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武具乙女  作者: ふきの精
第三章
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エピローグ



チチチ、チチチ……


 


 「んん――」




 なんだろう……すごく重たい……。

私は重いまぶたをなんとかあけようとする。

このままいつまででも寝ていたい感覚に囚われるけど……。



 うぅんんん、だめだぁ……まぶたが持ち上がらない。

やっぱりこのまま気持ちよく寝ていよう……



 ――ん? なんだか頬に水滴が落ちてくる。ポタリポタリ……

雨かな? もし雨だったら寝てるわけにはいかないよね。


 なんとか頑張ってまぶたを開いていく。私の目に最初に入って来たのは



 「エンテ?」


 大粒の涙をこぼして泣きながら、

頑張って笑顔を作ろうとしているエンテの顔だった。


 「ん……おはよう」



 「――!! おはようございます、マスター!!」




 そのまま私に抱きついてくるエンテ。

寝起きでよくわかんないけど、とりあえずしばらくはこのままでいいかな。






 その後私は魔人との戦いの後に倒れた事を聞かされた。

あぁ、やっぱりあれだけ精力薬を飲んだら何かしらの影響は出るよねぇ……。


 ここはメレテクトの町にある、王家の客人を泊める為の邸宅なんだとか。

驚いたことに、どうやら私は一カ月近く眠ったままだったみたい。

頭はなんとなくまだぼんやりとしているけど、

そんなに長く寝てた感覚はないんだよねぇ。


 私が目を覚ましたことを聞いて、すぐさまみんなが集まって来た。

ふふっ、みんな泣いちゃってこっちまでもらい泣きしちゃったよ。

でも心配かけたみたいで、ごめんなさいだね。



 私は一人一人を抱きしめて、みんなの温もりを感じていく。


 「お嬢様……もしお嬢様がこのまま目覚めなかったら

 私どうすればいいか……」


 うんうん、ウイナは私が寝てる間、

みんなをまとめてくれてたみたいだね。心配かけちゃってごめんね。


 「主様……」


 ふふっ、ジュネらしくないね。

でもそれだけ私が目覚めなかった事がショックだったんだね。

また一緒に寝ようね。でも耳たぶを噛むのはだめだからね。


 「姫様。姫様ぁぁ」


 普段キリッとしているメビウスが大泣きしながら抱きついてくる。

寝てる間ずっと私を守ってくれてたんだよね。本当にありがとう。


 「ますたー……ますたー……

 もう……起きてこないんじゃないかって……ふぇぇふぇぇん」


 アドナの中で堪えていた感情が爆発しちゃったみたいだね。

不安にさせてごめんね。もう大丈夫だから。

気のすむまで私の胸で泣いていいからね。


 「お嬢……おはよう」


 おはよう、ディナーナ。かなり寝坊しちゃったみたいだけどね。

ふふっ、感情を抑えてるのはディナーナらしいね。

でも尻尾をそんなに振ったらテーブルにぶつけちゃうよ。


 「我が君……私の力が至らないばかりに。もうしわけござい――」


 イリアが謝ることなんてないよね。私はその言葉を抱きしめることで止める。

一日しか一緒にいられなかったからね。これからはずっと一緒だから。

イリアにもこの世界を楽しんで貰いたいよ。



 その日はみんなといろんな話をした。

私が寝ている間に、色んな事があったみたいだね。

でも一度にみんなが話しかけてくるから、聞きとるのが大変だったよ。

あとジュネがいつもの調子に戻って、いつも以上にべったりしてくるんだよね。

私は別にかまわないんだけど、許さない存在が一人。

そう、エンテだね。


 いつものようにぐぬぬと睨みあってる姿を、みんな笑顔でみている。


 「ふふっ、やっといつもの調子に戻ったようです」


 ウイナが笑いながら目じりにたまった涙をこすりつつ呟く。

ウイナの言うとおり、エンテとジュネはこうじゃないと。


 あと王様が見舞いに来てくれてたのはびっくりだったね。

町を発つ前に挨拶をしておかなきゃ。



 カラルさんはまた旅に出たみたい。

ただ言付けで「また戦うのを楽しみにしている」だそう。

いやいや、正直疲れるからもう戦いたくないんですけど。

でも、バースダイアモンドリングも頂いたしちょっとくらいはいいかな。


 グリティーヌさんとギュイさんとルルカちゃんという

三人組みは今度バルーザの町にお礼に来てくれるんだとか。

ルルカちゃんて誰だろうと思ったら、

あの時戦場にいたもう一人の魔人だったみたい。


