第二話 ゴーストキング
「この部屋で会議をいたしますので、こちらの席でお待ちください」
そう言いながら、アメリアが椅子を引く。
「ああ、分かった」
ノアが腰を下ろすと、アメリアはノアから椅子ひとつ分空けた場所に座った。
「もしかして、アメリアも会議に出るのか?」
「ええ、王女様の代理として」
「その王女様が出席できない理由って、まさか」
「はい。お察しの通り、今回も旦那様のお世話でお忙しいので」
「やっぱりヤンデレだったのか!」
相変わらずの出席拒否理由に驚いていると、イリスが顔を真っ赤にして手で押さえていた。
「おい、イリス。どうした」
「そんな大声でお母様がヤンデレだと言われたら、恥ずかしいに決まっていますわ」
「それもそうか。悪かったな」
「なのでその慰謝代わりに、私と婚約、それと気持ちいい事をしてくださいまし」
「今日もイリスは元気そうだし、大丈夫だな。毎日平和でいいなぁ」
そう言いながらノアがイリスに目を向けると、案の定「ぐぬぬ」と唸っていた。
だが何か閃いたのか、突然胸を押さえ始める。
「胸が、胸が痛いですわ」
「今度はどんな屁理屈を思いついたんだ」
「いえ、これは本当に痛いのです」
イリスの顔がみるみる青ざめていく。ただ事じゃないと感じたノアは焦り出した。
そんな中、ミナーヴァだけは呑気な顔をしている。
「おい! 大丈夫か! 俺に出来る事があったらなんでも言え!」
「私、不治の病を患っておりまして。ありがとうございます。そうですね、私の唇にキスをしたら、良くなるかもしれませんわ」
「キスだと……くそっ、イリスのためだ!」
ノアがゆっくりと口を近づけていくと、やがて唇が重なる。
初めての味――そんなの、焦りすぎて分からなかった。
「どうだ?」
「かなり良くなりましたわ。次はこの書面にサインを」
イリスがゆっくりと一枚の紙を差し出す。
「この紙……婚姻届? さては不治の病って、恋の病の事だったんだな!」
「よく分かりましたわね。ノア様、お医者様になれますわよ」
「うるせぇ、俺のファーストキス使っちまったじゃねぇか」
「あら、それは思わぬ収穫ですわ」
「収穫って……ミナーヴァ、もしかして気づいてたか?」
「当たり前じゃない。同じ恋する乙女として、そんなの一目瞭然よ」
「さいですか。……じゃあ教えてくれよ」
ミナーヴァはそっぽを向いて答えない。小首を傾げつつアメリアに目を向けると、めちゃくちゃ怖い顔をしていた。
――ああ、ヤンデレだったな、と思い出す。
そんな会話をしているうちに、会議の時間になった。会議室の扉が開く。
「おお、まさか本当にカインズ公爵がお越しとは」
「お言葉ですが、ノア様は宮廷魔道士であって、公爵ではありませんよ」
「それは失礼した」
入ってきたのは、少し老けた男と若い女が二人だけだった。
――え? 会議ってこんな少人数でやるものなのか?
「私の権力で、ノア様を公爵にする事は容易いですわよ」
「イリス、そういうのはやめようね」
「いや、本当に宮廷魔道士が来てくれるとは思いませんでしたな」
「話によると、ほとんどの人が来ないと聞いてたんですが」
「ああ、その通りだ。まったく、自由な連中だよ」
老人の物言いに、ノアは苦笑いで受け流す。
「早速本題に入りたいのですが、どういった要件で俺を呼んだんですか」
「それはな、お前さんにこの国を任せたいと思ってな」
「え? どういう事ですか」
「王女様は旦那に付きっきり、おまけに代理で王女をやっていたアメリアはノア君に関係する事しか仕事をしなくなった」
「つまり?」
「この国を管理できる人間がいない!」
「えぇーー!?」
国を管理できる人間がいない。それはつまり、王の不在を意味する。
――いや、居るんだけどな。存在はしてるんだけどな。
「お母様は一体何をなさっているんですの」
なんやかんやで一番驚き、いや呆れているのはイリスだった。
そりゃそうだろう。親がヤンデレを理由に王女の仕事をしないなんて、いくらなんでもおかしすぎる。
「待ってください。なんで俺なんですか。普通に長女のイリスにやらせればいいものを」
「イリス様はまだ年齢的に未熟だ。だからこそノア君に頼む訳だ」
「それはそうですが、それが俺である理由にはならないですよ」
「なぜノア君かと言うとだな、魔道を扱うには魔法の難しさに応じた頭の良さが要求される。宮廷魔道士まで登り詰めた君の頭脳は抜きん出ていると見た」
「なるほど。そして俺以外の宮廷魔道士は来ないだろうから、俺に白羽の矢が立ったと」
「そういう事だ。やはり頭がいいじゃないか」
「それだけで決めるのは早計では?」
「無いな」
「ですよね」
ノアは難しい顔で考え込む。国のトップに、こうも易々となっていいものなのか、と。
「ならば、こんなのはどうだろうか」
老人が指を立てながら提案する。
「ノア君はなんでも屋をやっているそうじゃないか」
「ええ、まあ」
「それでなんだが、国として正式に依頼したい。――王になってくれ」
「あくまで、なんでも屋への依頼として?」
「ああ、そういう事だ」
「そうですか」
もはやなんでも屋の依頼内容じゃない気がするが、と心の中で突っ込んでみても、当の本人は至って真面目な顔だ。
何を言っても無駄だと悟ったノアは、ため息をついて決断する。
「分かりました。やってやりましょう、王様を」
「ご賢明な判断、感謝いたします。これよりノア様は――ゴーストキングという事になります」
「ゴーストキングって、ゴーストライターみたいな言い方するなよ」
「申し訳ございません、ノア様」
「いや、そんなに畏まらなくていいんだけど」
相変わらずの苦笑いでやり過ごしつつ、ノアはイリスに目を向けた。
「まぁ実際、王様の仕事に関してはイリスに頼りっぱなしになるんだが」
「そうなのかしら? ノア様が仰るなら、いくらでも頼ってくださいまし。それにこの件で、私への好感度が上がるかもしれませんし」
「上がるかも、じゃねぇな。間違いなく上がる。イリスへの好感度、爆増だな」
「え?」
「こんな大仕事、手伝ってもらったら嫌でも好きになるだろ。普通に」
「ノア様! 大好きですわ!」
「おっと、まだ上がってないから注意な。ご褒美は頑張った人にだけ与えられるものなんだよ」
「なるほど、分かりましたわ」
こうしてノアは、代理の王として玉座に座る事になった。
十年、誰にも見向きもされなかった雑用係が、今は一国の玉座に座っている。この落差だけは、いつまで経っても慣れそうにない。
「王様、何かご用はございますか?」
「ああ、とりあえず金銀宝を全部重さゼロにしておいてくれ」
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