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逆さ虹と嘘つきの森  作者: 佐倉杏
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アライグマちゃんの異変

こんにちは、佐倉です。


冬童話、参戦させていただきます!

私が選んだ主人公は、いたずら好きのリスちゃんです。


今回は童話の雰囲気を残したまま、少しミステリー調なものを書きたいと思っています。

どうぞお付き合いくださいませ!

 あたしの住む森は、逆さ虹の森と呼ばれていた。物心ついた頃からずっとそうだったから、何も疑問に思うこともなかったけれど、よくよく考えたらおかしな話だ。


 数日おきに、まるで何かの受け皿のように空にかかる虹。あれを逆さと呼ぶということは、世界のどこかには、反対向きの、それこそお山のような形をした奇妙な虹が、あるということなのだろうか。


 ……まあ、あたしには関係のない話だ。







 しまった。寝過ごした。


 目を覚まして、太陽がとうに輝いているのを目にしたあたしは、起きて早々冷や汗をかいた。だってあたしの家は、木の根のそばに穴を掘って作られているのよ。二メートルを超える深さのおうちは、当然日の光など届かない。時間がわからなくたって仕方ないと思わない?


 溜め込んだ木の実をかき分けて外に出ると、燦々と照っている太陽の輝きが目に入った。そこで初めてあたしは寝坊したことに気づいたってわけ。

 まだ間に合うかしら。間に合わないなんてことになったら、これまでのあたしの苦労はどうなるの? 昨日からせっせと準備したのに、間に合わないなんてあんまりだわ。


 あたしの体は、とても小さい。逆さ虹の森にはたくさんの動物が住んでいるけれど、その中でもあたし、シマリスの体は群を抜いて小さいの。当然走る速さも遅くなる。小さい体はチャーミングで気に入っているけれど、こういう時ばかりは、もっと体の大きいクマちゃん達が羨ましくなる。


 それでもあたしはリスだから、木の枝を飛び交うようにして、ひょいひょいと進む。体が軽いからこそできる芸当。ふふん、クマちゃんには真似できないはずよ。あたしは地上の障害物などに邪魔されることなく、かなりの速さで待ち合わせの広場にたどり着いた。

 木の上から辺りを見回し、ほうと息を吐く。よかった、どうやら間に合ったみたい。


「おはよう、いい朝ね」


 あたしが木から降りて挨拶すると、すでに来ていたキツネちゃん、クマちゃん、ヘビちゃんが手を振った。あたしはキョロキョロと辺りを見回し、「アライグマちゃんとコマドリちゃんは?」と聞いた。


「アライグマくんはまだだね。コマドリくんは、あそこ」


 人の良さそうな顔をした、細目のキツネちゃんが答えた。先端だけが白いフサフサなしっぽで、あたしが来た方とは逆の木の上を示す。


「ああ、そこにいたのね」


 コマドリちゃんはとても綺麗な声の鳥で、歌うことが大好きらしい。美しいオレンジの羽を膨らまし、あたしの声よりもよっぽど高い、綺麗なボーイソプラノで答えた。


「御機嫌よう、リスさん。今日も素敵なしっぽだね」

「ありがと。毎日違う言葉を吐き出しているのに、よく褒め言葉が尽きないわね」

「それだけ君が魅力的ってことじゃないかな」

「そうね、きっとそうだわ」


 あたしはあっさりと納得した。コマドリちゃんは、基本的に女の子は褒める。褒めちぎる。だからあたしもいちいち本気にしたりしない。

 ほら、言ってるそばから次はヘビちゃんに声をかけた。


「もちろんヘビちゃんも、とっても可愛いよ。今日は鱗のつやがいいね」

「ん? そう? ふふ、ありがとー」


 しゅるしゅると音を立て、ヘビちゃんが笑った。確かにヘビちゃんはかわいい。目がくりくりしてて、宝石みたいだ。口の端からはみ出たクランベリーさえも、なんだかチャームポイントに見えてくる。


