転生、再び
俺達が居なくなった後、あの世界は、第一王女が頑張ってくれた。エルフの女王の協力もあっただろう。
残った竜人達は、元に戻った竜王と話をして、教育をすることになった様だ。
売られたと聞いていたエルフ達は、魔王城に閉じ込められていた。俺とイオルが街へ向かった後だろう。
王都を狙った理由は港を確保するためで、それまでは魔王城に一時的に止め置かれていたのだ。
大陸側とも和平が交わされ、以降は友好関係が築かれていくことになる。
ちなみに、人質にされていたエルフさんももちろん開放された。自らを犠牲にした彼女は、仲間たちがきっと心の傷も癒してくれることでしょう。
俺の元居た世界についてだが、あちらには、ハーシエル様もコーリエも居る。王も第一王女も健在なはずだ。だから、俺のパーティの三人も無事だと信じられる。
それで、十分だ。
彼らに出会っていなければ、どちらの世界も、その後には不安があっただろうが、今は確信を持てる。
短い期間しか関われなかったが、お礼を言いたかった。
それから、魔将が魔王達を滅ぼした理由だが、ガラダエグザを迎える準備のためだった。騙されているとも知らずに。
あの世界で、イオルが生まれて、イオルが魔神石を引き継いですぐの魔王親子として最も弱い時を狙ったのだ。
操った竜人に毒を使わせて、毒に耐性のある自分が魔王を案じて駆けつける演技をし、ガーネットにそれを見せた。
闘将が不在の時を狙い、戻った時にガーネットを形見として渡して証言させた。
それでも、ダルは疑っていた様だ。
俺は目を覚ました。
「ん?」
おや、この後頭部の柔らかな感触は、枕だろうか。それにしては、とても暖かいが……
ゆっくりと目を開けてみると、目の前に、人肌色のふたつの膨らみ、けっこう大きい、これはあれだ、そう夢だな。
そして、そのふくらみの間から、見知らぬ美女の顔が俺を逆さに見つめている。 目が合うと、嬉しそうに微笑んだ。 そう、夢だ。
青みがかった銀色の髪が風に揺れる。ふくらみも揺れた。その先の赤っぽい部分がちらっと見えた。 美女が、風になびいた髪をかき上げたのだ。
「ビスさん」
その美女の口は、今、俺の名前を呼んだかな?
そう思った時に、急に体が重くなった。
目の前に、もう一つの顔が現れた。 美少女だ。 そして銀色の髪、その顔には見覚えがあるが、少し違う気もする。
視線を下側に向けようとした瞬間に殴られた。
「いてっ」
夢では無い?
そして、殴った少女は涙を流し始め、抱き付いて俺の名を何度も呼び始めた。
夢でもいい。 ああ、そうだ、俺はこの少女の顔が見たかったのだ。
そっか、これが俺の本当の望みだとするなら、やっぱり夢かな?
いや、違う。
「はっ」
そして思い出した。
俺は生きているのか?