 うん……味方でよかったよ。私は改めて[白銀一閃]のスキル説明を見る。

もし問答無用で悪魔・アンデットに攻撃だったら

一緒に攻撃しちゃってたからね。


 どうも魔人を倒してまわる謎の組織というのが、

グリティーヌさん達のことのよう。

まさかこんなところで謎の組織の正体が分かるとは思わなかったね。



 さて、それじゃあそろそろ寝ようか。

今日はちょっと窮屈だけど、みんな一緒に寝ることにしたよ。

床に何枚もの毛布をしいて、みんなでごろ寝だね。


 明りを消したのは良いけど、みんななかなか寝付かない。

というか私も寝続けたせいなのか、全然眠くならない。

結局いつのまにか眠ってしまうまで、

みんなでおしゃべりの続きをしたのはいうまでもないね。





 パーラサス国、その王都ノイエンティス。


 「あらギュイ、ちょうどいいところに来たわね」


 グリティーヌが部屋に入って来たギュイを見て微笑む。

ルルカは気にするでもなく、机の上に置いてあるお菓子に手を伸ばす。


 「……姉貴がそう言う時は、いい時じゃないんだけどな」


 ギュイは姉が何を言い出すのかと身構える。


 「私をなんだと思ってるのよ。ヤトちゃんが目を覚ましたそうよ」


 その言葉に、ギュイとルルカは顔を見合わせる。


 「そうか! そいつはよかった。俺と姉貴の命の恩人だからな」


 「二人だけじゃない。みんな助けられた」


 「ルルカちゃんの言う通りよ。

 あの場にいた者全ての命の恩人といえるわ。メレテクトの町も含めてね」


 災害級の魔人。どうあがいても勝ち目はなかった。

この大陸にアレと戦えるものがどれほどいるというのか。

少なくとも人がいくら集まったところで、勝ち目はなかっただろう。

まだ見ぬ上位竜や伝説にある神獣などでもなければ……。



 「というわけだから、ギュイは私とルルカちゃんをバルーザまで運びなさい」


 すでにメレテクトの町を発ってバルーザに到着しているのは確認している。


 「えぇ、二人も運ぶのかよ。二人同時にとか、疲れるのも二倍なんだけど。

 先に俺とルルカとで行くから、姉貴は馬車ででも――」


 「い、い、か、ら、運ぶのよ! 

 あと姉貴じゃなくてお姉さまだって、何度言ったら分かるのかしら!」


 「へっ、絶対にいわねぇよ!」


 姉弟がぐぬぬと睨みあう。

それをルルカはお菓子を頬張りながら眺める。いつものことだと。




 

 メレテクト王宮



 「よぉフジン。どうやらお嬢ちゃんには断られたみたいだな」


 カラルは一人酒を飲むメレテクト王を見て、にやりと笑う。


 「ふん、まぁ駄目もとで言ってみただけだ。

 それよりも妃達は先に休んでいる。ひさしぶりに酒に付き合え」


 フジンはグラスをもう一つ出すと、カラルに席に座るよう促す。



 「じゃあ久しぶりに戦友と飲むとしようか」


 二人はそのまま無言でグラスを傾け合う。

静かな……それでいてゆっくりと滑らかな時間が流れる。



 「そういえば……」


 カラルが思い出したように言葉を発する。


 「なんだ?」


 「精力薬、全て渡したんだろ? 夜の生活は大丈夫なのか?」


 「ぶーーっ!!」


 その言葉に、思わず酒を噴き出すフジン。


 「おいおい、酒がもったいねぇな」


 「ごほっごほっ……お前が変なことを言うからだ!

 だいたい薬なんぞ使わなくとも、問題ない」


 多少強がっているなとカラルは蒼い眼を光らせる。


 「クワドラプルがつまんねぇことで力をつかうんじゃねぇ!」


 「くっくっく、悪かったよ」


 カラルの蒼い輝きが消えていく。


 「しかし……ヤトにはまだ恩賞を渡しておらん。仕えなくともかまわんが、

 この国を救ってくれたものだ。なにかしてやりたいのだが……」


 「精力薬はもうないしな」


 「…………」


 フジンは何か言ってやろうと思ったが、からかわれるだけだと思い口を閉ざす。


 「ふむ……俺からの提案なんだが……

 この国の宝物庫にある武具を見せてみたらどうだ?」


 「武具? ヤトには武技大会の時に使っていた見事な武具があるだろう。

 剣に槍に斧に盾。あれだけの武具を使いこなしていれば、必要がないと思うが」


 「いや、どうかな。あのお嬢ちゃんは武具を集めるのが好きみたいだからな」


 カラルはヤトの仲間達がみんな武具であり、人化していたことを思い出す。

フジンには黙ったまま。


 (どういう理屈で人化しているのかわからんが、

 この国の宝物庫を見せたら喜びそうだ)


