二章・4
僕と幡宮は改札を出て、駅前の方に歩いていた。
「吉野くんはこの町、来たことある?」
「いや、ないと思う」
僕は、休日はいつも家でのんびりしているタイプだ。あまりどこかに出かける方じゃない。行動範囲はそう広くはない。
「へえ、わたしも初めて来る」
まだ時間が早いためか、土曜日の朝の駅前にはあまり人はいなかった。
「それで、どこに行くの?」
「さあねえ」
「おい」
「だからさっきも言ったじゃん。行ってから決めるって。あ、あそこに案内板あるよお」
幡宮が指差した先には、この市内の案内板があった。近づいて見てみると、そこにはこの市の施設や名所なんかがかかれていた。
「どっこっにいっこっおっかなあ」
幡宮はリズミカルにつぶやいた。
「ねえ、ここ行ってみたい」
しばらく眺めていた幡宮は案内板のある一点を指した。
「何ここ、ふれあい動物園?」
「ここからバス一本で行けるみたいだし、どうかなあ?」
「まあいいんじゃない? 動物と触れ合うことで君の性格の曲がり具合も矯正されるだろうから」
「アニマルセラピーってやつ? あはは! わたしの性格はそんなもんじゃ直らないよ。それこそ高温に熱して叩くくらいしないと」
「君の性格は金属かなんかなの?」
それならむしろ水銀って感じだ。どろっとしていて毒がある。
それに、凝固しない。唯一の金属。
僕みたいに役割でがちがちに固まっていたりしない。
「まあわたしの性格は置いといて。早速行こうかあ。バス停はあっちだねえ」
僕と幡宮はバス停から動物園行きのバスに乗り、動物園に向かった。
こんな朝早くに動物園に行くような酔狂な考えの人はいないらしく、乗客は僕たちだけだった。
バスは市街を抜け、郊外を走り、山の中に入っていった。
バスはエンジンをうならせてうねうねと曲がる峠道を進んで行く。
そのおかげで車内の僕たちも右へ左へと振られていく。
隣り合って座る僕らの肩は、車体が揺れるにしたがってくっついたり離れたりを繰り返していた。
「ねえねえ」
「何?」
「こんなかわいい女子と肩が触れ合うのってさあ、どんな気持ち?」
「いや、特に何とも」
というか自分で自分をかわいいっていうなよ。まあ確かに顔は整ってるし、目も大きくてくりっとしている。黙ってればかわいくないことはないだろうけど。
「へえ、そう? もしかして君はあれか、こういうのに慣れてんのか? お? ああん?」
「そういうわけじゃないけど。と言うか何でケンカ腰なの?」
「じゃあ女の子に興味ないみたいな人か。それならわたしちょっと嬉しいんだけど」
「違うよ」
っていうか何でだよ。嬉しいのかよ。そっちの趣味もあるんだ、この人。
「わたしは結構ドキドキしてるんだけどねえ」
「えっ?」
不意のその一言に、僕は耳を疑った。
ドキドキしてるって、今、彼女が?
横にいる彼女の顔は朝日に照らされていて、顔が赤くなっているように見えた。
まさか、なんで? つ、つまりそれって、僕のことをそういうふうにってこと……。
「……なんつってねえ! あはは! あっはっはっは!」
「え、え?」
僕が彼女の心の中を想像していると、急に彼女が大声で笑いだした。
「少女漫画じゃねえんだからさあ! はっはははあ! あれえ、君ぃ、顔赤いよ?」
「あ、赤くないっ!」
「あはは! かわいいやつだなあ、君。いいねえ、いいよお」
「うるさい!」
それから動物園に着くまで、僕は幡宮にかわいいかわいいと繰り返しからかわれた。
もう二度と幡宮の思わせぶりな言動に振り回されてたまるかと、僕は心に誓った。