「やっと、起きられましたか?」
最初の美女が話しかけてきた。
「ああ、あなたは?」
「やはり、わかりませんか」
「すいません」
声には聞き覚えがある気もする。
「魔神石、と言えば思い出せますか?」
「はい、その節はたいへんお世話に……えっ?」
「ふふ」
「えと、俺は死んだのですよね? ……もしかして、また?」
「はい。 ただ、今度は人間です」
人間? 全く問題無いどころか、元に戻れたってことなのか。
「なるほど。 イオル、顔見せて」
胸にしがみつくイオルの頭を両手で掴んで見上げさせる。
さっきの違和感がわかった、イオルの左目が治っている。
「よかった」
「目など、どうでも良いのだ、どうでも……」
イオルは、俺が目を確認したのが分かった様だが、また、しがみついて泣き始めた。
「魔人石様、イオルの目は治らないと?」
「わたし、真実を言ったことって、ありました?」
「ええ~? いや、だいたい正しかったかな」
「ふふふ……わたしは、エルハマインと申します。 これから、よろしく……ねっ」
そう言って、ほほ笑んだ。
あの偉そうだった魔神石とは、とても思えない。
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします。
あ、そうだ、俺はあなたに詫びないといけな……」
イオルを守り続ける約束を放棄したことを詫びようとしたが、エルハマインに指で制された。
「何か、詫びられることあったかなぁ?」
と、不思議そうな、いたずらっぽい顔をした。
「じゃぁ、そろそろ教えてくれないか、魔神石様が、ええと、人になった理由を」
俺は、イオルの頭を撫でながら聞いた。
「魔神石の材料は、龍の玉三個って教えましたよね?」
「はい……それが……ええと、嘘?」
「はい、嘘です。 あと一つ必要なのです。 エルフが一人」
「そんな……あなたはずっと石として生きてきたのか」
「エルフはもともと長寿ですし、なってみると、意外と楽しかったですよ」
なりたくは無かったと言う事か、想像すると、少し涙が出た。生贄みたいなものじゃないか?
「前の時に戻ればよかったじゃないですか、俺なんか放っといて」
「触媒が全然足らなかったのです」
「そうなのか」
本人が言うからにはそうなのだろう。
「わたしは、少~しだけ長く生きておりましたので……」
「年齢が関係あるのか」
「そこは流すところですよ」
「ああ、すまない。 でも、俺が魔神石を作るって言った時、止めなかったですよね」
「わたしは、姫とともに生きる決心をされたあなたの思いを否定したく無かった。 それに、龍の玉を集めるのは、別に悪くないですし」
「そうなのか」
「でも、エルフが一人必要だと分かったら、あなたは、その選択をしなかったでしょうね」
「ああ」
「わたしみたいに、石でも良いと思うエルフがいるかもしれないですのに」
「わかった。もう自分を傷つけるな」
彼女も、迷っていたのだろう、石を望む者などいないのだ。
「そうですね。 最初に、あなたを復元した時、範囲内にいたからって事になってますよね?」
「ああ、そう聞いた」
「嘘です。 仲間を救うために命を投げ出すあなたを、信じたからです」
「あ……」
「姫の目は、あなたに都合良く罪悪感を押し付けるためです。 入れ替わったと言う説得力もあるでしょう」
「う……」
「まさか、勝手に罪悪感を背負ってくれるとは思わなかったのです」
魔隷紋のことか……。
俺は、その真実を知らないままだったのを思い出す。
「でも、やっぱり全部嘘という訳では無いですね。いつも助けられたのは紛れも無い事実だ。 今回も救ってもらった」
「今回は、姫の願いが変わったから」
空を仰ぎつぶやくように答えてくれた。
「イオルの願い?」
その時、エルハマインは話を変えるかの様に声を上げた。
「あ、他の方々も目を覚まされた様ですよ」
「他の……あ、ダルかな? でも、方々? ガーネット?」
「さて、誰でしょう」
エルハマインは、いたずらっぽく笑う。
「イオル、離してもらってもいいか?」
言うより先にイオルは離れて、他の方々の方へ向かっていた。
そして、今さら気付く、そもそも、なんでイオルが居る? それ以前に魔神石……
「ちょっと待て、なんで?」
起き上がって、イオルの向かった方を見た。
視界には、俺が守りたかった者達が居た。
「ここは、違う世界……だよね?」
ちょっとだけ涙で目が霞みはじめる。
「はい」
エルハマインが即答してくれた。
「嘘ではない?」
あんなに信じていた魔神石をここまで疑うことになろうとは。いや、信じているからこそ聞いた。
「あなたも行ってきなさいな」
そうやさしく促された。自分とのやりとりはここまでと言う風に。
「ああ」
俺は、立ち上がって、起き上がりつつある皆の傍へ移動した。
「みんな、どうして、ここに居るんだよ」
涙があふれてきた。
「すまない……我が、皆を誘導したのだ、貴様の魔法の範囲にな。 貴様の思いを無下にした。ごめんなさい」
イオルが、下を向いて、申し訳なさそうに言う。
「そうか、なんて言っていいか……ありがとう」
「うむ」
俺の答えは予想していたのだろう。言葉使いは、偉そうに戻った。 だから、あたまをこつんと叩いてから抱きしめる。
「わたしも、お願いしていいか?」
ハーシエル様が言う。
「な、何をでしょう?」
「それだ」
ハーシエル様がイオルを見ながら言う。 それは、抱きしめてということでしょうか?