 「ふむ……お前がそう言うのならばそうなんだろう。

 気にいったのがあるかわからんが、

 もし欲しいものがあればそれを褒美とするとしよう

 なんといっても武具乙女だからな」


 「俺は黒髪の破壊天使って二つ名も好きだがね」


 その後も朝方まで二人の男は酒を飲みかわした。

この国を救った少女の話を肴にして。






 バルーザの町 騎士団本部



 「団長、お嬢ちゃんが来たってほんとですかい!?」


 団長室に勢いよく入ってくるガムン。

それを書類をとじながら、眉をひそめて見つめるティーレ。


 「ガムン君、もう夜も遅いんだ。少しは静かに動きたまえ」


 「す、すいません」


 「ふふっ、ヤト様が来たのは本当だよ。

 武技大会の話を聞かせてもらえたよ。そのあとの魔物の侵攻についてもね」


 すでにヤトが武技大会で優勝したのは知っていた。

その報せとともに魔物の大侵攻が発生したということも。

隣国であるベルト国にも援軍要請が届いた。

バルーザの町からも第二騎士団を中心に援軍が送られたが……

部隊を編成し、メレテクトへ向かってしばらくして戦いが終わったと聞かされた。


 あまりに速い決着に、大侵攻の規模が大したことなかったのだろうと考えるも

その後に入ってくる情報にそれが間違いだったと思い知る。

魔人の出現。六眼竜の出現。そして、それを退けた少女の存在。


 少女の詳細は伏せられた。

しかしティーレはそれがヤトのことだと確信に近いものを感じた。


 「どこまで羽ばたくか楽しみだったけど、

 私の想像すら軽く飛び越えてしまうとはね」


 「しかしそれほどの力を持っているとなれば、

 王都の連中も黙っていないんじゃないですか」


 ガムンは王都の貴族たちを頭に浮かべる。

それほどの力を持つものがこの国にいれば、

無理にでも仕えさせようとするのではないだろうか?

それをティーレは笑みを浮かべて否定する。


 「王都の貴族たちはうごけんよ。ベルト王家がまず許さないだろう。

 メレテクト王家、パーラサス王家、ハンターギルド……

 この三つがヤト様の支援を影ながら行っているそうだ」


 「パーラサスまでですかい!?」


 パーラサスはこの大陸の中央に位置する、ある意味大陸の中心たる大国だ。

そしてハンターギルドは大陸全土に力を持つ。

少なくともベルト国の貴族たちが自分達の都合でどうこうできる相手ではない。


 「それに第二騎士団も黙ってはいない……だろう?」


 ティーレのセリフに頷くガムン。その姿に満足そうに微笑むティーレ。


 

 (まぁ一番黙っていないのは、ヤト様の仲間達だろうがね)


 ティーレはヤトを守るかのように立つ七人の乙女を思い出す。

その美しくも可憐で優美なる者達を。





 


  バルーザの町の遥か南、紫水晶の魔窟。


 

 「どうやらここが最奥みたいだね」


 ヤト達は薄紫色の輝きで包まれている壁を見つめる。

ヤトの新たな目標。それは武具乙女たちを集めること。


 「ふふっ、やっと当たりを引いたみたいだよ」


 ヤトの喜ぶ声に、エンテが反応する。


 「では新たな仲間が!?」


 エンテの問いに頷くヤト。

満面の笑顔で壁に向かって走っていく姿を、ウイナ達が温かな目で見つめる。

その壁にはヤトにしか見えないギフトシンボルが刻まれている。



 「さぁ、どんな子が出てくるかな」



 ヤトはその手をギフトシンボルへと伸ばす。

黒い瞳をキラキラと輝かせるその姿は、まるで宝物を見つけた子供のよう。


 そんなヤトに続くエンテ達。

この小さくて子供のようにはしゃぎながらも、

自分達を包み込む優しさを持ち合わせた少女。

彼女と永久に供にあろうと。



 「んー……どこかな……!? あった!」


 ヤトは喜びの声とともに、ギフトシンボルから武具を取りだす。

取り出すとともにギフトシンボルが消え去った。



 「これは……!?」


 





 大陸を巡る黒髪の少女とその彼女を支えた乙女達。

その存在はいくつもの伝説を残しながらも、忽然と姿を消す。


 この大陸のどこかで乙女たちとともに住んでいるとも、

どこか別の世界へと渡ったとも囁かれるが誰も真相を知るものはいない。


 一つだけ確かなのは、

今もどこかで乙女たちに守られ、愛され、

時に迫られながらも深い絆で結ばれた少女が物語を歩み続けていること。

いつまでも。



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