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逆さ虹と嘘つきの森  作者: 佐倉杏
3/9

根っこ広場とオンボロ橋

 あたしたちは、アライグマちゃんのおうちにやってきた。それは小さな川のすぐそばの、木のうろだ。アライグマちゃんは木登りもうまい。だからうろは、クマちゃんが立っても届かないくらい高い位置に空いている。

 仲間内で木登りができるのはあたしとコマドリちゃんくらいなので、(クマちゃんも登れるけれど、体が大きすぎて、アライグマちゃんのおうちには入れないの)他の仲間たちには下で待ってもらうことにした。


「おーい、どう?」

 下からキツネちゃんの声が響いてくる。それに引き続きヘビちゃんの声も。


「前足が足りないなら言ってね。私も頑張って登ってみるから」

 私、前足ないけど、と続ける。


 あたしはアライグマちゃんの食べ残した木の実や果物を下に放り捨てながら、笑った。


「コマドリちゃんも前足はないから、そうね、前足の数は足りてないかも」

「その代わり素敵な翼があるぜ、綺麗だろ? あ、でもリスさんとヘビちゃんには負けるかな」

「というわけだから、上は大丈夫。ヘビちゃんは、アライグマちゃんの食べ残しから、危なそうなものを選別してて」

「はーい。わかったぁ」


 実際、下にはヘビちゃんにいてもらわなければ困る。あたしもコマドリちゃんも、あまり食べ物に詳しくはない。あたしだって木の実は好きだけど、それほどグルメじゃないのよ。そうね、例えるなら、取っておこうと思って地面に埋めた、木の実の場所を忘れちゃうくらいには。


 あたしたちの中で、最も食べ物に精通しているのは、ヘビちゃんだ。この森の動物は皆菜食主義だから、基本的には似たようなものを食べるのだけれど、このヘビちゃんときたら、口に入るものなら、何でもかんでも入れてしまう。どうしてそれで、あんなにスリムなのかしら。


 アライグマちゃんはその性格的に、あまりおうちを綺麗にしておくたちじゃなかったみたい。リンゴの芯は残っているし、芋のツルもそのまんまだ。普段なら説教ものだけれど、今回ばかりは都合がいい。

 あたしたちは、アライグマちゃんのおうちから、食べ物という食べ物を全て追い出した。


「これで全部ね」

「ふう。やっと終わった。仕方ないとはいえ、僕と君の体の大きさだと、ちょっと大変だったね。リスさん、疲れてない? 疲れを吹き飛ばす歌でも歌おうか?」

「ありがとう。でも大丈夫よ。さあ、あとはヘビちゃんの鑑定を待つだけね。これで原因がわかるといいんだけれど」


 あたしたちはしゅるしゅると木から降りて、ヘビちゃんが真剣な眼差しで食べ物を鑑定するのを待った。しばらくして、ヘビちゃんは疲れを振り払うように頭を振ると、「ダメだぁ」と言った。


「この中に、おかしな食べ物は混じってないよ。全部、普通に食べられる。木の実もキノコも果物も、ぜーんぶ」

「ってことは、アライグマちゃんがおかしくなった原因は……」

「どこかで拾い食いをしたのでなければ、食べ物が原因じゃないってことかなあ。ごめん、無駄足だったね」


 すまなさそうに項垂れるヘビちゃん。キツネちゃんが慌ててフォローした。


「何言ってるんだ。少なくともこれで、食べ物が原因じゃないってことがわかったんだ。一歩前進だよ」


 そうだそうだ、とあたしたちはそれに同意する。それからコマドリちゃんが、現実的な問題を指摘した。


「で、だ。この先はどうする? 他に、心当たりがある奴はいないか?」


 再びの沈黙。あたしは頭をひねった。


「アライグマちゃんがおかしくなった理由……。あたしなら、どんなときに暴力的になるかしら」


 いたずらがばれたとき? おやつを横取りされたとき? それとも眠っているのを邪魔されたときかしら。うーん、どれもいまいちピンとこない。


「僕、なら……」クマちゃんにみんなの視線が集まる。「怖いものがあると、身を守らなきゃって、暴力的になる、かも」


 暴力的なクマちゃんなんて、あんまり想像できないけれど、なるほど、アライグマちゃんならありえなくはない。でもアライグマちゃんの怖いものって、何かしら。

 クマちゃんと目があう。表情であたしの言いたいことを察したのか、クマちゃんが言った。


「その。お化け、とか」

「お化けの目撃情報は、どこだったんだっけ?」


 ヘビちゃんの問いかけに、コマドリちゃんが難しい顔で答えた。


「西の、根っこ広場だよ」

「じゃあ、アライグマちゃんもお化けを見て怖くなって、それでおかしくなったのね」


 あたしはパチンと前足を打つ。であれば、次に向かうべきは、アライグマちゃんも見たであろうお化け探しだ。あたしたちも同じものを見れば、アライグマちゃんの気持ちがわかるに違いない。アライグマちゃんの気持ちがわかれば、彼がどこへ行ったのか、それもきっとわかるはずだ。しかし。


