魔術って凄い
「こんな魔術もあるのね、感動だわ!」
全力で褒めようとヴィーを見たら、なんだかヴィーはちょっと疲れたように机の上でまるくなっている。
「大丈夫?」
「大丈夫だ。本人と遜色ないほどに似せた姿映しは、さすがに繊細で高度な魔術だからな……ちょっと疲れる」
ヴィーでも難しいと感じる魔術があるのね。でもこれは本当に素晴らしい魔術だわ。
「まぁでも、別に魔力を大量に消費するわけではないしな。一息つけばどうということもない」
ううん、とノビをして、ヴィーはまたシャキッとなった。いつ見てもスラリとしたシルエットが美しいわ。
「ありがとう、ヴィー。こんなにもそっくりなわたくしが机にかじりついていたら、誰も疑わないに違いないわ」
「そうでなければ困る。では、行くぞ。……と、その前に」
窓枠に飛び乗ったヴィーがお耳をピンと立ててわたくしの方を振り向いた瞬間、薄いヴェールのようなものがわたくしの頭から全身を覆った。
「きゃ、な、なにかしら、これ」
「心配しなくてもいい。人から姿を認識されにくくなる身を隠すための魔術だ」
「……っ」
凄すぎて声が出なかった。なんでもないみたいな顔で、どうしてこんなに凄い魔術を連発できるのかしら。魔術ってすごい。ヴィーってすごい。そして、こんなにもすごいヴィーを生み出したヴィオル様も当然すごい。
「行くぞ」
驚き過ぎて呆けているわたくしにお構いなしに、ヴィーはするりと窓から飛び降り、庭へと出て行く。わたくしも慌ててあとを追いかけた。
ドレスでも、窓って普通によじ登って脱出できる物なのね。またひとつ勉強になったわ。
わたくしが地面に着地したのを確認して、ヴィーはついてこいとばかりにわたくしの前をスタスタと歩く。しっぽがピーンと立って、目印みたい。
だけどどこに行くつもりなのかしら。
ヴィーは正門には見向きもせずに、庭園の傍を通って邸の裏の方へとずんずん進んでいく。わけがわからないままに、わたくしはただついて行くしかない。
「ねえヴィー、わたくしの分身を作ったり、姿を見えなくしたりする魔術は何の系統なのかしら」
「水だな。水の微細な粒子を光にどう混ぜ込むかで効果が変わってくる」
わたくしは感嘆のため息をついた。魔術って、なんて奥が深いのかしら。わたくしはまだ風と無属性の魔術しかかじっていないけれど、きっと属性ごとにこうして素晴らしい発見があるのでしょうね。
「よし、ここでいいだろう」
「?」
ぴた、と足を止めたヴィーがわたくしを振り返るけれど、ここは邸の裏手で特に何も無い。陽もささないから庭園すら作れない、物置のような場所だ。
ああ、でもそうね、確かに邸を抜け出すわたくし達にとっては、人目につかない絶好の場所だわ。
「そこに居てくれ」
わたくしにそう一言告げると、ヴィーは大地に四肢を踏ん張って、全身に力を入れる。顔がきゅっと力むのが可愛らしい。
なんて思ってヴィーを眺めていたわたくしの前に、地面から土がもりもりと盛り上がってきて、あっという間に塀の上まで届くような階段が出来てしまった。
わたくしの足元を黒い影が駆け抜けて、一気に階段を登り切る。階段のてっぺん、塀の上から向こう側を見下ろしたヴィーはひとつ頷くとわたくしの方を振り返り、「来い!」と一言叫ぶ。
わたくしの足は弾かれたように走り出した。
ドレスのスカート部分をぐっと持ち上げて、一目散にヴィーの元へと走る。
さっき一瞬で生み出されたとは思えないどっしりとした階段は、わたくしが走ってもびくともしない。安定した足場に安心して登り切れば、塀の向こうにも階段が作られていて、わたくしはそのまま階段を苦も無く駆け下りた。
そんなわたくしの足元をヴィーがまた駆け抜けて、わたくしの足が本当に地面を踏みしめた瞬間に、今度は階段が夢だったかのように一瞬でかき消えてしまった。
ああもう、なんて素晴らしいの! なんて素晴らしいの!!! なんて素晴らしいの!!!!!
こんなにも簡単に塀の外に出られてしまった。
「ついてこい、走るぞ!」
ヴィーが急に走り出すから、わたくしはただただスカートの裾を持ち上げて一生懸命についていく。途中でそのままでは無理だと判断して、後ろからの追い風でスピードを補助しながら、わたくしはどこをどう走ったのかわからずにヴィーの後ろ姿を追って走り続けた。
「待っ……て……」
全力疾走ってそう長くは走り続けられないものなのね。わたくしの体は意外と早く音を上げた。颯爽と走る猫ちゃんが羨ましい。わたくしの貧弱な体力ではもうついていけないと思ったけれど、すでにヴィーに話しかけるノドさえ残っていなかったらしい。
ヴィーの耳に届くのか怪しいほど、かすれた声しか出せなかった。
それでもヴィーの足がピタリと止まり、わたくしの方を振り返ってくれる。
「セレン嬢!」
「ご、ごめんな……さい……」
「すまん! 話さなくていい、もうすぐそこだ。歩けるか?」
胸をおさえてうずくまるわたくしを心配して、ヴィーが駆け寄ってくれる。
ああ、申し訳ない。情けない。
こんなに小さくて可愛らしい黒猫ちゃんが、頑張って多彩な魔術を繰り出してわたくしを塀の外に導いてくれたというのに、わたくしったら走っただけでこんなにもみっともなく息を切らして足手まといになるだなんて。
今日から体力をつけるための特訓もしなくては。
そう誓いながら、わたくしはまたヴィーのあとをついて歩き出した。心配そうに振り返り振り返り、ヴィーが案内してくれた先には、シンプルな飾り気のないお屋敷がある。
「ここだ。扉を開けて入ってくれ」




