いざ、草原へ!
「では、これにいたします」
「しかし、他の二着に比べてだいぶ黒の領域が多いというか……落ち着いた装いになると思うが」
色で見るとそうかも知れない。
インナーは若草色でふくらはぎまでの丈のふわっとした可愛らしいワンピースなのだけれど、その上から黒のローブを羽織り、黒の編み上げコルセットでウエストを絞る仕様だから、確かに黒の領域は多い。
けれどもその黒の中で、胸部やスカート部の明るい若草色が映えるのが、わたくしにはとても新鮮に見えた。夜会はもちろん、私室での装いでもこんなにメリハリの利いた色使いの服を着ることなんてなかった。
ヴィオル様は他の二着に比べて落ち着いた装いになると仰るけれど、わたくしにとってはこの服の方がよほど勇気が要る。ただ、この服を着ることで、新たな自分が発揮できるような……そんな気がして手に取った服だった。
ちょっと冒険してみた服だったというのに、ヴィオル様に似合いそうだと言って貰えた途端、『とても着てみたい服』になるだなんて現金なものね。自分でもそう思いながら、わたくしはヴィオル様に微笑んで見せた。
「お師匠様といえば黒のイメージですもの。門下生としては黒のイメージは外せません」
「そうか……いやいや、待て! 服は着てみたら印象が違うということも往々にしてあるだろう。ちゃんと着てみた方がいいと思うぞ」
「では、この服から着てみることにいたします」
自分で薦めたものの自信はないのか、ヴィオル様が試着をすべきだと主張する。仰ることは尤もなので、わたくしはヴィオル様に薦められるまま試着室に入った。
自力で着替える練習はしたもののそれなりに手間取る。苦労しながらコルセットを絞り、全身を整えて試着室から出たときには汗ばむほどだった。町から出る前に汗をかくってどういうことかしら。
「……あの、どうでしょうか?」
おずおずと試着室を出て声をかけると、ヴィオル様は目を見開いてわたくしを見つめたあと、いつもよりも少し大きめな声で褒めてくださった。
「すごいな! 想像よりも遙かに似合っている。まるで誂えたようだ」
どうでしょうかと自分から訊いたのだけれど、褒めて貰えるとそれはそれで気恥ずかしい。ヴィオル様は無愛想だという噂ばかりを聞いていたというのに、わたくしが目にするお姿はいつも感情表現が豊かだ。
気を遣って言ってくれているのかとも思ったけれど、ふと、わたくしの邸のパティシエや町のお菓子屋さんのことも手放しで褒めていたことを思い出した。
あんな風に思ったことをただ口にした、というだけだとしたら、本当に嬉しい……。
「こんなにも似合ってるんだ、町の者たちにも見せたいくらいだが、目くらましの術をかけているだけに覚えていては貰えないだろうなぁ、もったいない」
「お、師匠様に見ていただけるだけで、充分です……」
段々恥ずかしくなってきて、わたくしはついに降参した。
「この服に決めます。あとは……他にも必要でしょうか」
「うむ、靴とアクセサリーは揃いで買った方がいい。足をやられると逃げられなくなるからな、靴は太ももまでカバーできるものにしよう」
「はい」
「アクセサリーは……服が色味を抑えているからじゃらじゃら着けてもさほど問題ない。加護はあればあるほど安全性が高まるからな」
「わ、わたくし、過度な装飾はあまり、得意ではなくて……」
先ほど借りたお金はいったんヴィオル様にお返ししたものだから、今やお財布はヴィオル様が握っている。これくらいの出費はたいしたことない、と仰っていたとおり、金額に糸目をつけない買い物の仕方が恐ろしい。
加護もつけるという話だった。いったいいくらになるのか、それが特級魔術師になることで簡単に払える額なのか、わたくしには分からなかった。邸に戻ったら、様々なものの相場の値段を調べよう……そう思った。
「ふうん、あれこれ着けるのがいやなら、これならばどうだ?」
そう言ってヴィオル様が手に取ったのは、先ほどお店に入ったときに目にとまった、色とりどりの色石がついた二重チェーンだった。
「これならひとつ着けるだけで、様々な加護がかかっている。色石は多いが小粒だから、派手すぎるということもないだろう。どうだ?」
問われてじっくりとチェーンを見ると、どうやらコルセットにうまくつけられそうなデザインだった。ヴィオル様の言葉通り派手すぎないけれど、後ろから見たら黒一色のローブのワンポイントになって、きっと動くときらきらと煌めいて可愛いに違いない。
「とても可愛いです」
やっぱりヴィオル様って、自覚はないようだけれどかなりセンスがいいんじゃないかしら。
ヴィオル様おすすめの靴もぴったり服にマッチして、とても満足なお買い物を終えたわたくし達は、ようやくお店の外にでた。
相変わらずわたくし達には一切興味を示さない町の人たちの間をぬって、町の外へと続く門へと向かって進んでいく。その道すがら、やっとヴィオル様と一緒に歩くのに慣れてきたせいか、落ち着いて周囲に目を配る余裕が出てきた。
街中ってこんなに賑やかで活気に溢れているのね。
そうだわ、わたくし、女性たちの言葉遣いを習得しなければいけないのだった。
一生懸命に耳を傾ければ、わたくしよりも遙かに声が大きく、ハキハキとした話し方で、自身を指す言葉はわたし、あたし、が多いみたい。語尾も単語のチョイスもかなり違うわ。
男の人たちに絡まれてしまったのも頷けるくらいに、わたくしは浮いた存在なのだろうと実感する。
今日一日、町に来ただけでも学ばなければと思ったことが多かった。わたくしにとってはどれも貴重な体験だ。ヴィーとヴィオル様のおかげで、こんな経験ができることに深く感謝しながら、わたくしは歩く。
町の外へと続く門が目前に迫ってきた。
いよいよ、町の外へ出るんだわ。




