ヴィーったらなんて有能なの!
そうして迎えた次の無の日、わたくしは朝からそわそわしていた。
だって、今日はもしかしたらヴィーと町の外へお出かけできるかも知れないのですもの。ついつい期待が高まってしまう。
ヴィーは、「脱出の手段など心配するな、俺に任せておけ」なんてツンとすまして言っていたけれど、いったいどうやってわたくしを外にだしてくれるつもりなのかしら。ああ、わくわくするわ。
ちなみに先週の無の日にカートで飛ぼうとして怒られてから、もちろんヴィーの前ではあのカートの話なんておくびにも出していない。一週間フリーな時間にこっそりと練習してみたけれど、それでも安定して飛ぶにはまだまだ修行が必要そうだった。
やっぱり空を飛ぶなんて生半可なことではないのね。
自分が風の魔術に適性があると知ったら「空を自由に飛んでみたい」と思うのはごく自然なことのように思えるのに、魔術の一覧には空を飛ぶ系の魔術は記載されていなかった。
あれだけ繊細な調整を行ってもじわじわゆっくり移動するのがやっとなのですもの、多分途中で断念した人が多かったのでしょうね。
そんな事をぼんやり考えていたら、コツンと小さく窓が鳴った。
音の方を見てみれば、窓の外には可愛らしい黒猫ちゃんの姿が見える。小首を傾げる様子がとっても可愛い。今日もわたくしのヴィーは最高に素敵だわ。
「ヴィー! 今日は早かったのね」
「ああ、町の外まで行くつもりだからな」
「やっぱり町の外まで連れて行ってくれるのね。お弁当を作って貰っていて良かったわ」
料理長ご自慢の料理とスイーツが入ったバスケットをヴィーの方に差し出したら、「あまり近づけないでくれ」とそっぽを向かれてしまった。
「どうしたの? いつもは喜んでくれるのに。嫌いな匂いでもした?」
「いや……」
バスケットから遠ざかろうとのけぞる姿が可哀想で聞いてみれば、ヴィーはとってもバツの悪そうな顔で言う。
「いい匂い過ぎてその……気が散るではないか」
笑ってしまった。料理長、今日もヴィーの嗅覚と味覚を鷲掴み決定ね。
左腕でヴィーを抱きあげ、右手でバスケットを持ったわたくしは、そのままいそいそとわが邸の書庫へと向かう。今日はリンスにも前もって書庫に籠もると言ってあるから、これで誰にも邪魔されないに違いない。
書庫へと向かう廊下で使用人たちからたくさん声をかけられたけれど、顔をわたくしの腕にうずめて一見怯えたように見えるヴィーを見て、誰もが優しい顔で見守るだけに留めてくれる。
無事に書庫へと入ったわたくし達は、顔を見合わせてふうっと息をついた。でも、大変なのはここからなのよね。
「セレン嬢、もう離していいぞ」
ふたりっきりになると急にシャキッとなるヴィーに思わず微笑んでしまった。さっきまでは見られたくない、触られたくない、話しかけられたくない、というオーラ全開でわたくしの腕に顔を隠していたというのに、今やそんな様子など微塵もないのだから面白い。
腕をゆるめると、ヴィーはするんと飛び降りて窓ぎわの机の上に飛び乗った。
「セレン嬢、ここに籠もって勉強していたときは本を大量に積んで集中してやっていたと言ったな」
「ええ、右に積み上げた本が読み終えるごとに左に積み上がっていくのも充実感があったわ」
「同じように本を積み上げてくれ」
「分かったわ」
何をしたいのかは分からなかったけれど、わたくしは素直にヴィーの指示に従った。ヴィーが言うからにはきっと何か意味があるに決まっているもの。
いつものように大量に本を選んで机に積み上げていく。せっかくだから戻ってきてから読めるように、魔獣の特性や習性、分布なども含めて魔獣討伐に役立ちそうなラインナップを揃えてみた。
「ちょっと途中に見えるくらいに左の方にも……うむ、それでいい。では、いつものように座って本を読んでくれるか?」
「……ええ、いいわよ」
右から一冊本を手に取り字面を見つめていると、すぐに本の内容に入り込んでしまう。わたくし達が住むこの王都のすぐ近くにも、こんなにたくさんの種類の魔獣達が生息していることに驚きを禁じ得ない。これからわたくしも、この魔獣達と相対することになるんだろうと思うと怖いような、昂ぶるような不思議な感情が生まれてくる。
「セレン嬢、もういいぞ」
「……!」
ヴィーの声に、我にかえった。一瞬で集中してしまうから、集中が途切れた瞬間すこしだけ驚いてしまうのよね。
促されて立ち上がったら、ヴィーは真剣な顔でわたくしが立ち上がったあとの椅子の方を見つめていた。
顔も体も微動だにしないのに、パタン、パタンとヴィーのしっぽだけがゆったりと机を打って、それに見惚れているうちに、ゆらりと椅子のところに陽炎のようなものが現れた。
「……え!?」
陽炎のようなものが段々と色を濃くしていき、次第に輪郭が明確に浮かび上がる。
「これって……わたくし?」
呟いた瞬間、ヴィーがふう、と息を吐く。
「上手く出来た。さっきのセレン嬢の姿を映したものだ。これで窓や向こうの扉からちょっと見たくらいでは、セレン嬢が書物に没頭しているように見えるだろう」
「すごい……!」
ヴィーったら、ヴィーったら、本当になんて有能なの!
読んでくださっている皆様のおかげで『地味姫と黒猫の、円満な婚約破棄』の書籍化企画が進行中です!
不安なニュースが多い中、少しでも癒されてくれると嬉しいなぁと思いながら毎日書いております(╹◡╹)
こうして読んでくださっている皆様も楽しめる本に仕上げたいので、書籍化作業も頑張りますね。詳細お伝えできるタイミングが来ましたら、また改めてご連絡いたしますので、楽しみにしていてくださいませ♡