「いや、それはどうだろう」コマドリちゃんが首をひねった。「アライグマの奴なら、どちらかというと僕たちを巻き込んで、『お化けが出たらしい、捕まえにいくぞ!』とか言い出しそう」


「あー」

 すっごくありそう。その様子がまざまざと思い浮かぶ。


「確かに、そうかも。……ごめん、見当違いだった」


 がっくりとしたクマちゃんの肩に、キツネちゃんが前足を乗せた。


「いや、そうとも限らない。もしかしたら、お化けがアライグマくんに取り憑いているのかもしれないからね。

 それに少なくとも、根っこ広場には早めに向かうべきだと思う」

「どうして?」


「アライグマくんがこの森を出ようと思ったのなら、普通に考えて、根っこ広場に向かうはずだ。もちろんみんな知っての通り、根っこ広場の木は、俺たちを通してはくれない。

 もしかしたらアライグマくんは、家にも戻らずに、根っこと戦い続けてるかもしれない。あるいは、何かしらの突破方法を知って、実践したのかもしれない。どちらにせよ、手がかりが残ってるんじゃないかな」


 あたしたち全員の顔に光が差した。キツネちゃんがそれを見て満足げに頷く。

「今日はもうすぐ日も暮れる。だから明日また、同じ時間に」






 よく晴れた、気持ちの良い日だった。こういう日を小春日和というのよね。秋から冬にかけては、風が冷たくなるけれど、不思議とそれを心地よいと感じる自分がいた。もっと寒くなると、そうも言ってられなくなるのだけれど、冷たさは清らかさに通じる気がして、あたしは好きだった。

 特に今日みたいに雲も少なくお日様が照っていると、日向はぽかぽかと暖かい。けれどあたしたちの足取りは、総じて重たかった。


 まず向かっている根っこ広場は、いつでも重たい葉が茂り、光を通さないため薄暗い。しかもそこには、アライグマちゃんに取り憑いた(かもしれない)お化けがいる可能性があるというのだから、なおのことだ。

 沈黙に耐えかねたのか、コマドリちゃんがちちち、とさえずる。


「良くない、良くないな。この空気はとても良くない。これじゃ見つかるものも見つからないぜ。

 よし、じゃあ僕が一つ、素敵な歌を歌おうじゃないか。聞いてくれてもいいし、一緒に歌ってくれてもいい」


 すうっと、コマドリちゃんが息を吸った。そして、逆さ虹の森で古くから歌われる歌を歌い始めた。正直、あまり格好のいい歌ではなかったはずなのだけれど、コマドリちゃんが歌うと綺麗に聞こえるから、不思議だ。




 笑えや笑え。歌えや歌え。

 我らが笑わず誰が笑う。

 大地に垂るる淋しき光

 逆さの虹が受け止めよう。

 一つ二つ、三つ四つと、積もり積もって我が身に降れば

 我らがそれを、笑い飛ばそう。

 笑えや笑え。歌えや歌え。

 愛しき貴方を守るため。愛しき我らを守るため。

 誇りを胸に、前を向け。

 我ら世界の守り人。





 歌い終えて、コマドリちゃんは不満げに嘴を尖らせた。


「聞き惚れてくれるのも嬉しいけど、一匹くらい一緒に歌ってくれても良かったのに」


 ふてくされたような物言いに、あたしはちょっと笑ってしまった。


「一緒に歌ってほしいなら、アレンジ加えちゃダメよ、コマドリちゃん」

「え? ……あっ」


 コマドリちゃんの歌は、歌詞こそ知っているものだったが、曲調には彼らしいアレンジが加わっていて、とてもじゃないが一緒に歌うのは無理だった。


「普通のにしましょ。あたしも一緒に歌いたいわ。もう一度、歌ってくれる?」

「喜んで、歌姫のレディ」


 逆さ虹の森を、一行は西へ西へと進んでいく。進むにつれて、空を覆う葉は分厚くなり、日が見えなくなってきた。心なしか、雲まで出てきたと思う。

 吹く木枯らしが冷たい。冷たい風は、たしかに清らかではあるのかもしれないけれど、まるで引き返せと警告するみたいに、容赦なく吹きすさぶ。


 だんだんと薄暗くなる森を、あたしたちは一列になって進んだ。コマドリちゃん、キツネちゃん、あたし、クマちゃん、ヘビちゃんの順に。あたしたちははぐれないように、コマドリちゃんはキツネちゃんの頭の上に、あたしはキツネちゃんの尻尾にしがみついて、クマちゃんはキツネちゃんの尻尾を甘噛みして、ヘビちゃんはクマちゃんの足元に絡みつくように、互いの体が一部は触れるようにした。