「ところでリスちゃん」コマドリちゃんの目がキラリと光った。「あそこにあるアレは、リスちゃんが?」

 その言葉で、あたしは大急ぎでここに来た理由を思い出した。


「そう! いけない、最後の仕上げがまだだったわ」

 あたしが駆け出そうとすると、後ろから、キツネちゃんがあたしのしっぽを掴んで止めた。


「なあに? キツネちゃん」

「アレって、何?」

「大丈夫よ、危ないものじゃないわ」

「……また悪戯?」


 キツネちゃんがため息まじりに聞いてくる。わかってるなら聞かないでほしいわ。あたしは悪びれもせずに、しれっと答える。


「他に何があるっていうの?」

「まあ、アライグマくんと君のやりとりは今に始まったことじゃないけどね。やめようとは思わないの?」


 思わないわ。だって、こんなかわいい悪戯で、誰が傷つくというの? あたしは答えを口にする代わりに、悪戯の仕掛けの、最後の調整に入った。


「クマちゃん、クマちゃん。ごめんなさい、ちょっと手が届かないの。足場になってくれない?」

「えっ? あ、……うん。僕なんかでよければ、いいよ」

「えっと、クマちゃん? 嫌なら嫌って、言っていいからね?」

「うん。大丈夫」


 クマちゃんは大きな体に似合わず、とっても気が小さい。ううん、優しいって言い方のほうがいいわね。まあとにかく、そんな性格だから、あたしみたいな小さな動物の頼みも、全く断らずに引き受けてくれる。

 あたしはクマちゃんの背中から頭までを駆け上った。(ただでさえ大きいクマちゃんだけど、立ち上がった時は、それはそれはおっきいの!)それから木の上の、草を編んで作った籠につないだ、蔦の強度を確かめる。それから葉っぱで籠をカモフラージュ。


「ねえ、ヘビちゃん」


 低木に生えたラズベリーを食べていたヘビちゃんに、あたしは声をかけた。


「なあに?」

「そこから、籠は見えるかしら」

「んー……」ヘビちゃんは少し場所を変えつつ移動して、「少し、見えるかなぁ。ほら、この角度だと籠の右下が、ちょっとだけ」

「あら、そう? でも、そのくらいならいいわ」


 あたしの言葉に、コマドリちゃんが首をかしげた。


「え? いいのかい? 君のことだから、完璧に隠しきるものかと思っていたのに」

「少し見えるくらいがいいの。そうすれば、見破れなかった時の悔しさもひとしおでしょう」

「さすがリスさん。とっても愛らしい性格だ」


 コマドリちゃんの嫌味を聞き流して、あたしはクマちゃんの背から滑り降りた。あとは蔦にくっついた葉っぱに、石を砕いて作った塗料で一言、『危険・ぜったい引くな』と書いた。


「さ、みんな。隠れましょ」


 ヘビちゃんとコマドリちゃんは面白がって、クマちゃんはちょっと不安そうに、各々すぐ近くの草むらに姿を隠した。ただ一匹、キツネちゃんだけは残っている。


「あの籠の中身、聞いてもいいかな」


 キツネちゃんは、あたしを疑っていることを恥じてか、少し申し訳なさそうだった。


「いいわよ」あたしはキツネちゃんの体によじ登り、耳元でそっと囁いた。「あの中はね――」


 その答えを聞いて、キツネちゃんはほっと肩の力を抜いた。


「なんだ、安心した」

「何よ、石でも詰めてると思ったの? 無理よ。そもそも、あたしの小さな体でどうやって石を運ぶのかしら?」

「そこは是非、良心の呵責でためらって欲しかったなあ」


 キツネちゃんはクスクス笑って、皆と同じように木の陰に姿を隠す。あたしもそそくさと木のうろの中に体をねじ込んだ。

 それから間もなく。


「おーい、遅れて悪かったな、俺が来たぞ!」


 あたしはうろから片目を覗かせ、下の様子を見守った。乱暴に草を踏みながら、アライグマちゃんがやっと待ち合わせの広場に現れた。


「なんだよ、誰もいないのか?」


 普段なら、遅れたのが誰であれ、その子が来るまでみんなで待っているのだ。なのに今日に限って誰もいない。待ち合わせに遅れたことのないキツネちゃんとクマちゃんもいないのだ。

 ようやくおかしいと気づいたのだろう、アライグマちゃんは声を荒げた。


「おいっ、なんでいないんだ!」


 それから、アライグマちゃんの目が、『危険・ぜったい引くな』とあたしの筆跡で書かれた蔦に向いた。よしっ。そうよ、アライグマちゃん。さあ引いて!


 しかしアライグマちゃんはあたしたちの予想に反して、蔦を引きはしなかった。単純なアライグマちゃんなら、間違いなく引っ張ると思ったのに。どうして?


