないほど当たり前のことだ。
高校生になって、目まぐるしく過ぎて行く時間の中で、栞のことを改めて思い出すような瞬間はなかったと思う。
でも、幼馴染なんてそんなものだ。
たちばな三姉妹じゃないけど、僕と栞は兄妹みたいなもので、それはきっと栞も同じように感じている。
こいつのことなんて大体お見通しだし、こいつも僕の考えなんか、あらかた見透かしているだろう。
それなのに、今日の僕は一体なんなんだ?
まったく、あの店員にしてやられたとしか言いようがない。
完全に心を乱されてしまった。
おっぱいを盗み見ようとしている場合じゃないだろ。
「さっきの話だけど、親父さん、今日は仕事なのか?」
「うん。というか、パパは今年に入ってから神戸に単身赴任してるから、ゴールデンウイーク以来帰ってきてないよ」
「は? じゃあお前、一人暮らししてるのか?」
「ううん。お母さんと弟と、3人暮らし」
「お母さんと……弟?」
僕の知る限り、栞は一人っ子だ。
それに、栞の母親は既に他界している。
忘れもしない、小学生6年生の夏休み直前のことだった。
5年前の丁度今頃、僕は両親に連れられて、栞の母の葬儀に参列した。
子どもとはいえ当時11歳だった僕は、人が死ぬということの意味を理解していたし、お世話になったおばさんの亡骸を前にして、それまで感じたことがない種類の衝撃を受けたのを憶えている。
ということは、
「親父さん、再婚してたんだな」
「うん。中学2年生の終わりごろにね」
「そう……なのか」
予想していなかった言葉に、思わず口籠ってしまう。
再婚したとして、それは高校進学後の話だと思ったからだ。
中学2年なら、疎遠になっていたとはいえ、栞と全く関わりがなかったわけじゃない。
すれ違えば普通に挨拶を交わしていたし、通学路で出会したら一緒に登校していた。
なのに、そんな話は一度も聞いていない。
「もう、そんな顔しないで。知らなくて当然だよ。私が隠してたんだから。たっくんだけじゃなくて、みんな知らないよ」
「えっと、聞いて良いのか分からないけど……」
「どうして隠してたのか?」
黙って頷くと、栞はメロンソーダを一口だけ飲んで、口元に笑みを浮かべたまま空を仰いだ。
「そんなに重い理由じゃないよ。単純に恥ずかしかったの。ママが亡くなって、たったの2年しか経ってないのに、どこからか連れてきたシングルマザーと再婚するなんて言い出して、私にちゃんと相談もせずに籍を入れちゃって、突然家の中に他人が上がり込んで来て……。なんてこと、友達に知られたくなかったんだ。それに、口に出しちゃったら認めたことになるような気がして、誰にも言えなかったの。ごめんね、ずっと言えてなくて」
いつも通りの柔らかい口調だが、言葉の端々から怒りを感じる。
こんな栞を見たのは初めてで、息が詰まるような心地悪さがあった。
「もしかして、仙台の高校を受験したのはそれが理由か?」
「うん、家を出たかっただけ。県内で一番偏差値が高い高校なら入学も許してくれるだろうし、寮があるから都合が良かったの。でも結局、入寮は許してもらえなかったけどね。だから毎日片道1時間半もかけて通学して、授業についていけるように必死に勉強して、友達も上手く作れなくて……。あはは、私、なにしてるんだろ」
そう言って笑う栞の声は、少しだけ震えていた。
昔から、こいつはいつも笑ってる。
充電切れでモンスターを貰えなかった時も、母親の葬式で父親が涙を流している間も、栞はその口元に笑みを携えて、そして少しだけ、その声を震わせていた。
そんな栞の姿を見て、僕も、みんなも、なにも言えなかった。
もしも、大好きな栞の笑顔が壊れてしまったら――そう思うと、静観するのが精一杯だった。
でも、もしかすると、僕たちのそんな態度が栞を追い込んでいたのかもしれない。
笑顔の仮面を押し付けて、栞もそれを理解して、いざという時、誰にも相談できなくなった。
それなのに、なにが幼馴染だ。
「私ってそういうところの詰めが甘いっていうか、考えが浅いっていうか……。バカだよね、ほんとに」
だけど、今、栞は僕に話してくれた。
久しぶりの再会で心の紐を緩めてくれたのか、映画を鑑賞した直後で気持ちが昂ったのか、理由はどうでもいい。
「…………そうだな。なにやってんだ、ばーか」
やっとの思いで絞り出した言葉は、どうしようもなく子供じみていた。
文芸部に入部してから沢山の小説を読んできたのに、こんな時に限って気の利いたセリフが出てこない。
