第九話 第一回、住居争奪戦。
「なんで、いるんだ?」
「勝負の話をしたじゃない。どちらがノアくんのお姉ちゃんにふさわしいか。審査するには、そばで暮らすのが一番でしょ?」
「僕も同意見だね」
玄関先で、ミナーヴァとルサルカは当然のように言った。
「あれ、夢じゃなかったのか」
「夢の中でしか会えない存在だと思った? 残念。私たち、ちゃんと歩いて来られるの」
「歩いて来られる存在が、人の夢に出てくるなよ」
「そもそも、だ。お前ら何者なんだ。天使と悪魔って自己申告以外の情報が無いんだけど」
「乙女に出自を聞くのは無粋よ、ノアくん」
「僕も同意見だね」
「都合の悪い時だけ結託するのやめない?」
質問は、綺麗に受け流された。
二人とも、嘘はついていない。ただ、何も答えてもいない。
――尋問は諺めて、観察に切り替えよう。ボロは、暮らしの中でこそ出る。
ツッコミながら、俺は二人を観察した。
旅装ではない。荷物も少ない。なのに、遠くから来た気配だけはある。
――何者なんだ、本当に。
とりあえず、家に上げた。
敵か味方かも分からない相手を家に上げるのはどうかと思うが、少なくともあの空間で、二人に敵意はなかった。
それに――追い返して、また夢の中に出られる方が困る。
居間に、五人。
俺、セシル、イリス、ミナーヴァ、ルサルカ。
三日前まで一人暮らしだった家が、突然の大所帯だ。
「私は反対です」
口火を切ったのは、セシルだった。
「単純に、私の敵が増えます」
「敵って言うな」
「あら、いいじゃありませんの」
意外なことに、イリスが乗った。
「大勢の方が賑やかでしてよ。……それに、得体の知れない方々は、視界に置いておく方が安全ですわ」
小声の後半だけ、まったく笑っていなかった。
この王女、やっぱり切れる。
「では、こうしましょう」
セシルが手を挙げた。
「お二人の部屋は、私の部屋の両隣です。物音は全部聞こえると思ってください」
「あら。でしたら私は、ノア様の部屋の真上を頂きますわ」
「「それが一番危険」」
「なぜですの!?」
「でもな、現実問題として金がない。俺を含めて五人を食わせる金が」
「あるじゃない、金貨三枚」
「ミナーヴァさん? なんで俺の財布の中身を知ってるのかな?」
「え、えっと、天使だから?」
「胡散臭さが増した!」
実際、金貨三枚は大金だ。
一人暮らしなら、半年は暮らせる。
だが五人となると話が違う。食費だけで月に銀貨六十枚。家の維持に十枚。雑費に十枚。金貨換算で、月にほぼ三枚が飛ぶ。
つまり、今の全財産で一ヶ月。
「働かざる者、食うべからずだ。住みたいなら、なんでも屋を手伝ってもらう」
「「はーい」」
「返事は軽いんだよなぁ」
一応、役割も決めた。
ミナーヴァは接客。人当たりだけは天使的にいいからだ。
ルサルカは経理の補佐。数字に強い、と本人が言った。試しに暗算をさせたら、俺より速かった。
「……お前、本当に何者なんだ」
「秘密」
「またそれか」
「お金なら、私が」
「イリスは出さなくていい」
「なぜですの!?」
「王家の金で養われたら、それはもう俺の店じゃない」
言ってから、少し言い過ぎたかと思った。
けれどイリスは、怒らなかった。
むしろ、妙に嬉しそうな顔で俺を見ていた。
「……ノア様の、そういうところですのよ」
「何が?」
「なんでもありませんわ」
代わりに、とイリスは指を立てた。
「私、お客様の紹介ならできましてよ。王家の伝手は使い放題ですわ」
「それは……ありがたく使わせてもらおうかな」
「ふふ。公私混同ですわね」
「今のは公私の公だよ!」
その夜、部屋割りが決まった。
二階の三部屋を女性陣で分け、俺は一階の仕事部屋で寝る。
一人の家が、五人になった。
騒がしくなった家の中で、ルサルカだけが、ふと窓の外の月を見ていた。
「どうした、ルサルカ」
「ん。……いい家だね、ここは」
「古いだけの家だよ」
「そういう意味じゃないさ」
それ以上は、聞けなかった。
帳面の新しいページに、俺は五人の名前を書いた。
セシル。イリス。ミナーヴァ。ルサルカ。そして、俺。
『なんでも屋カインズ商会、従業員名簿』
書いてから、少し笑った。
三日前まで、この帳面には俺の名前しか無かったのにな。
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