特訓は朝まで
わたくしの目の前で空中にまあるく線が走り、ボンッ! という音と共に両手でも囲めないほどの大きさの結界が出現した。
「すごいわ! ヴィーったら本当にすごい魔術を使えるのね!」
感動してしまった。
だって見た目はただの黒猫なんですもの。
ヴィオル様そっくりな声で、姿に似合わない尊大なしゃべり方をするけれど。ヴィオル様がわざわざ寄越してくださった使い魔なのだから、きっと本当に魔術を教えられるのだろうと、ヴィーと話しながら何度も自分に言い聞かせていたけれど。
やっぱり見るたび、ただの猫なんですもの。
それなのに、結界をこんなに簡単に出現させるだなんて!
「当たり前だ」
なんて言って、ツンと澄ました顔をしつつも、わたくしが本気で賞賛しているのが嬉しかったのか、ヴィーのしっぽがピーンと立ってどこか誇らしげに見える。
「さあ、この円に向かって打て。外すなよ、部屋が壊れる」
「はい! 頑張ります! ですが」
「なんだ」
「まずはその初期魔法を教えてくださいませ!」
「……なに?」
「わたくし、魔力も適性も豊富ですが、魔術学校に行っておりませんので」
その言葉を聞いた瞬間、ヴィーがパタリと力なく倒れた。
「ヴィー!?」
声をかけても横倒しに倒れたまま、返事すらない。心配になって顔を寄せたら「嘘だろ……おい……」と呪うような声で呟いていた。
「あの、あの、ごめんなさい。お父様が、王妃に魔法は必要ない、とおっしゃって」
「お前っ! よくその有様で特級魔術師を目指すなどと言ったな!」
もの凄い勢いで跳ね起きると、ヴィーは背中を丸めて怒っていた。本当に申し訳ないことをしてしまったんだわ。ヴィーの中では、初期魔法くらいは誰でも使えるものと思っていたのね。
ごめんなさい、ごめんなさい、と謝っていたら、ヴィーは自分を落ち着かせるように何度も深い息を吐いて、最終的に「もういい」と呟いた。
「実力も確認せず、安請け合いした俺も悪い。こうなったらとことん付き合ってやろうではないか」
「本当ですの!? ヴィー! 恩に着ますわ!」
「その代わりお前、今日は眠れると思うなよ!」
「のぞむところです!」
そうやって初めて教えていただいた魔法はひとつだけ。空が白み始めた頃にようやく効果のある魔法として紡ぐことができるようになっていた。
「ヴィー、どうかしら」
「体がぽかぽかするな、ちゃんと効果がでているようだ」
「心なしか毛並みもつやっとしてきましたわ。こんな便利な魔法があるんですのね」
肉体を活性化させる魔法だと言っていた。もっとポピュラーな……たとえば火だとか水だとか、そんなものを出す魔法を想定していたのだけれど、それだと日中に持続して鍛錬できないというもっともな理由でこの魔法を教えてくれたのだとか。
猫ちゃんなのに、ヴィーは本当に賢い。使い魔ってすごいのね。
「では、今度は自分に同じ魔法をかけてみろ」
「はい」
「要領は同じだ。そう……いいぞ、ちゃんと魔力が全身をめぐっている」
「本当。ぽかぽかしてきましたわ」
「うむ、では魔力の出力を絞って……」
「絞る……少なく出す……?」
「! いいぞ! その感じだ。もう少し……少しずつ絞って」
難しい。とても難しい。
まだ魔術を紡ぐだけでも精一杯だというのに、その出力を調整するだなんて至難の業だ。なるほど、ヴィーが火や水の魔術を教えなかった意味がよく分かる。火魔術の出力を誤ったりしたら、お部屋を黒焦げにしてしまうところだった。
「……よし! それくらいだ。その出力を維持しろ」
どれくらい、その状態を維持していたのか。
「いいだろう! 解除しろ」
ヴィーの声にほっと全身の力を抜く。思わずにテーブルに突っ伏してしまった。
「やるではないか! 魔術の基礎もできぬと聞いたときには絶望したが、セレン嬢はすじがいい! 集中力の持続が並外れているではないか!」
弾んだ声でヴィーが褒めてくれる。
良かった……失望させるだけで終わらずにすんで。よほど喜んでくれたのか、その小さなお手々でテーブルに突っ伏したままのわたくしの頭を、ポフポフと撫でてくれるのが嬉しかった。
「よし、今日はここまでにしよう。よく頑張った」
「! まだやれますわ!」
わたくしは慌ててガバッと起き上がった。テーブルと仲良くしている暇などわたくしにはないんだった。一分一秒を惜しんで、魔術に取り組むべきだというのに!
「馬鹿なことを言うな。もう空が随分と明るくなってきた。つい夢中になってしまって悪かったな。今からならまだ一、二時間は眠れるだろう。寝なさい」
「大丈夫です。わたくし、徹夜は慣れておりますわ」
お昼休みに十五分ほど仮眠をとれば、二日はそのペースでいけるはず。そう思ったというのに、ヴィーは半目で疲れたようにこう言った。
「いや、さすがに俺もそろそろ寝たいんだが」
「まあ、使い魔って眠るんですのね」
「……まあな。とにかく、魔術は集中力が勝負だ。明日の鍛錬のためにも、今日は眠るといい」
「……はい」
そう言われてしまうと、これ以上食い下がるわけにもいかない。眠いだろうに、ヴィーにも随分と負担をかけてしまったことを申し訳なく思った。