 多分みんな、怖かったんだと思う。アレンジのない歌を大声で歌って、気を紛らわせた。


 笑えや笑え。歌えや歌え。

 我ら、世界の守り人。






 ようやくたどり着いた西の根っこ広場。昼間でも暗いそこは、よくよく気をつけないと転んでしまうくらいには、根っこが地面から浮き出している。この日は西の根っこ広場をくまなく探し回った。

 でもアライグマちゃんの姿はもちろん、外に出る方法も見つからなかった。クマちゃんやヘビちゃんの力でも、根っこを引きちぎって進むのは無理だった。アライグマちゃんにも、到底無理だろう。


 あたしたちはそれから毎日、根っこ広場を捜索した。西から、少しずつ北へ周り、東の順に進めていく。根っこ広場の捜索は五日目を迎え、ちょうどこの日は、北東のあたりの根っこ広場を探索している。

 この日はコマドリちゃんが、「もしかして空からなら出られるんじゃないか?」と言いだして、あたしの目には見えなくなるくらいまで高い場所まで飛んだ。この日は数日おきに現れる逆さ虹がかかっていて、コマドリちゃんは虹をなぞるように、空へと吸い込まれていく。


 なるほど、アライグマちゃんにできたかどうかは別として、これなら根っこに邪魔されることもない。

 しかししばらくして、コマドリちゃんがすっかり疲れた顔で戻ってきた。


「だめだった」

「どうして?」

「飛んでも飛んでも、下の景色が変わらないんだよ。まるで見えない壁にぶつかっているのに、それに僕が気付けないみたいだ」

「それ、どういうこと?」


 訝しげに目を細めるあたしに、コマドリちゃんは困り切った様子で首を振った。


「わからないよ」


 根っこ広場は日の光が届きにくい分、湿気が多い。地面に残った足跡も消えにくいから、あたしはこの日、懸命に足元を調べ、アライグマちゃんの足跡がないか探った。

 キツネちゃんが額に滲んだ汗をぬぐった。


「今日も、もう限界かな」


 日が傾き、寒くなってきた。日が暮れる前に戻ることを思うと、そろそろ出なくては間に合わなくなる。あたしたちは来た時と同じように一列になって、とぼとぼと森の中心へと戻る。


「あ」

 つい漏れた、といった感じで、ヘビちゃんが呟いた。


「ねえ、一つ思いついたんだけど」

「なんだい?」

 キツネちゃんが後ろを振り向く。


「オンボロ橋の向こう、探してないよ」


 その言葉に、全員がしんとした。

 逆さ虹の森には、東西に大きな川が流れ、森を二分している。唯一の交通手段は、今にも落ちそうなくらいボロボロな吊橋。通称オンボロ橋だ。


 オンボロ橋、それは根っこ広場よりもさらに、逆さ虹の森の動物たちからは忌避される場所。

 どうしてかと聞かれても、答えられない。でもあそこは、なんだか怖い。理屈なんか説明できないけれど、ただ怖いのよ。それはあたしだけでなく、もともと怖がりなクマちゃんだけでもなく、全員がそう思っているみたいだった。

 言い出しっぺのヘビちゃんさえ、どこか恐ろしそうで、ニョロニョロ動く動作がぎこちない。


 やがてキツネちゃんが言った。

「アライグマくんの体重じゃ、あの橋は渡れないよ」


 オンボロ橋はその名の通り、いっそ崩れていないのが不思議なほどにぼろぼろだった。この中であの橋を渡れるのは、空を飛べるコマドリちゃんか、あたしくらいなものだろう。

 あたしはオンボロ橋の向こうに行かずに済んだことに、内心でホッとしていた。アライグマちゃんのことは心配だけれど、キツネちゃんの言う通り、アライグマちゃんがあの橋を渡れたはずがない。そう自分に言い聞かせる。


 幸いなことに、誰からも反論は出なかった。


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