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お湯を紅茶に見せかける没落貴族とポーションで顔を洗う成金令嬢、どっちが真のエリートか決めようじゃないか  作者: 寝不足魔王


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【第三部:従者と友人を巻き込んだ代理戦争】前編

 学院の広大な屋外演習場。本日の共同実習は、上空を不規則に飛び交う『魔導標的』をペアで同時に撃ち抜く『同調射撃』だ。

 アレンとリリアーヌを繋ぐ『一蓮托生(共感覚)の契約』は、彼らが意図しない領域まで暴走を始めていた。


「……っ、何だ、これは」

 杖を構えたアレンが、思わず眉間を押さえてよろめいた。

 自分の視界の右半分に、リリアーヌが見ている「黄金色に輝く派手な照準」が、強烈な発光と共に重なって映り込んだのだ。


「あんたこそ、余計なものを流し込まないでくださる!? 私の視界が、あんたのネチネチした『術式定数』だらけの景色になって、標的が見えませんわ!」

 リリアーヌもまた、自分の目に映るアレンの「モノクロで精密すぎる世界」に混乱し、杖を振り回している。


 契約による感覚共有は、ついに『視覚の同期』にまで至っていた。

 アレンの目には、リリアーヌが放とうとしている「出力過剰なマナの渦」が網膜を焼くほどのノイズとして映る。リリアーヌの目には、アレンが冷静に捉えている「標的の微細な駆動核」が、針穴のような一点として強調されて見える。


「……静かにしろ、酔うではないか! 貴様の視界を利用する。その無駄に派手なマナ、僕が『型』にハメてやるからそのまま放て!」

「勝手なことを! 私の魔力をあんたの狭苦しい術式に閉じ込めようなんて、一〇〇年早いですわよ!」


 罵り合いながらも、二人のマナは視覚の重なりに導かれるように、空中で一本の線へと収束していく。

 アレンがリリアーヌの視界から「空間の広がり」を借り、リリアーヌがアレンの視界から「絶対の急所」を盗む。


「……撃てッ!!」

 二人の声が重なった瞬間、演習場にこれまでにない澄んだ破壊音が響いた。

 アレンの精密な弾道に乗ったリリアーヌの爆発的な熱量が、数キロ先にある強化標的を跡形もなく蒸発させたのだ。


「「…………」」

 あまりに完璧すぎる一撃。

 だが、その直後、視覚の同期が解けた二人は、お互いの顔を見て盛大に顔をしかめた。


「……最悪だ。貴様の視界、あまりに彩度が高すぎて目が潰れるかと思ったぞ。成金趣味もほどほどにしろ」

「私のセリフですわ! あんたの目、世界が死んだ計算式に見えているなんて、よほど私生活が荒んでいらっしゃるのね!」


 協力した結果、かえって相手の「内面」への嫌悪感が増していく。

 除籍の期限を前に、二人の意地はより一層激しくぶつかり合っていた。


 深夜、ヴォルザード家の古い屋敷の一室。

 アレンは月明かりの下、一〇〇年以上前の魔導書を広げていた。古びた羊皮紙が放つカビと歴史の匂い。一文字でも解読を進め、魔力効率を上げる。それが没落貴族に残された唯一の生存戦略だ。


「……なるほど。術式の起点に逆位相のノイズを混ぜることで、マナのロスを……」


 アレンが知の深淵に没頭しようとした、その時だった。

 契約の回路を通じ、脳内に「極彩色の火花」と「けたたましい流行歌」が逆流してきた。


「なっ……何だ!? 何が起きている!」

 アレンは本を取り落とした。

 視界が明滅する。そこにあるのは暗い書斎ではなく、無数のドレスが舞い、黄金の金貨が雨のように降り注ぐ、悪趣味なまでに華やかな「夢」の断片だった。


「……ゴールドベルク嬢ッ!! 貴様、こんな深夜にどんな夢を見ているんだ!」


 一方、ゴールドベルク邸の天蓋付きベッド。

 シルクのパジャマに身を包み、優雅に眠りに落ちようとしていたリリアーヌは、突如として襲ってきた「精神的な重圧」に飛び起きた。


「……何ですの!? 目の前が真っ暗で、カビ臭い数式がゲシュタルト崩壊を起こして迫ってきますわ! 怖い、怖すぎますわよ!」


 アレンの「執念に近い勉強」が、睡眠中のリリアーヌの脳に『怪談』のような恐怖として侵入していた。対してアレンの脳内には、リリアーヌの「強欲な欲望」が物理的な頭痛となって響き渡る。


