第三話 王様は暇である
「王様になるって言っても、何すればいいか分からんな」
「そんなに気を張らなくても大丈夫ですわよ。ノア様のお仕事は、何かあった時に指示を出すだけですもの」
「そうなんだろうけどさ」
今は大広間の奥、やたら豪勢な椅子に座っている。
右隣にイリス、左隣にミナーヴァ、右斜め後ろにアメリアが控えている状況だ。
「暇だな」
「暇ですわね」
玉座に座ってから、はや三十分。いい加減暇が過ぎる、と考えていると、アメリアが焦った様子になる。
「どうしたんだ、アメリア」
「いえ、ノア様が暇を持て余されているようなので、何か娯楽はないものかと」
「そんなに気にしなくていいよ。のんびりしてるのも結構良い感じだし」
「さ、左様ですか」
そう言いつつも、まだ納得していない様子だ。代理とはいえ、王様を退屈させるのは気が引けるのだろう。
「あー、腹減ったなー。えっと、羊肉が食いたいなー」
ノアが棒読みでそう呟くと、アメリアが待ってました、と言わんばかりの表情になる。
「おい! 今すぐ一流シェフに最高の羊肉料理を作らせよ! ノア様は今まさにお腹を空かせておられる! 至急完成させなさい!」
アメリアが大声で近衛騎士に命じる。すると、そこにいた騎士五人が足並みを揃えて部屋を出ていった。
「なあアメリア、なんで五人も行ったんだ」
「もし道中で伏兵に遭遇し、伝達が妨害されたとしても、四人が戦っている間に一人が抜け、情報を届けられます。そのための五人です」
「ちょっと過剰な対策だと思うけど、まあいいや」
アメリアはノアが納得したのを確認すると軽く頷き、「ところでノア様」と前置きする。
「どこでお食事なさいますか? よろしければ食堂を開きますが」
「んー、その食堂も見てみたいし、そこで食べる事にするよ」
「左様でございますか。ではそちらの方向で準備させていただきます」
アメリアは一礼すると、隣にいる騎士に小声で話しかける。
「そろそろお食事のご用意ができる頃合いですので、食堂へ移動していただけますか」
「もう出来るのか? ずいぶん早いんだな」
「ええ、どんなご要望が来ても良いように、常に多くの食材を揃えておりますので」
「ほぇー、これが王様かぁ。やべぇな」
そう言いながらノアは立ち上がり、歩き始める。アメリアとイリスとミナーヴァもそれについて食堂へ向かう。
「やっぱり通路のカーペットとか、飾ってある絵とか照明とか、全体的に値段がヤバそうなのばっかり置いてあるな」
「お気に召しましたでしょうか?」
「もはや俺がつべこべ言えない気がするのは、なんでだろうな」
「そんな事はありませんよ。なぜなら貴方は一国の王。この国を治める人物ですもの」
「そういうもんなのか」
なんて会話をしていると、肉のジュージューという音と、腹を空かせるいい匂いが漂ってきた。
「まじか、ほんとに出来てる。すげーな」
「痛み入ります」
アメリアと会話していると、なぜかイリスがドヤ顔をしていた。
「どうした、イリス。俺が褒めたのは使用人の仕事の速さであって、お前じゃないぞ」
「それもそうですけど、やっぱり自分と近しい存在が褒められると、嬉しいものですわ」
「そういうもんかね」
「そういうものですわ」
食堂に着くと、既に料理が並んでいた。
「はっや」
塩とニラで炒めたジンギスカンに、胡麻をまぶした一品。傍らには丸くて歯ごたえのあるブールというパンが添えられている。
「すごいよノアくん! 美味しそうだよ!」
「ミナーヴァは興奮しすぎ。まあ気持ちは分からなくもないけど」
「まあ、いただきましょう」
「俺、王族が使うテーブルマナーとか知らないんだけど」
「別にそんな事、気にしなくても構いませんわ」
「ああ、そう言ってくれると助かるわ」
その言葉にイリスが微笑む。この表情はノアにとって意外だった。
てっきり「じゃあそのお礼に私と婚約してくださいまし」とでも言い出すと思っていたからだ。
――やっとイリスも自重してくれる気になったのかな。
「じゃあ、助けていただいたお礼として、私と婚約してくださいまし」
「やっぱ言うと思ってた!」
「え? どういう事ですの?」
「なんかイリスなら、そういうお礼にかこつけて婚約迫るかなって思ってさ」
「なるほど、つまりは以心伝心。身も心も繋がっているという事ですわね!」
「なんでそうなるのー!」
イリスとお約束のやり取りをしていると、ミナーヴァがノアの肩を突く。
「ノアくん、早く食べないと冷めちゃうよ」
「それもそうだな。じゃあ、いっただっきまぁす!」
「相変わらずその、いただきますって言い方、独創的でいいよね!」
「別に気にするな――って、これ、ちょーうまい!」
口に入れた瞬間、肉の旨みが広がり、隠し味のニンニクが香ばしく鼻を抜けていく。
「確かに絶品ですわ。塩加減が絶妙で美味しいですわ」
「んー! ほっぺた落ちそうだよぉ、ノアくん」
「ほっぺたが落ちるって、久しぶりに聞いたな」
その光景を見守るアメリアは、真顔のままだが完全に頬が緩んでいた。
「いやー、美味しかった」
「満足いただけて嬉しい限りです」
「また食べたいわぁ」
「あの料理であれば、いくらでも」
「だってさ、すごいな、イリス」
「確かに、思い返せばすごいですわね」
「あー、本当にノア様がこの国の王になればいいのに」
「何か言ったか、アメリア」
「いえ、何も」
ノアが小首を傾げると、イリスがノアの耳元に口を寄せてくる。
「ヤンデレは独り言が多いのですわ。事実、アメリアが私に仕えていた時も、かなりの独り言を呟いていましたの」
そう小声で告げてきた。ノアもそれに応じるように小声で返す。
「おっけー、覚えとく」
「なに二人でこそこそ話してるの? お姉ちゃんも混ぜてよ」
「だめー」
「駄目ですわ」
「えー、そんなぁ」
すると、どこからかドンドンと走ってくる足音が聞こえてくる。男がアメリアの前で息を切らして立ち止まった。
「こら、あなた。ノア様の御前で無礼な真似を」
「大変申し訳ございません。ですが、ご報告があります」
「なに? ここまでして大した用件じゃなかったら、解雇も考えなくちゃいけないんだけど」
「アメリア、それはやりすぎだと思う」
「え? 申し訳ございません、ノア様!」
「いや、別に謝らなくていいけど」
「左様ですか。それで、用件は?」
「はい。王城の周囲が、反王国組織に囲まれております!」
「――なんだって!?」
王様として国民を守る大仕事の始まりである。
十年、荷物を運ぶ以外の仕事を知らなかった男が、今から一国の玉座で、初めての決断を下そうとしている。
ノアは立ち上がると、玉座の間の雰囲気が、さっきまでとは別物のように張り詰めるのを感じた。
「よし、行くか」
「はい。お供しますわ」
「あたしもご一緒しますよ、ノアくん」
三人を引き連れて、ノアは玉座の間の奥へと歩き出す。
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