「わたしも、お願い」
え、コーリエ?、なんで王女も居るの?
「わたしは最後でいいですよ」
アナさんだ。
「わたしも、それを言おうと……」
マリアデルも。
「お前、その怖い顔で、もてるのな」
ダルが茶化す。 あ、怖い顔? そこも戻してよと、贅沢は言えない。
「人間風情が」
どこかから聞こえる、ガーネットの声。
「そうじゃ、たかが人間風情が」
ガーネットの声が同調する。
声の先を探すと、イオルの手の辺りだ。 指に赤い小さな石が見える。指輪だ。
「指輪か、ガーネット」
「そうじゃ」
聞こえたのは、俺の手だ。
指輪がはまっていた。
「なんですと~。 でも、居てくれてよかった。 世話になった」
「おい、そろそろ、着るものを探しに行かんか?」
イオルが唐突に言った。
「あ」
そう、全員裸だ。
そういえば、あの時もそうだった。
そして、気付いた。みんな若くなって無いか? いや、イオルはそのままか。
「魔……えと、エルハマインさん、皆さんの姿が少し違う様な?」
「そうですね。 足らない分を、皆さんの年輪と種族特性からいただきました」
「え? いや、そうなのか?」
「まさか、この人数になるとは……とても、あの竜人と装備類や龍玉四個分程度では……なので、わたしを含めて皆さま人間です」
ガラダエグザの体も使われたと思うと複雑だが、贖罪だと思って成仏してくれ。
「姉さまの胸は大きいままなのに、わたしのは小さくなった気がします」
コーリエがぼやく。
「これから、成長すればいい」
ハーシエル様が慰める。
いや、もともとそんなものだったぞと言うつっこみは控えよう。
「わたしのも、変わっていませんよ」
アナさんが、わざとらしく言う。
「わたしも、変わって無いです」
マリアデルは、少し落ち込んだ様に見える。
「ともあれ、着る物、隠せる物でもいいから探しに行こう」
さっき、イオルの提案を流しておいてなんだが、俺は、皆に呼びかけた。さすがに、目のやり場に困るし、俺も隠したい。
皆はそれに頷いてくれた。
今居る場所は、小高い草原の上、周りもずっと草原、遠くには山々が見えるが、さぁどうしよう。
知らない世界だ、何が起こるかもわからない、魔王の力も、もうない。
大丈夫、皆が一緒だ。
俺達は、とりあえず太陽に向かって歩き出した。
「あ、わたし、魔王の力を無くしたなんて言ってませんよ」
俺に聞こえない様な声で、一番後ろを歩くエルハマインは風に呟いた。
俺の心残りは、あと一つ。
だが、これは、ずっと残るだろう。
魔族を理解したかったのだ。でも間に合わなかった。
イオルやダルは、とても悪には見えない。
魔族の中で、力におぼれた者達が、下等と決めつけた他の種族を虐げていたのでは無いか。
実は人間の、ある意味力を持つ者が下に見た人間に対する非道と同じだったのでは無いかと。
そうであれば、魔族と人間とは、和解の道があったのかも知れないと……
いや、もう一つある。
イオルは、本当に人間になれたのか?
形は、なれただろう、
だが、望んだ、なりたかった、人間か?
いや、それは、俺が考える事では無い、
ただ、これからも共にあろう……