「……おい、リリアーヌ! 早く寝ろ、そしてその『金貨の雨が降るパレード』の夢を止めろ! 脳が焼ける!」

「あんたこそ、その呪文の羅列を私の夢に放り込まないでくださる!? 悪霊に追いかけられる夢より寝覚めが悪いですわ!」


 距離にして数キロ離れた場所で、二人は同時に枕を壁に投げつけた。

 感覚の同期は、意識の裏側である「夢」さえも共通の戦場に変えていた。



 翌朝、学園の廊下で鉢合わせた二人の目は、これまで以上に血走っていた。


「……貴様、昨晩の三時頃、宝石の詰まったプールに飛び込む夢を見ただろう。溺れかけた感覚が伝わってきて、僕は死ぬかと思ったぞ」

「あんたこそ、朝の四時に『一銅貨でも安くパンを買うための交渉シミュレーション』を脳内で繰り返さないでくださる!? 私、夢の中でまで値切り交渉をさせられましたわ!」


 分かち合いたくない内面まで暴かれ、二人の殺意は最高値を更新するのであった。


 本日の実技演習は『対人近接防御』。木剣を手に、魔法を使わずとも身を守るための歩法を叩き込まれる授業だ。

 アレン・ヴォルザードは、没落してなお欠かさぬ日々の鍛錬により、その足運びには一点の淀みもなかった。だが、その「肉体の自律性」が、契約の回路を通じてリリアーヌへと漏れ出していた。


「なっ、なんですの……!? 私の足が、勝手に!」


 演習場の反対側で、リリアーヌの悲鳴が上がった。

 彼女は本来、運動を魔導具に任せきりの令嬢だ。しかし今、アレンの強靭な体幹と鋭い踏み込みの「感覚」が彼女の神経に逆流し、ドレスの裾を翻して鮮やかな縮地を見せていた。

 襲いかかる訓練用の人形を、無意識に最小限の動きで回避し、木剣で急所を突く。


「おーっほっほ! 自分の才能が怖いですわ……って、違いますわよ! ヴォルザード様、あんた、頭の中でどんな猛特訓を反芻していますの! 私の筋肉が悲鳴を上げていますわ!」


 一方、アレンの側にも異変が起きていた。

 一歩踏み出そうとした瞬間、全身を襲ったのは、これまでに経験したことのない「異常なまでの虚弱感」だ。


「っ……、身体が、重い……。何だ、この節々の緩みは……!」


 リリアーヌの「最新魔導具に甘やかされ、一歩歩くのすら面倒だ」という怠惰な身体感覚が、アレンの強靭な肉体にデバフとして降りかかっていた。

 さらに悪いことに、リリアーヌが昨日「贅沢なフルコース」を平らげた後の、あの独特の「身体が重くて動きたくない」という倦怠感までが、空腹のアレンの神経を麻痺させる。


「……ゴールドベルク嬢。貴様、どれだけ……身体を甘やかしているのだ……。剣が、羽毛のように……力が入らん……」

「失礼ですわね! 私は最新の美容魔導具で常にベストコンディションですわ! あんたのその、無駄に鍛え上げた野蛮な感覚こそ、淑女には毒ですわよ!」


 俊敏に動き回りながら、自分の足に振り回されるリリアーヌ。

 岩のように硬直したまま、立ち上がるのすら億劫になっているアレン。


 その光景は、周囲のエリート生徒たちには「アレンがリリアーヌに圧倒的な回避術を伝授し、自分はあえて動かず隙を見せない高等戦術」にすら見えていた。


「……最悪だ。身体の自由まで奪われるとは。貴様が……貴様がもう少し、日常的に歩き回っていればこんなことには……」

「あら、私は金で時間を買っているのですわ。あんたがもっと、優雅に過ごしていれば私の筋肉痛も防げましたのよ!」


 肉体の境界線すら曖昧になった二人は、不本意な身体感覚の共有に、かつてない疲労を抱えることとなった。



 学園の昼下がり。アレンは中庭のベンチで、共感覚によって伝わってくるリリアーヌの「豪華なデザートの甘み」に胸焼けを起こしていた。

 そこへ、アレンの友人カイルが、鼻息も荒く駆け寄ってきた。


「アレン! お前の苦労は分かっている。ゴールドベルクさんのメイド、ベルさんに直談判してきたぞ!」

「……は? 貴様、今さら何を……」


 カイルは自信満々に、背後に控えていたベルを指し示した。ベルの手には、ヴォルザード家の台所ではお目にかかれないような、白銀の保冷箱が握られている。


「彼女に伝えたんだ。お前が契約のせいで衰弱しているのは、栄養が足りないからだと! だから、彼女が気を利かせて『最高級の滋養食材』を持ってきてくれたんだぞ!」


 アレンの顔から血の気が引いた。リリアーヌのメイドから、公衆の面前で施しを受ける。それはアレンにとって、死よりも耐え難い屈辱だ。

 だが、ベルが箱を開けて取り出したのは、アレンの想像とは異なるものだった。


「カイル様から、アレン様が『伝統的な野草の滋養』を好まれると伺いました。ですので、我が商会の薬草園に生い茂っていた、最も『野性味の強い』雑草の根をご用意いたしましたわ」


 ベルが差し出したのは、泥すら落としきっていない、見るからに苦そうな「ただの根っこ」だった。


「……え?」

「お嬢様も仰せでした。『あの方には、その辺の泥がついたものがお似合いですわ』と。さあ、どうぞ。お嬢様の健康維持のためにも、アレン様にはこれを完食していただかなくては」


