【ヴィオル視点】俺が必ず道を開く
「では、そちらは任せる」
「ええ、任せてちょうだい。ただ……」
「ただ?」
「思っていたよりもエントリーの期日が早いものだから、討伐が不安だわ。疲労回復だけでは話にならないでしょう? 魔術もだけれど……わたくし、運動はダンス程度しか経験がないの。その、剣とか体術とか、魔術学校の方達はどうされているのかしら」
不安そうにしているが、剣や体術など魔術学校でも別に習わない。そういうのは騎士たちの領分だ。まあ魔術学校にすら通ったことがないなら、知識がないのも仕方がない事だろう。
「剣も体術も必要ない。魔術だけで倒せるように訓練するからな。その代わり、遠距離、近距離から攻撃できる魔術を短時間で発動できるようになってもらうが」
「……頑張りますわ!」
胸の前で小さく拳を握っている姿が微笑ましい。彼女ならきっとやり遂げるだろう。それを魔物に対して発動出来るかがまたひとつ鍵にはなるだろうが。
「それから、防護壁だな。これの最上位互換の魔術が国を守る魔法防壁の基礎になっている。これは持続性、出力が関わってくるから、今行なっている疲労回復魔術の鍛錬を応用できるだろう」
「そのための布石でもあったのですね。無駄がありませんわ……!」
頬を両手でおさえ、セレン嬢が感嘆の声をあげる。そうだろう、無駄がないだろう。俺もなかなかいい組み立てだったと自負している。
元々魔術師は体力だの腕力だのは総じて低い。魔物の攻撃を避ける身体能力に劣るうえ、身を守る盾や防具さえもろくにつけることができない彼らが編み出したのは、自らの体を魔術で守る防護壁。それは長い年月をかけて改良され、今や強力な壁を長時間生み出す魔術にまで進化している。騎士達が手にする盾や防具など比べものにならないほどに強固な壁だ。
防護壁さえしっかりしていれば、魔獣たちなど傷ひとつ負わずに倒すことが出来るだろう。時間はかかるかもしれないが。
晴れて受験資格を得た暁には、さらに試験に受かるための指導が必要だろうが、まずは資格を得ないことには話にならない。今はまだ、魔物の討伐に必要な魔術に集中させた方がいいだろう。
「あのっ、時間がないことは重々理解できたので、今日からでも他の魔術を」
「そう言うと思っていた。だがダメだ。ちなみに、勝手に自習で習得するのも禁止だぞ」
セレン嬢の言葉を遮って、俺はしっかりと釘を刺した。悲しそうな顔をしても無駄だ、こればかりは承知できない。
「でも……」
「ダメだ、危険すぎる。それにヘンな癖をつけると正しく修正するのに余計な時間を食うからな。そんな時間はないだろう?」
「はい……」
「明日と明後日の夜はここへ来ることができないが、その次の日には教えると約束しよう」
「……分かりました」
納得はしたようだが、セレン嬢はまだ不安そうな顔をしている。それも仕方が無いことかも知れない。なんせ、二ヶ月ちょっとでやらなければならないことが多すぎる。
「セレン嬢、それまでは今行っている疲労回復の魔術の安定と継続、出力の調整に没頭するんだ。その精度が、今後の魔術の習得にも、試験の合否にも深く関わる」
「……はい!」
セレン嬢の目に強い光が宿る。どうやら気持ちを切り替えて、疲労回復の魔術に向き合う覚悟が出来たらしい。うむ、それでいい。
俺はセレン嬢に歩み寄ると、その白い腕にちょこんと前足を乗せた。
「セレン嬢、俺が必ず道を開く。俺を信じて、やり抜いてくれ」
一瞬セレン嬢の目がまん丸に見開かれ、そのあと花が綻ぶような笑みがこぼれた。
「ありがとう、ヴィー! わたくし、貴方を信じるわ!」
うむ、それでいい。
それでいいが……なぜ急にそんなにモフモフと全身を撫でまくるのだ。くすぐったくてしょうがないが、セレン嬢が幸せそう過ぎてとめることができない。
しばらくしっぽをパタパタとやるせなくテーブルに打ち付けながら耐えたが、勢い余ってセレン嬢が抱きついてきたものだから、俺はたまらず音をあげた。
「セレン嬢! その、一気に喋り過ぎて少々疲れた。水を貰えるか?」
「もちろん! 可愛いお皿を用意したのよ。気にいってくれるかしら」
うきうきした様子で皿を出されたが、真っ白で薄く、皿のふちには繊細な薔薇の透かしが入っている。公爵家の皿の豪華感、えげつないな……。
しかし、せっかく練習した猫らしい水の飲み方をここで披露しなくては、他に披露する場がない。
皿にうっかり前足をのせたりしないように気をつけながら、俺はゆっくりと皿の水に舌を伸ばした。
「綺麗! やっぱりお皿を白にして良かったわ。ヴィーの黒い毛並が映えてとっても綺麗!」
そこはいいから、俺の猫っぽさに着目してくれ。
「美味しい?」
「うむ」
まあ、ただの水だが。
「そうだわ! デザートのチーズケーキをとっておいたの。チーズケーキは好きかしら?」
「好きに決まっている。アップルパイの次くらいには好きだ」
「大好きだということね。はい、どうぞ」
セレン嬢は大きなスプーンでスポンジ部分をふんわりと掬い取り、そのまま俺の目の前へと差し出す。さすがに躊躇したが、ケーキは下を向いて噛みつくよりは確かにこっちの方が美味しい気がする。
セレン嬢がさしだすスプーンの上にのったケーキをはぐはぐと器用に食べたら、セレン嬢は満足したように微笑んだ。
「昨日も思ったけれど、ヴィーったら本当に上手に食べるのね。ヴィオル様ともこうして食べているの?」
セレン嬢は楽しそうに言うが、そんなわけがないだろう。そもそも人にこんな近距離で食べさせて貰ったことなど幼少期以来ないに決まっている。
ちなみに水の飲み方については結局褒めて貰えなかった。違和感がなさ過ぎたせいだと思いたい。
明日はいよいよお待ちかねの殿下が出せるかな……?
反応がとっても心配です。




