窓下の光景
ヘリオス殿下は全員の顔を見回して最終決定を告げる。
「タイド公爵家のリンデ嬢、ハピスエリ伯爵家のラーディア嬢、キュミルディ公爵家のマリエッタ嬢、三者共に声がけする」
わあっとマシュロ様たちの座る一角が湧く。他のお三方は当然苦い顔だ。その様子を黙ってみていたヘリオス殿下は最後にこう仰った。
「業務効率に関してだが、業務の結果が一定の基準を満たさなくなるようならば、その人材に注意勧告し、改善がなければサロンのメンバーから除名することとする」
マシュロ様たちの顔が急に強ばった。ヘリオス殿下は眉毛ひとつ動かさずに言葉を継ぐ。
「今の皆の働きなら除名になることはないから安心してくれ。それくらいはっきりしていた方がいいだろうと思って明言したまでだ。王宮での即戦力を育てるための機関に属しているんだ、それ相応の成果が出せなければ除名される、そもそもの基準をなぞっただけの話だしな」
「そりゃそーだ!」
「男だろうが女だろうが、仕事ができなきゃ除名する。なるほど、分かりやすい」
「普通に仕事すればいいだけですしね」
キッツェ様が笑えば、アンドル様も深く頷く。リース様は笑いをかみ殺していた。
***
宣言通り、翌日ヘリオス殿下はリンデ様とラーディア様、そしてマリエッタをサロンの応接室へと招き、サロンへの参加資格拡大の構想を説明する。
「それで、私達へお声がかかったのですね」
「ああ、本人の意思はもちろん各家の考えもあるだろうから、答えは急がない」
話を聞き終えたリンデ様の確認に、ヘリオス殿下が答える。参加資格はあっても参加するかどうかは自由だ。そういう意図がみてとれた。
「ですが、陛下も賛同されているのでしょう?」
「もちろんだ。このところ王宮でも女性の台頭は顕著だからね、時代に即していると褒めていただいたよ」
「それならば、父が反対するはずもありません。私は参加させていただきます」
はっきりとリンデ様が言えば、ラーディア様はその横で穏やかに微笑む。
「わたくしの家もきっと大丈夫だとは思いますが、念のために確認いたしますね」
お二人の反応を見て、マリエッタはわたくしを不安そうに見つめた。わたくしは、マリエッタを勇気づけるように微笑んでゆっくりと頷く。マリエッタの目元が緩んで、安心したように口を開いた。
「私も家族と相談してから正式にお答えさせていただきます」
とっても無難なお答えをして、わたくしにまた視線をくれた。頷いてみせると嬉しそうに笑ってくれる。昨夜はヘリオス殿下のご指示で他のお二人に先駆けることがないように、マリエッタやお父様、お母様にもこのお話は秘めておいたのだけれど、今日帰ったら家族で話し合うことになるだろう。
まずはマリエッタの気持ちを聞いてから、お父様とお母様に一緒にご相談に伺ったほうが良いわよね。
邸に帰ってからの段取りをさっと考える。
「三人ともサロンに迎えることができればとても嬉しい。ゆっくりと考えてくれ」
殿下の言葉に送り出され三人がサロンから退出すると、アンドル様とキッツェ様も安心したように笑顔を見せる。
「これまで話したことはなかったが、しっかりした令嬢達じゃないか」
「だねー。上手くいくといいね」
「ああ、良かった。僕も安心した」
二人の反応に、ヘリオス殿下もホッと息をつく。そして気がついた。マシュロ様たちの姿がいつの間にか消えているわ。
お二人の前でマリエッタに声をかけられると心証が良くないかも知れない。慌てて廊下へと飛び出したら、ちょうど廊下の向こうでマリエッタと他のお二人が分かれるところだった。マリエッタはこのまま帰るのでしょうし、わたくしやリース様は免除されているけれどリンデ様とラーディア様は補習がある筈だ。また学園に戻るのに違いない。
お二人を見送ってしばらく廊下に立っていたマリエッタに、マシュロ様たちが近寄って声をかけた。
どうやらちゃんと気を遣ってくれたらしい。安心してわたくしもサロンの室内へ戻る。
しばらく仕事に没頭していたら、マシュロ様達が戻ってきた騒がしい物音に集中が途切れた。きっとヘリオス殿下も同じだったんだろう。はっと顔をあげて息をついてから、サロンを出て行くのが見えて、わたくしも一息入れようと席を立った。
どれが良いかしら。サロンには紅茶好きが多いから、色々な種類が用意されている。頭を使う案件が多かったから、少し甘みのある香りがいいわ。
ピーチティーの缶を選んでお湯を注ぐと、ふわりと甘い香りがして疲れが抜けていくよう。
少しだけ香りを楽しんでから席に戻ろうと近寄った窓の外。
思いがけない光景にわたくしは目を奪われた。
見下ろす窓の下、マリエッタが誰かと嬉しそうに話している。その相手を見て、わたくしは息が止まるかと思った。
顔は見えない。
けれどあの見事な金髪、体格的にも間違いない。ヘリオス殿下が、マリエッタと話しているんだわ。
人目を気にしたのか時間は僅かなものだった。わたくしも動揺を胸の中に押し込めて、極めて自然に席へと戻る。
大丈夫。
わたくしはもう分かっているもの。
それに胸の痛みももう以前ほどではない。わたくしにも、他に気になる方ができたからなのかしら。
動揺するのはもうこれで最後にしよう。これからマリエッタがサロンで仕事をすることになれば、あの光景は日常になるのですもの。
きっと、これで良かった。
わたくしは、二人を心から祝福できるに違いない。