 カイルは「良かったなアレン! 本場の野草だぞ!」と肩を叩く。だが、アレンは絶望に瞳を揺らした。

 これは「善意」を装った、リリアーヌからの強烈な皮肉だ。彼女は共感覚を通じて、アレンが昨日「野草の根」を食べていたことを知っており、わざわざ同等――あるいはそれ以上に惨めなものを「差し入れ」として用意させたのだ。


「……セバス、いるか」

「はい、坊ちゃま。影から見守っておりました」

 どこからともなく現れたセバスが、ベルの手にある泥付きの根を冷徹に検分した。


「ベル殿。……我が家の庭に生えているものに比べ、随分と『甘やかされた』育ちの草ですな。栄養過多で、坊ちゃまの繊細な胃には毒です。お引き取り願いたい」

「あら。お宅の坊ちゃまが餓死して、お嬢様の魔力回路が汚染されるよりはマシかと思いまして。……それとも、没落した誇りでは、お腹は膨らみませんか?」


 従者たちの間で、火花が散る。

 アレンはカイルの無邪気な笑顔と、ベルの冷ややかな視線の板挟みになり、胃を抑えて蹲った。


「……カイル。貴様、後で覚えていろ。……セバス、その草は……。……捨てるわけにもいかん。持って帰れ。家畜の餌にでもする」

「承知いたしました、坊ちゃま。……今夜は『最高級の野草の根』のソテーですな」


 アレンの誇りは、友人の親切とリリアーヌの意地悪によって、完膚なきまでにへし折られていた。


 学園の女子寮、リリアーヌの豪華な私室。そこにはリリアーヌの友人であり、新興貴族の娘であるミーナが、一冊の手帳を手にくつろいでいた。


「ねえリリアーヌ。最近、アレン様と『感覚』が重なるとかいう、例の契約はどうなの? 観察対象として、これほど面白いケースはないわ」

「ミーナ! 面白がらないでくださる? 私は毎日、あの男の貧乏臭い思考が流れ込んできて、頭が痛いですわ!」


 リリアーヌは憤慨して言い返すが、ミーナは「ふふん」と意味深に笑い、手元のカタログを広げた。

「だったら、こうしてはどうかしら。これ、ゴールドベルク商会でも取り扱っていない、特注の『魔導感応羽ペン』よ。書くたびに指先から至福の波動が出るっていう代物」


「それが何ですの?」

「これをアレン様に贈るのよ。彼がこれを使えば、共感覚を通じて、あなたにも『書き味の良さ』という快感が伝わるでしょう? 逆に言えば、あなたがこれを贈ることで、アレン様を『快感の虜』にして屈服させるのよ」


 リリアーヌの目が輝いた。それは「施し」という名の、最も残酷な嫌がらせに思えたからだ。



 翌日。アレンは講義室で、リリアーヌから叩きつけられた銀色の小箱を前に絶句していた。

「……これは何だ、ゴールドベルク嬢」

「プレゼントですわ、ヴォルザード様。あんたの使っているその今にも折れそうな羽ペン、見ていてイライラしますの。これを使いなさいな。ゴールドベルクの慈悲ですわよ」


 アレンは一度は拒絶しようとした。しかし、リリアーヌの「使えないのかしら? 没落貴族には最新の道具を扱う指の力もないのね」という挑発に乗り、勢いでそのペンを握った。


 その瞬間。

 アレンの指先から、脳を直接とろけさせるような「究極の滑らかさ」が奔流となって押し寄せた。


「っ……!? な、なんだ、この……この抵抗のなさは……!」

 アレンの手が、自分の意思に反してスラスラと数式を書き連ねていく。これまで一〇の魔力を使っていた筆記が、わずか一で済む。それどころか、書くたびに精神が浄化されるような、中毒的な心地よさが契約の鎖を通じて全身に広がった。


(……くっ、気持ちいい……! いや、屈してはならん! これは成金の毒だ……! だが、指が止まらん!)


 一方のリリアーヌも、隣の席でのけぞっていた。

「ん、んんっ……! な、何ですの、この脳を撫で回されるような感覚……! アレン様、あんた、どんな恍惚とした顔をして文字を書いていますの!」


 アレンは「快感」に悶絶しながら文字を書き続け、リリアーヌはその「快感の余波」に当てられて顔を真っ赤にする。

 周囲の生徒たちには、二人が熱烈な恋文をやり取りして感極まっているようにしか見えなかった。


「……リリアーヌ。貴様……、よくもこんな、……こんな破廉恥な道具を……ッ!」

「あんたが……あんたがそんなに気持ちよさそうに使うからでしょう……! もう、返してくださる!?」


 アレンは屈辱に震えながらも、そのペンのあまりの性能に、ついつい次の講義でもそれを使ってしまい、さらに自己嫌悪の深淵へと沈んでいくのであった。



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