【ヴィオル視点】経験させたいことがある
三度目ともなるとさすがに慣れたもので、俺たちはなんなくセレン嬢の邸を抜け出した。いつも通り俺の家でセレン嬢の着替えをすませ、俺も猫化の魔術を解いてヴィオルに戻る。
前回セレン嬢が討伐した魔獣は俺が代わりにギルドで討伐報告をして換金してあるから、もちろんその金はセレン嬢に渡したんだが、一緒に街を歩いてもセレン嬢は何も買おうとしない。楽しそうに店をちらりと見てはいるが、無駄な買い物はしないタイプらしい。
あっという間に街を抜け、すぐさま草原へと歩を進める。
まだ十の鐘も鳴らないうちだから、このまま順調にいけば今日は結構森の奥に進めるかもしれない。
「セレン嬢、今日はこのまま隠密系の魔術をかけたまま進もう」
そう提案してみる。
「そろそろ少し森の奥の方まで入りたいから、草原であまり時間を使いたくない」
途中で魔獣に遭遇して戦闘になればもちろんその分時間をくうし、なにより通常はいつ魔獣に出くわすかわからないわけだから、周囲に注意をはらい慎重に進んでいく必要がある。
隠密系の魔術を展開しておけば、その心配がないから歩くスピードを格段に上げる事ができるのが利点だ。
「森の奥へ……。今までよりも強い魔物に遭遇する可能性もあるのですね」
「そうだ。セレン嬢が順調に成長しているからな。時間もないことだし、戦う魔獣のランクも上げていった方がいい」
「はい!」
自分の実力を加味しての決断だと理解したのか、セレン嬢は不安そうな顔から一転、やる気あふれる表情になった。きりりと上がった眉毛が勇ましくて可愛い。
「隠遁の魔術をかけておけば魔獣に気づかれる心配なく進むことができるから便利だ。急ぐぞ」
「はい!」
元気よく返事をしたセレン嬢は、そのあとすぐに少し考えるように目を泳がせた。
「……ヴィオル様」
「なんだ?」
「操風でスピードアップします? それくらいならばわたくしもできるのですが」
「なるほど。名案だ」
俺は嬉しくなった。セレン嬢のいいところは、決していわれるがままに従うだけではないところだ。
自分なりにより良い結果になるように、考えて提案してくる。
研究や開発には欠かせない要素だ。彼女はきっといい魔術師になるだろう。
「そうだ、セレン嬢。ちょうどいい、君が魔術を展開して俺にもスピードアップをかけてくれ」
「えっ!?」
明らかに動揺している。
「わ、わたくし、まだ他の方に魔術をかけるのは怖いのですけれど。疲労回復ならまだしも、自分も走りながら操風を二人同時にかけるのは怖いというか……」
急に自信なさげにごにょごにょとそんなことを言い出した。まぁ、想定内だ。
「だが二人同時にかけないと、速度がまちまちだとはぐれてしまうだろう?」
「あ……」
はっとした顔で口ごもる。理由については納得できたが、自信がないのだろう。俺がセレン嬢に合わせてやるのは簡単だが、それでは訓練にならない。魔獣との戦闘と違って、人へ魔術を使うのは最初は怖いモンだ。それでも俺はそろそろ対人の魔術も経験させておきたかった。
「万一ヴィオル様にお怪我を負わせるようなことになったらわたくし」
「大丈夫だ。危険があったら俺が止める」
「ですが……」
視線をさまよわせていたセレン嬢は、心配そうな顔のまま俺を見上げた。
「ヴィオル様、今、この落ち着いた状態で試してみても良いでしょうか」
お、打開策を打診してきたな。俺が引かないと悟ったんだろう、それでもいきなり走りながら二人分を調整するのは怖かったと見える。その用心深さも好ましい。
「うむ。やってみろ」
鷹揚に頷く俺をまっすぐに見つめ、セレン嬢は大きく深呼吸すると魔力を練り始めた。
セレン嬢の不安を現すように、おずおずと魔力が慎重に俺の背中を押してくる。マントがはたはたとはためいて、風の存在を教えてくれるが、風の勢いはまだ微弱だ。
「いいぞ、風に背を押されている。そのまま、自分にも同じ負荷をかけるんだ」
「はい……!」
セレン嬢の髪が、服がひるがえる。
「あっ」
背中から風を受け、セレン嬢が前へとよろけた。俺よりも体重が軽い分、風の影響を多く受けてしまうんだろう。それでも俺を押す魔力の量は変わらなかった。
やるではないか。
「よろけても魔力は安定している。その調子だ。もっと押していい、出力を上げろ」
「は、はい」
俺とセレン嬢の服が、髪が、バタバタと激しくはためき始める。もう俺も体が前につんのめりそうだ。強い風の中で、真剣な表情で風を調整しているセレン嬢を見ているとなんだか笑いたくなってきた。
さっき自分だけ先に飛ばされそうになったからだろう、俺と自分とで吹き付ける風の強さを変えていっている。
思っていたよりもずっとうまく調整できているではないか。
「よし、走るぞ。軽く走るからそれに合わせて調整するんだ」
「は、はい」
「俺とセレン嬢では歩幅も違うからな、同じ速度で走れるように頑張って調整してくれ」
「はい~~~」
「頑張れ頑張れ」
走りながら、俺とセレン嬢それぞれに違う力の風を送り続けるのは、なかなか骨が折れる仕事だったらしい。
森についた途端、セレン嬢はくずれるように座り込んだ。
なかなか更新できずすみません……!
激務過ぎてムリでした_:(´ཀ`」 ∠):




