上
ある町の外れに魔女の住む森があった。陽の光が入らない鬱蒼とした森は、入れば二度と戻れず、町の人々は魔女が捕まえて喰らったのだと恐れていた。
そこで、町では年に一度森の魔女へ生贄を捧げている。生贄を差し出す代わりに、町の人に危害を加えない事を条件に。
森の奥、大きな木に少年が縛りつけられていた。少年は薄汚れた服に所々殴られた痕と血が滲んでいる。
そこへ真っ黒な服に身を包む魔女が現れた。魔女は少年の前で立ち止まり、彼を見下ろす。
「おや、人間共はまた生贄なんてものを寄越してきたのか」
魔女は頭を掻きながら溜息をつく。
彼女にとっては生贄など望んではいないし、そんなものがなくても町に危害を加えるつもりなど毛頭ないのだ。迷いやすい森で何人も迷ったまま死んでしまったことを自分のせいにされていて、ほとほと迷惑していた。
「さて、今回は何を持ってきたんだ。死体はもう勘弁してもらいたいな」
去年は死んだ老婆だった。墓を作ったりなんだのをしたことを思い出しながら、魔女は少年の顎を持ち上げる。
露になった少年の顔は、頬が腫れ上がり片目も開かないほど腫れていた。
「これはまた酷いな」
眉を潜め、少年の口元に手を近づけた。手には微かに息がかかる。
「生きてはいるな」
魔女は少年の額に自分に額を押し当てた。そして短い呪文を唱え、目を閉じて自分のエネルギーを少年へと流す。
すると、少年の瞼が動きゆっくりと開かれた。
「起きたね」
「ここ、は……?」
「森さ。お前は生贄にされたんだ」
「いけ……にえ……」
「そうさ。魔女の生贄にされたんだよ」
そう言いながら、魔女は少年の瞳を覗き込んだ。
「なるほど。お前は赤い目を持って生まれたんだね。だから生贄にされたのか」
「この目、最近赤くなり始めたんだ。初めは黒だったのに」
そう言いながら少年は歯を食いしばる。
目が赤くなり始めたことにより、町の人々の少年への態度は一変した。
友達は気味が悪いと彼を虐め、大人は悪魔の子だと彼を捕らえ閉じ込めた。母親でさえ、助けを求める彼の手を叩き落したのだ。
「僕は悪魔の子なんだ。だから、魔女の生贄になって、魔女に喰われるんだ」
「ふーん」
吐き捨てるように言った少年。魔女は立ち上がり、彼を見下ろした。
「お前がとんな奴なのかは知らないが、少なくともお前は悪魔の子なんかじゃないよ」
「え……?」
パッと少年が顔を上げる。初めて目が合った魔女の瞳は、彼と同じ赤色をしていた。
「赤い目は魔力の源だ。だから、お前の目も魔力を宿しているんだよ」
「じゃあ、僕も魔女ってこと?」
「いや? お前はただ少し魔力が備わってしまっていた、ただの人間だよ」
ただの人間だ、という魔女の言葉に、自分は化け物なのだと思っていた少年の心に深く突き刺さった。
「そっか、僕は人間なんだ」
少年の目から涙が流れる。
そんな彼の頭を魔女が撫でた。
「さて、ここからが本題だ。お前は悪魔の子だと思われて生贄にされたわけだか、それは間違いでお前はただの人間だ。お前の中の魔力を取って目を元の黒に戻してやってもいい」
「ほんとう?!」
少年はパッと顔を上げて目をキラキラとさせる。
しかし魔女はそんな少年に冷たく言い放つ。
「だが、お前はあの町に戻りたいと思うのか?」
少年の目が見開く。彼の頭に街の人たちから受けた数々の理不尽な仕打ちがフラッシュバックする。
「あ……っ……」
恐怖で怯える少年の姿を見て、彼がどれほど酷いことをされたのかは読み取れる。
魔女は少年を縛る縄を解いてやり、彼の体を包み込んだ。
「私の弟子にしてやろう。身を守る術を与えてあげるよ」
耳元でそう呟き、魔女は少年を離して彼へ手を差し伸べた。
目を丸くしている少年は、彼女の目と手をそれぞれ見合わせる。
そして、ひと粒涙を流し、魔女の手をとった。