【ヴィオル視点】残された時間は正確に
「魔力が枯渇し昏倒すると、わずかだが魔力の容量が増える。わずかといえど、毎日続けると馬鹿にできない増加になるからな。お……主は今でも続けている」
「つまり、寝る前に魔力を使い果たすくらい、出力を高めれば良いのですね?」
「そういうことだ。主が己の体で研究した結果、枯渇した魔力も、八時間の昏倒で回復することが分かっている。安心して昏倒してくれ」
「安心して昏倒……ふふ、分かりました。頑張ります」
安心させるために言ったというのになぜか笑われているがまあいいだろう。
「むしろ八時間しないと目覚めないという意味でもあるからな。君の場合は目覚めなかったら侍女が心配するだろうから、むしろ八時間睡眠がとれないのならば枯渇させるべきではない。ここは注意して欲しい」
「まあ! それは確かに……医師を呼ばれる騒ぎになるわ」
時計は……あそこか。今日もあまりもう時間が無いな。手短かに話すことにしよう。
俺につられて顔をあげたセレン嬢が、俺の視線を追って怪訝な顔をする。
「ヴィー、今、時計を見た?」
「ああ、もう時間があまりないな」
「時計も読めるのね。もう人間だと思って接したほうがいいのかしら」
「そうしてくれ」
その方が全般的にありがたい。セレン嬢の使い魔に対する理解がゆがむ気がするが、使い魔を持っている魔術師などそうそう居ないのだから問題ないだろう。
「セレン嬢、君にはこれから一週間、今日と同じ鍛錬を積んでもらう」
「起きてから寝るまで、出力を絞って疲労回復魔法を使えばいいのね。そして、寝る前に魔力を使い果たす。……これだけでいいの?」
「最初に無理をしすぎてもいいことはないからな。まずは魔術を使うことに体を慣れさせてからだ」
「分かったわ」
セレン嬢は聞き分けが良くて助かる。納得がいく説明さえあれば、指導に従ったほうが得策だと理解しているのだろう。
「次に、試験までの三ヶ月の間に行うべきことだが」
「はい」
真剣な表情でセレン嬢が頷く。いつの間にかその手にはしっかりとノートが握りしめられていた。
「今年の試験日程は火の月七日」
「存じております」
「だがエントリーの期限は風の月二十日だ。あと二ヶ月ちょっとしかない」
「正確には……ええと、あと……六十八日!? そ、それは……知りませんでした」
「魔術学校にしか正式に通知されていないからな」
さすがのセレン嬢も顔色が悪い。かなり分が悪いことを実感したんだろう。
「君の場合は試験資格のうち魔力値、魔術適性はすでに満たしている。問題は魔獣討伐実技Bランク以上、の項目だ」
「わたくしがひとりで魔獣を討伐した際の、出来映えという理解で良いでしょうか」
「そうだな。中級以上のランクの魔獣を討伐した際の動き、魔術の精度、練度を総合的に見て判断する。記録玉で本人が戦闘を記録して提出する方式だ」
「それでは、何度かチャンスがあるのですね」
「そうだな。何体も倒して、最も出来映えがいいものを皆提出しているようだ」
不安だろうに、セレン嬢はまっすぐに俺を見つめてくる。だが、彼女が言うほどチャンスは多くないだろう。魔術学校の生徒なら、授業で迷宮にも入るし討伐依頼もアルバイトとして受けられる。
彼女の場合はこれから攻撃魔法、回復魔法を覚え、初級ランクの魔物討伐を数回行った上で、中級に挑むのだ。しかも、秘密裏に。
「討伐に実際に行くこと自体が、君の場合は難しいだろう。妃教育もあれば、サロンでの実務課題も抱えている。時間の確保も、日中一人で行動することも難しいのではないか?」
「それでも、やらなければ……」
しばらく無言で考えを巡らせていたセレン嬢は、決意したようにひとつ頷くと、にっこりと笑った。
「妃教育の時間を、自由時間として使えるように交渉します」
「そんなことできるのか!?」
驚きすぎて、つい大きな声を出してしまった。公爵令嬢の部屋から男の声が聞こえる、など醜聞もいいところだ。思わず口をおさえてから、人間っぽすぎる動きだったとこれまた反省する。反省ついでに、耳としっぽをシュン、と下げておいた。面目ない。
「ふふ、きっとできるわ」
お、セレン嬢の口調が元に戻った。授業が佳境に入ってくると言葉遣いがより丁寧になるのは、指導を受ける者として無意識に敬意を示しているのだろう。むしろ平素は、俺が猫の姿をしているものだから、ついつい口調が砕けているのかも知れない。
「わたくし、妃教育についてはもう教えることはないくらいだとお言葉をいただいているの。自分で学びたいことがあるからとお願いすれば、きっとお時間をいただけるわ」
俺がシュンとした様子を見せたからか、セレン嬢は俺の頭から背中にかけてを、労るようにゆっくりと撫でる。だんだん撫でられるのが気持ちよくなっているのは気のせいだと思いたい。
「そううまくいくといいのだが」
「そこは心配しないで。わたくし、こうと決めた交渉ごとには意外と強いの」
自信ありげにセレン嬢が笑う。信頼篤い彼女のことだ、確かにそんな要求も許されるのかも知れない。どちらにしてもこの件は彼女にしかできない交渉だ。彼女の手腕に期待するとしよう。