栞は相変わらず夜空を見上げたままで、歩くペースもゆったりとしている。
ただ、走り去る車のヘッドライトが一瞬照らした栞の表情は、いつものそれとは違っていた。
「……あのね、たっくん」
「ん?」
「私、勉強って嫌いなの」
「知ってる」
「ほんとはね、友達と遊んだり、恋人とデートしたり、そういう高校生活に憧れてたんだ」
「うん」
「なのに、つまらない反抗心で失敗しちゃった」
「……そうか」
「新しいお母さんはね、私のことを気にかけてくれるの。毎日早起きしてお弁当作ってくれたりして、すごく良い人なんだよ」
「うん」
「でもね、お母さんが良くしてくれるほどママのことを思い出しちゃって、その度にパパのことが許せなくなるんだ」
「そうか」
「弟のことも、まだ小さくて可愛いのに、素直に可愛がれなくてね、そしたらだんだん自分のこと……私って、本当に……わたし……。やなの……もう、全部。あ、あの頃に、戻れたらって、たのじかったから、わたしっ、わたし……も、もぅやなの。どもだち、で、でぎなくて……ずっと、ひ、ひどりで……ひとりじゃ……うっ、なっんにもっ……うまぐ、うまくでぎないのにぃ」
初めて見る栞の泣く姿は、まるで子どものようだった。
ダムが決壊したかのように大粒の涙を流して、これまで堪えてきたものを全て吐き出すかのように嗚咽を漏らす。
「さ、ざすって」
「え?」
「せ、ぜなが、さずっ……さすって」
「ああ」
「ごめっ、ごめんね」
「いいよ。頑張ったな、栞」
小さな背中をさすることしか出来ない自分が情けなくて、それでも少しだけ、ほんの少しだけ嬉しかった。
栞はしばらく泣き続けて、落ち着きを取り戻したのは、空がすっかり黒く染まった頃だった。
このクソ暑いなかでズルズルと鼻をすする栞は、憑き物が取れたかのように晴れやかな顔をしていた。
「もう大丈夫か?」
「うん……ありがと」
「気にすんな」
そう言って、僕は栞の背中から手を離した。
のだが、どういう訳か、栞は僕の腕をがっしりと掴むと、再び自らの背中に添え直した。
「えっと……栞さん?」
訳もわからず首を傾げた僕に、栞はそっぽを向いたまま、
「……もうちょっと」
と、背中さすりの継続を要求した。
彼女なりに甘えているつもりらしい。
「いやでも、片手でチャリ押しながら歩くのはキツイって」
「じゃあ私が自転車押すね」
「え、ガチじゃん」
栞は言葉通りに僕から自転車のハンドルを奪うと、何事もなかったかのように歩き出した。
その間も、しっかり腕をホールドしているあたり、冗談ではないらしい。
仕方がないので背中をさすってやると、栞は満足そうに微笑んだ。
「あの、これ結構腕疲れるんだけど」
「あと15分くらいだから頑張ってよ」
「はいはい」
栞が甘えてくるなんて珍しいし、マイペースな甘え方も可愛らしいから、今日のところは大人しく従っておこう。
それにしても、僕が知らないうちに色々と苦労していたんだな。
新しい母親と弟、そして父親との折り合いの付け方なんて、僕が口を挟むことすら烏滸がましい。
でも友人関係についてなら、僕にもちょっとした手助けは出来るはずだ。
さっき栞にも言った通り、僕には暇な時間がいくらでもある。
幼馴染のよしみで、気持ちが前向きになるまでは付き合ってやりますか。
こいつのことだから、そのうち新しい家族とも仲良く出来るだろうしな。
「……あれ?」
「どうしたの? なでなでが疎かになってるけど」
「なでなでって……」
どちらかと言うと、酔っ払いの介抱だろ。
まぁ、それはいい。
「いやほら、さっき家に誰もいないって言ってただろ?」
「うん、いないよ」
「だからもしかして、お母さんと喧嘩でもしたのかなって思ってさ」
「えっとね、ちょっと色々あって、今日からしばらく実家に避難するんだって」
「避難? 穏やかじゃないな。ってか、お前は置き去りかよ」
「それは違うの。私も一緒にって言ってくれたんだけど、断っちゃったんだ」
「そうなのか……? っていうか、その避難ってのは何なんだよ?」
夏だし、ゴキブリでも出たのだろうか?
それとも厄介なご近所トラブルか。
なんて。
そんな僕の予想は、見事に空振る事になる。
というよりも、当てられる方がおかしい。
「たっくんって、おばけとか信じる?」
栞はあくまでもいつもの調子でそう答えた。
「うちにいるみたいなの、おばけ」
弱々しく明滅する街灯の下、栞が押す自転車だけが、カラカラと音を響かせていた。




