一夜明けて
「ごめんなさい。今日はありがとう」
「気にするな。出来ないことは約束しない」
可愛らしいのに、ヴィーはとっても男らしい。
「また明日……というか、もう朝だし今日の夜と言った方がいいか? とにかくまた同じ刻限に来る。窓を叩いたら開けてくれ」
「また来てくれるんですの!?」
「ああ、毎日は無理かもしれぬが、できるだけ来るようにしよう」
「嬉しい……! あ、ヴィー! ちょっと待っていてくれる?」
身軽に窓枠に飛び乗ったヴィーの後ろ姿に、わたくしは慌てて声をかけた。そして小走りでベッド脇の文机に向かい、可愛らしいラッピングが施されたそれを持ってまたヴィーの元へと駆け戻る。
「これ……」
「クッキーではないか!」
ヴィーの耳がピルピルっと嬉しそうに揺れる。ふふ、と思わず笑いが漏れた。主様に似て、ヴィーも甘い物が好きなのかしら。
「ええ。わたくしの邸の料理長に、美味しいクッキーを焼いていただいたのです。ヴィオル様に、届けてくれるかしら」
黒い猫ちゃんは嬉しそうに小ぶりなバスケットをタシ!と前脚で押さえた。任せろと言わんばかりの姿が、とても愛らしい。
「大き過ぎないかしら。咥えられる?」
「くっ……しかし、これは是が非でも持ち帰らねば……!」
少し軽くしてあげようかと思ったけれど、どうしても諦められないらしいヴィーに、「ここでひとつ食べていく?」と聞いてみたら、しばし考えたあと、小さなお顔が頷いた。
ラッピングを開けてクッキーを一枚取り出して差し出すと、あむ、と噛みついた後お座りして器用に両手でクッキーを支えて食べている。
自分の顔の半分ほどもある大きなクッキーに歯を立てては、トロンととろけたような顔で味を堪能しているらしいのが可愛かった。
「うふふ、可愛い。ヴィオル様にそっくり。使い魔って主様に似るものなのね」
ついそんなことを呟いたら、ヴィーは目を丸くしてそのあと恥ずかしそうに俯いて一心にクッキーに噛みついていた。使い魔も照れるのね。今日は沢山使い魔の秘密を知ってしまった。
その後、脅威のスピードでクッキーを食べきったヴィーは、「よし!」と言わんばかりにすっくと立ち上がり、わたくしに視線を合わせるとビシッと的確な指示を出す。
「セレン嬢、明日は起きた瞬間から、今日覚えた疲労回復魔法を展開して一日を過ごしてくれ」
「……はい!」
うまくできるかしら。ドキドキしてきた。
「出力は一番少なく。最後に出力を絞ったまま、かなりの時間維持しただろう? あの程度だ」
「わかりました」
なるほど、あの時間にはそんな意味があったのだわ。教え方に無駄がない。わたくしは本当にいい家庭教師を紹介いただいたのだと実感した。
「明日、君が王宮のサロンにいるだろう時間に、一度様子を見に来る。無理はするなよ」
「ありがとう、ヴィー。あなたは本当にいい先生だと実感したわ」
「……ふん、当たり前だ」
誇らしげにツンと顔をあげるヴィーは、頼もしいのにとっても可愛らしかった。
***
王宮のサロンへの廊下を歩きながら、あふ……とこみ上げるあくびをかみ殺す。結果的に一時間程度しか眠っていないから、これは仕方が無いことだ。
「珍しいね、セレン嬢があくびとは」
ふ、と横に誰かが並び立った瞬間にかけられた言葉にドキッとする。見上げたら、エンターツ伯爵家の次男、リース様が穏やかな笑みを浮かべてわたくしを見おろしていた。
「恥ずかしい……ごめんなさい、リース様。ちょっと寝不足ですの」
「君はいつも頑張りすぎだよ。今日はゆっくり休むといい」
穏やかに微笑むリース様。そういえば彼だけはいつも、ヘリオス殿下の他の側近の皆様がわたくしをからかう時も、やんわりと窘めてくれていた。基本的に優しい方なのだ。
柔らかなブラウンの髪に深いグレーの瞳、中肉中背で、わたくし同様地味な容姿のリース様には密かに親近感を抱いている。他の華々しい容姿の殿方たちに比べて、見ているだけで癒やされる、不思議な方だ。
「マシュロ達に聞いたよ。昨日もあれから、マシュロ達が遅れた分の仕事を手伝ってやったんだって? あいつらがさぼって残った仕事なんだから、甘やかさないで居残りさせてでもやらせればいいんだよ」
そして、その穏やかな容姿に反し、お仕事にはいつも厳しい。彼はいい官僚になると思う。
「……そう言えば、リース様は昨日はお休みでしたわね」
「君が来る前に一度はサロンに寄ったんだけどね。マリエッタ嬢が来たもので、早々に仕事だけ持って資料室に避難した」
「まあ……」
「マリエッタ嬢のせいではないかも知れないが、彼女がくるとマシュロ達が浮き足立って、騒がしくて堪らないからね。今度からセレン嬢もそうするといい」
「賢明ですわ」
真面目な顔でわたくしにそんな忠告をするリース様に、つい笑ってしまう。周囲からもはっきりと分かるほどマリエッタにご執心なマシュロ様ほか三人の殿方に、ヘリオス殿下よりもはっきりと苦言を呈するのはいつもこのリース様だ。
それでいて四人それぞれと、意外とちゃんと仲がいい。とてもバランス感覚がいい方なんだと、わたくしは同い年だけれど彼を尊敬していた。
「ところでセレン嬢、君が魔術を使えたとは知らなかった」
リース様の突然の指摘に、わたくしは弾かれたように顔を上げた。




