頼もしい背中
「いえいえいえ! そんな、お忙しいヴィオル様にそんなことさせられません!」
「む、嫌か?」
「嬉しいですけれども! そうではなくて!」
「そうか」
噛みしめるようにヴィオル様が呟く。
「嬉しいなら良かった」
「……!」
ひとこと言って、ヴィオル様はホッとしたような顔で笑った。それを見ると、わたくしはもう何も言えなくなってしまう。ヴィオル様の笑顔は本当に心臓に悪い。
「セレン嬢が嬉しいならばなんら問題ないだろう。俺もそもそも忙しくて行けないならば、こんなことは言い出さない。心配するな」
そう言われてしまうと反論もできない。嬉しいけれど、でも緊張するのも確かなことで、わたくしは無意識にヴィーの姿を探して部屋を見回した。
「あの、そういえば、ヴィーは……」
「ああ、今は少し休ませている。今日は既に多く魔力や体力を使ったようだし、今回の案件はヴィーでは力不足のようだからな、もう少しヴィーに力がつくまでは、俺が供をしよう」
休ませている、と聞いてわたくしはすごく納得してしまった。
ヴィーは確かにたくさん魔術を使っていたし、治癒できるとは言っても殴られたりもしたのだから、休ませてあげる必要があるというのはとてもよく分かるもの。
使い魔を休ませて、その代わりに自分がわたくしの世話をしてくれようとしているだなんて、ヴィオル様はなんて優しい方なのかしら。申し訳なくも思うけれど、そのお気持ちの方を大切にしたくて、わたくしは素直にお言葉に甘えることにした。
「ありがとうございます、ヴィオル様。それではよろしくお願いします」
「ああ、任せておけ」
ヴィオル様は、また嬉しそうに目を細めた。
***
漆黒のローブを身に纏ったヴィオル様と連れだって歩く日が来るだなんて、想像したこともなかったわ。
あまりに端然としたそのお姿が麗しすぎて、わたくしは時々無意識に見上げてしまう。こんなにも目立つお姿なのに、町を歩く人々から視線を送られることすらないのは、強力な認識阻害の魔術が施されているかららしい。
ヴィオル様はもちろん、わたくしも男性とこうして歩いているなんてことが知られると困る立場ですもの、認識阻害の魔術がかかっているときくと安心できていい。
「本当は普通に買い物を楽しんで欲しいから、認識阻害はなしで行こうと思っていたのだが、そういうわけにもいかないしな。うーむ、どうするか」
そう呟きながら、ヴィオル様はしばし悩んだ後ひとつ頷いてわたくしとご自身に新たな魔術を展開した。
なんでも、身体・音声の特徴だけを認識できなくなる、という変わった認識阻害の魔術らしい。
認識阻害にも色々あって、存在自体を希薄にするものだとか、空気に溶けたように見えなくなるだとか、ないものを逆に見せたりするだとか本当に多種多様なのですって。
今回かけてくださったのはヴィオル様が開発した特殊な魔術なのだと教えてくれた。
「これは他者から存在を認識され、言葉をかわすこともできるのが利点だ。人と話したり買い物したり出来るのに相手は誰と話したか印象が薄くて思い出せない……という状況になる」
ヴィオル様が大真面目な顔で「今みたいに、町で買い物をする時に便利だ」と付け足すものだから、わたくしは思わず笑ってしまった。そんなおおがかりな魔術を、買い物に使うだなんて。
噂話の流布や聞き込みなどにも使えそうで、悪用したり、もしくは諜報活動にも使えそうな術だと思うのだけれど、ヴィオル様は「どこで何を買っていた、などという噂が出回るのも面倒だからな。自身のために開発したのだ」なんてうそぶいている。
「なにか可笑しかったか?」
「いえ、他にも有用な使い道がありそうなのに、買い物のためだなんて可愛いことを仰るので」
「他の使い道……? ……そうか! そういえば、夜会の時に便利そうだな! これからは菓子が食える」
ヴィオル様が嬉しそうに目を輝かせるものだから、わたくしはさらに笑ってしまった。おおがかりな術を開発しているというのに、目的や使い道が平和すぎて、すごい方なのになぜか可愛らしい。
ヴィオル様が次の夜会ではたくさん美味しいお菓子を堪能できるといいのだけれど。
「お、あった、ここだ」
そんなお話をしている間に、防具の専門店に辿り着いたらしい。
お店の軒先にはローブをかたどった可愛らしい鉄の看板。古びた木の扉を開けると、入った瞬間に目に入る台には沢山のアクセサリーが所狭しと並べられている。
「綺麗……」
ローブを留めるものなのか、二重になっている繊細なチェーンには色とりどりの色石がじゃらじゃらとついていて、動くときっと、きらきらと煌めいて華やかだろう。首飾り、髪飾り、腕輪、イヤリング、指輪、足輪……体中に着けられそうな種類のアクセサリー類に目を奪われてしまった。
「うむ、綺麗だな。女性は重い防具の代わりに、アクセサリーにつけた加護で防御力を高める場合も多いときいた。それでもいいと思う。セレン嬢ならきっとよく似合うだろう」
「は、はい……」
「アーマーは着脱が面倒だとも言うしな。右手にローブの列があるだろう? あの奥には加護のかかったインナーも多くあった筈だ。セレン嬢にはそっちの方がいいかも知れんな」
勝手知ったる、という様子でヴィオル様がどんどん店の奥に進んでいく。まだまだ戸惑いがちなわたくしはまるでひよこのようにその頼もしい背中について行った。




