【ヴィオル視点】成長が止まらない
やり切った安心感と疲れが一気に出たんだろう、セレン嬢はぐったりと木にもたれかかって荒い息を吐いている。気力も体力も使い切っている様子だというのに、ギリギリの状態でも最後まで魔力の調整をやり切った。
大した根性と集中力だ。
「よく頑張った」
「ヴィオル様……!」
セレン嬢のそばに膝立ちし、彼女の頭をよしよしと撫でてやれば、セレン嬢は驚いたように俺を見上げる。目が合うと、花が綻ぶように笑った。
「……っ」
心臓がバクン、と音を立てたのが自分でもわかる。心臓の病を疑うレベルの衝撃だった。
「ありがとうございます」
あまり可愛く笑わないでくれ。寿命が縮んでしまうかもしれない。
バクバクとうるさく打ち続ける心臓の音をあえて無視して、俺は彼女に向けて疲労回復の魔術を送り込む。
「あったかい……」
「足は特にダメージが大きいだろうから、念入りに施術しておこう」
疲労を回復できるように全身に満遍なくかけ、太ももから足先までには特に強めにかけておく。町から森まで走ったのだから、筋肉痛にならない方がおかしい。
だが、書庫にこもっていたはずのセレン嬢が筋肉痛になるのもおかしい話だ。足への負担が残らないようにしておかなければ。
「ああ……まるで湯船にでも浸かっているみたい。暖かくて気持ちいい……」
うっとりと俺特製の疲労回復魔術に感じ入ってくれている。そんなに嬉しそうにされると地味に俺も嬉しい。
「これ、疲労回復系の魔術ですの? わたくしの疲労回復と随分違う気がするのですけれど」
「ああ、ちょっとひと工夫してある」
「教えてください……とても気持ちがいいんですもの」
「すまんがまだ無理だ。火の属性を獲得してからだな」
そう言ったらわかりやすくがっかりされてしまった。軽く火を起こして熱だけを回復魔術に乗せる、割と繊細な魔術だからな、もう少し実力が上がらないとどの道無理だろう。だが。
「まぁ火の魔術は流石にまだ無理だが、風の魔術は制御も含め驚くほど上達したな」
「本当ですか!?」
「ああ。町からこの森まで限界を超えた速度で走りながら、俺と自身に強さの違う魔術をかけ続けたのだからな。俺も流石に評価せざるを得ない」
「嬉しい……!」
小さくガッツポーズしているのが微笑ましい。評価しているのはボロボロになっても最後まで魔術を展開し続けたガッツもなんだが、それを褒めてしまうと今後がむしろ心配だから言えない。
俺は心の中で存分に褒めた。俺の生徒、最高なんだが。
「どうだ、疲労は取れたか?」
「はい、おかげさまですっかり疲れも取れましたわ」
「では飯にするか。デザートが楽しみだ」
言うとセレン嬢が楽しそうに笑い出した。どうやら本当にすっかり疲れは取れたらしい。軽やかに立ち上がって服をパンパンと元気よく叩くと、セレン嬢はバスケットを開けた。
「まあ、大変! ひっくり返ってしまっているわ」
「あれだけ強風に煽られて走ればそうなるか……仕方あるまい。料理長に悪い事をしたな」
「あ、でも意外と大丈夫かしら」
セレン嬢がバスケットから取り出したものを手渡してくれる。それはなんだか不思議な形状で、食パンほどのサイズのパンが揚げてあるものだった。中に何か入っているのか、それなりに厚みがある。
「なんだ? これは」
「さぁ、新作ではないかしら。わたくしも初めて見ますもの。でもこうして持たせてくれたと言うことはきっと美味しいに違いないと思いますわ。とりあえず食べてみましょう?」
「それもそうだ」
手が汚れないようにだろう、油を通さない紙で巻かれた揚げパンにガブっと噛み付いてみたら、中にはデカいウィンナーが仕込まれていた。野菜も入っていてバランスがいい。マスタードの程よい辛さが食欲をそそる。
「体を動かして腹がすいていたから、これくらいボリュームがある方が嬉しいな」
「そうですわね。美味しい!」
「だがちょっと喉を潤すものが欲しいな」
持って歩くのが重いから紅茶は持ってこないことにしたんだが、あれだけ走れば喉も乾く。こんなこともあろうかと、一応用意しておいて良かった。
俺はウエストポーチから小さな袋を取り出した。
「まぁ、それは……?」
「紅茶の葉だ」
以前と同じように土と火の魔術でカップを作り、魔術で出した水を沸騰させれば紅茶なんていつでも飲める。豊富な属性魔術と莫大な魔力を授かったからこその贅沢なひとときだ。ついでに氷も落としてやった。これくらいはなんてことないしな。
「ヴィオル様は本当になんでもできるんですのね……」
「セレン嬢もその調子で魔術を極めていけば、俺くらいのことはすぐにできるようになると思うがな」
「想像できません」
俺にデザートのアップルパイを渡してくれながら、セレン嬢はもはやため息をついている。
「そうか? さっきの『操風』は見事だったぞ。……ちなみにこのアップルパイは美味いな。変わった形状だし、中身がジャムのようにトロトロで美味い」
「わたくしが本を読みながら片手で食べられるように、りんごジャムをパイ生地で包んで作ったのだと聞いたことがありますわ」
道理で。料理長、やっぱり天才だな。りんごのしゃりしゃり感が強いアップルパイも美味いが、このトロトロ感は新食感だ。とろりと口の中でとろける甘味がたまらない。
「……わたくしも、ヴィオル様のようになれるでしょうか」
「なれるに決まっている。鍛錬を怠らなければな」
「頑張りますわ!」
闘志を漲らせ力強く立ち上がったセレン嬢を応援したくて、俺はこう約束した。
「ああ。その調子で討伐も頑張れよ。討伐もうまくいったら褒美をやろう」
「褒美?」
きょとんとするセレン嬢に、俺は少しだけ笑ってみせる。きっと喜んでもらえるだろう。
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