 理由はわからないけれど、アライグマちゃんはとても怒った。蔦を殴り飛ばし、籠が木の向こうに飛んで行った。そのまますごい勢いで地団駄を踏む。しまいには足元の石を手当たり次第に投げ飛ばしはじめた。


 きゃあっ! 今クマちゃんの方に飛んでったわよ! クマちゃんは体も大きいし、小石が当たったくらいではビクともしないだろうけど、万一目にでも当たったら大変だわ。大丈夫かしら。

 そっと様子を見やると、クマちゃんはビクビクしてこそいるが、元気そうだった。どうやらぶつからなかったみたい。あたしはそっと胸をなでおろす。


 あたしと同じくそれを見ていたのか、キツネちゃんがすぐに観念して姿を現した。また癇癪を起こされて、誰かが怪我したらたまらない、そう思ったのだろう。


「ま、待って! ごめん、いるよ。だから石を投げないで!」


 悪戯を途中でネタばらしするのは嫌だけれど、肝心の仕掛けも壊されてしまったし、仕方ない。そう思って、あたしも木のうろから飛び出した。

 それにつられて、全員が木の陰から出てきた。あたしは上目使いで、アライグマちゃんの「なんだよ、いるんならさっさと出てこいよな」の声を待った。アライグマちゃんは怒りっぽいが、その怒りは持続しない。ぱっと怒ると、すぐに笑顔になるのがアライグマちゃんだ。


 だのにこの日に限って、アライグマちゃんは眉間にしわを寄せたまま、あたしたちを順繰りに睨みつけた。


「へえ、全員揃ってたってわけだ。なのに俺が来た時には、誰も待ち合わせ場所にいない。なんだよ、遅れてきたのがそんなに悪かったのか? え?」


 アライグマちゃんの声があまりに冷たくて、あたしはちょっとの間、あっけにとられて黙ってしまった。いつものアライグマちゃんらしくもない。

 皆同じことを思ったみたい。顔を見合わせて、バツが悪そうに、けれどどこか不審そうに黙り込む動物たち。最初に声を出せたのは、またしてもキツネちゃんだ。


「ごめんよ、悪気はなかったんだ。ただ、アライグマくんを驚かせようと思っただけで――」

「ああなるほど。確かに驚いた。俺を除け者にするほど、お前らが俺を嫌ってるとは思いもしなかったよ!」


 今にも殴りかかりそうな勢いで、アライグマちゃんはキツネちゃんに詰め寄った。今度はコマドリちゃんが加勢する。


「落ち着けよ、アライグマ。誰もそんなことは言ってないだろ」

「うるさいっ。ぴよぴよ鳴くばっかりの弱虫(チキン)は黙ってろ!」


 この言い分には、あたしもちょっとカチンときた。


「アライグマちゃん! いくら何でもそんな言い方!」


 キツネちゃんの頭の上に乗って、アライグマちゃんに視線を合わせる。すると、ぬっと前足が伸びてきて、アライグマちゃんはあたしのしっぽを乱暴に掴んだ。


「きゃあっ。やめて、痛い!」

「お前、また何か企んでいただろ。誤魔化そうったってそうはいかないからな! 蔦にお前の字が書いてあったんだ。今度は何をしようとした? 言えるもんなら言ってみろ!」

「はなしてっ。アライグマちゃんっ」


 あたしは痛くて怖くて、ただそれを叫ぶのが精一杯だった。やがてアライグマちゃんの前足から乱暴に解放される。涙の混じった視界には、アライグマちゃんの前足にヘビちゃんが絡みついているのが見えた。


「ちょーっと、やりすぎだよ。アライグマくん」

「てめえ、ヘビ! 痛えんだよ!」


 アライグマちゃんが前足をかばっている。どうやらヘビちゃんが噛み付いて、その拍子にあたしを離したようだ。ヘビちゃんの牙に毒はないけれど、彼女の全長はかなり長い。その巨体が生み出す力は強く、もしも本気で戦ったら、あたしたちの中じゃあ、クマちゃんくらいしか勝てないんじゃないかしら。クマちゃんが本気で戦えれば、だけど。

 コマドリちゃんがあたしのそばに降り立って、その翼で滲み出た涙をぬぐってくれた。クマちゃんが次ぐ暴力からあたしたちを守ろうと、前足であたしたちを抱え込む。


「レディに乱暴するなんて、紳士のやることじゃないな」

「ぼ、暴力は、だめ」


 おとなしいはずのクマちゃんにさえそう言われ、アライグマちゃんはたじろいた。優しい性格とはいえ、クマちゃんはクマなのだ。アライグマちゃんとは体躯が違う。

 アライグマちゃんはおろおろと落ち着きなくあたしたちを見た。それから、ぐっと前足の指を握りしめ、叫ぶ。


「ああそうかよ、お前ら全員、俺にいなくなれって思ってるんだな?

 じゃあいいさ! 俺はこんな森出て行ってやる。もう二度とお前らの顔を見なくていいと思ったら、せいせいするさ!

 あばよ!」


 泣きそうな声で怒鳴るアライグマちゃん。あたしたちは互いに顔を見合わせながらも、どうしたらいいかわからなくて、その後ろ姿を追いかけることができなかった。


 ほんの数日後、そのことをどれほどか後悔するとも知らずに。


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