お買い物って楽しい
「魔術師は基本的に魔術で戦うし防御も防護壁が主体だから、機動力にはこだわらない。防御力の高さと好みで選んでいいが、あまり裾の長い服は薦めない」
「ああ、先ほど仰っていた、足を取られるという」
「そうだな。単純に、階段とかで踏むしな」
「踏む……」
見上げるお顔はとても端麗で一分の隙もなさそうだというのに、こんな方でも服の裾を踏むなんてことがあるのかしら、と思ったらちょっと面白い。人間ですもの、当然なんでしょうけれど、どうしてもイメージに合わない。
「なんだ?」
「いえ、服の裾を踏むお姿が想像できなくて」
「踏むだろう。かと言って令嬢のごとく裾を持ち上げるのも格好がつかないし、両手が塞がって不便だしな。わざわざ長いローブを着込んでいるヤツの気が知れん」
それでヴィオル様はこのお姿なのね、と納得する。ローブはもちろん靴に至るまで黒ずくめだけれど、中は動きやすそうなスーツにロングブーツ。ローブも膝丈くらいで全体的に重たい印象はない。服装にこだわりがある方なのかしらと思っていたら、機能性が重視なのかも知れないわ。
「ちなみに、色や形状の好みはあるか?」
「色は緑色が好きですけれど……形状は……露出が少ない方が良い、くらいしか」
「ふうん、緑色が好きだというのは風の属性が影響しているのかもしれんな」
「ですが、正直なところ服に関しては好みなどはあまり考えたことがなくて。その時々に相応しくあるように、選んでいましたから」
夜会の主催の方が好む色を避け、マリエッタが可愛い路線の服を着るから、わたくしは公爵家として格のある装いを重視して素材の良いシンプルラインのドレスを、ヘリオス殿下が好まれる青や紺の色を小物に使い、その色が映える配色で。
わたくしがドレスを選ぶ基準はいつもそこだった。
「ローブもインナーもデザインや色が様々だからな。ローブも別にあってもなくてもいい。魔術師らしいつば広帽子もあるぞ。好きなものを選べばいい。防御力を上げる加護はあとからでも付与できる」
そう言われて、わたくしはいきなり迷った。
私室で着る服は幼いころから侍女達が選んでくれていたし、薦められるものをそのまま着ていたものだから、『好みのものを』と言われてるとどうしていいか分からない。
「こんな感じで並んでいる服をざっとさばきながらなんとなく気に入った服を何着か取り出して、着てみることもできる。これからしばらくは着ることになるからな。難しく考えず直感で選ぶといい。防御力は俺が考える」
わたくしが買い物になれていないことを察したらしいヴィオル様は、さりげなく選び方まで教えてくれた。それでも、夜会のドレスですらいつもは侍女が用意してくれる数点の中から選ぶというのに、ローブもインナーも大量にある。この中から、自分が好きだと思う物を選ぶというのはわたくしにはハードルが高い。
「俺はあっちを見てくる。時間はたっぷりある、ゆっくり選ぶといい」
ヴィオル様はそう言って、アクセサリーが置かれた台の所へと戻っていった。選べずに困っている姿を見られるのも情けない、と思っていたから少しほっとしたような、ちょっとだけ寂しいような、不思議な気持ちを抱えながらわたくしは目の前の難題に取りかかる。
目線の高さにかけられている大量の服を、ヴィオル様がして見せてくれたように動かしてはデザインや丈、色を確かめていく。
見ていくうちに、だんだんと楽しくなってきた。
こんな風に好きか特に何も感じないか、なんて純粋な視点で大量の服を検分したことなんてなかった。
それがこんなに楽しいことだとは。
自分が着ても似合いそうだと思える服もあれば、マリエッタなら、お友達のあの方なら、と思える服もある。散々迷って、わたくしはようやく三枚に絞り込んだ。
その三枚を大切に持って、わたくしはヴィオル様の元へと急ぐ。
「ヴィ……」
言いかけて、わたくしはきゅっと口を閉じた。危うくヴィオル様、と言いそうになったけれど、せっかく認識阻害の魔術をかけてくださっているのに、お名前を呼ぶのは危険なのではないかしら。
店内には一見誰もいないように見えるけれど、お店である以上店主は確実にいる筈ですもの。
でも呼称だけは必要な気がして、苦肉の策でわたくしはこう口にした。
「……お師匠様、とお呼びしても?」
「いきなりなんだ」
一瞬驚いた顔をして、そしてヴィオル様は得心がいったという顔で頷いた。
「……なるほど、そうだな。許可しよう」
「ありがとうございます。あの、この三枚の中ならお師匠様はどれがいいでしょうか」
「ううむ。俺はそういうセンスはないからな……自分が好きなものを選ぶのが一番だと思うが」
「ですが、その服はご自身で選んだのでしょう?」
「もちろんだ」
「では信頼できます。とてもお似合いですもの。この三枚、どうしても甲乙つけがたくて……お力を貸してくれませんか?」
「む……」
ヴィオル様は、それはそれは真剣な表情で三枚の服を見比べている。……というか、服とわたくしの顔を見ては考え込む、という動作を続けている。きっと着た姿を脳内で再現して検討してくれているのだろう。
やがて、ヴィオル様は自信なさげに真ん中の服を指さした。
「これが……いいと思う。一番似合うと思うし、セレ……君が言っていた条件にも合致するし、単純に俺も好きだ」




