二章・5
目的地である動物園は、山を登ったところにある牧場の、その一角が使われた小さいものだった。
バス停から続く上り坂を歩いて僕たちは動物園に着いた。
その動物園は名前がふれあい動物園というだけあって、自由にえさをやったり、種類によっては柵の中に入ったりできるところもあった。入園料はいらないけれど、そのえさ代とかでお金を取られる。
「ねえねえ、あそこでえさが買えるみたいだよお」
僕たちはカットされて紙コップに入れられたニンジンやレタスを買い、飼育小屋の前に行った。
「なんか意外といっぱいいるねえ」
僕たちの前には、ウサギやヒツジ、ヤギ、ポニーがそれぞれの柵の中を歩いていた。
「草食動物ばっかりだねえ。せっかくならトラとかと触れ合いたかったのになあ」
「触れ合ったが最後だろ、それは」
「吉野くん、君は動物大丈夫な人?」
「苦手ではないかな。どちらかと言えば好きなくらい」
「へえ、そうなんだ。わたしも動物は好きだよお。ペットは飼ってるの?」
「昔、犬を飼っていたよ。君は?」
「……わたしもねえ、犬を飼っていたんだあ。お別れしちゃったけどねえ」
彼女は少し寂しそうに言ったあと「あ、ウサギだあ」と言って、ウサギ小屋の中に入っていった。
やっぱ彼女でもペットが死んじゃったら悲しい気分になるんだなあ、と思いながら、僕も後をついて行き、ウサギ小屋の中に入った。
入ったとたん小さいウサギが足元にまとわりついてきた。足元をモフモフとした毛玉が走り回っているのが、なんだかおかしかった。
僕はしゃがんで、ウサギの口元に細長く切られたニンジンを近づけた。ウサギは意外に力強く口でニンジンを引っ張り、高速で口を動かしてそれを食べた。うん、結構かわいい。
幡宮はと言えば、
「んふふう! ほれほれ、はべろー」
と、右手で持った紙コップから自分の口でニンジンを引き抜き、それを口渡しでウサギに食べさせていた。おかげで何言ってるのかあまりわからない。
それにしても、そんなふうにして衛生面とか大丈夫なのかな? 僕はそう思ったけど、動物に詳しくないからわからない。せめて、動物に幡宮の性格が感染しないことを祈ろう。
しばらくウサギを観察していると、肩をトントンとつつかれた。
「ん?」
振り返ると、別のところを見ている幡宮がいた。
「ウサギ飽きたあ。次行こうよお」
「ああ、うん」
自由だなあ。
僕たちはウサギ小屋を出て、次の動物のところに向かった。
「あ! 次あそこ行こう」
そう言って幡宮はポニーのいる方に小走りで向かった。
そこには三頭のポニーがいた。うち二頭は元気に走り回っていて、そしてもう一頭は少し離れたところでのんびりと座っていた。
僕たちが近づいて行くと、走り回っていた二頭がこっちに気がついて駆け寄ってきた。ニンジンの匂いを嗅ぎつけたんだろうか?
「すっげえ! でっけえええ!」
幡宮は興奮ぎみに声を上げた。確かに気持ちはわかる。なぜだかポニーを見るとテンションが上がる。
さすがにポニーの柵の中には入れないけど、柵の外からエサをやることはできるので、僕たちは柵の外からニンジンをポニーの口に運んだ。
かわいらしかったウサギとは違う、もはや馬って感じの迫力に最初は少し怖かったけど、慣れてしまえば意外とかわいいものだった。
幡宮は、さすがに口移しでは無理なので(最初はやろうとしたけど僕が止めた)容器を足元に置いて、右手でやっていた。
「ふへへ、よだれを垂らして馬鹿面をさらして餌をねだるとは、野生の血はどこへやったんだあ? ん、ん、あれ? ウマが馬鹿面っておかしいなあ。ここにシカはいなかったっけ?」
「また何馬鹿言ってんの? シカはいないよ。それにウマじゃなくってポニーだろ」
「細かいなあ君は」
「君がおおざっぱというか、適当すぎるだけだろ。……ん? 誰か出てきた」
奥のポニーの厩舎から作業着を着た男の人が、手にバケツを持って出てきた。
すると、奥の方でじっと座っていたポニーが、なんとなくぎこちない動きでその男性の方を向いた。
「あっ、あのポニー……」
そのポニーを見た幡宮が声を上げた。
「どうしたの、幡宮?」
「後ろ足がない」
「えっ……?」
僕はそのポニーをよく見てみた。
幡宮の言う通り、たしかにそのポニーの右後ろ脚は、他のポニーに比べてだいぶ短かった。
「あ、幡宮、これ」
僕は柵のところに掛けられていた看板に気づいた。
そこには、
『ここには三頭のポニーがいますが、そのうちの一頭、ユータは後ろ脚を事故により失いました。我々飼育員は彼が健康でいられるように毎日大切に見守っています。皆さんもユータのことを温かく見守っていただけると幸いです』
と書かれていた。
そのユータというポニーは、さっき座っていたところから少しは足を引きずりながら動いたけど、そこでまた座ってしまっていた。そしてそこで、飼育員が来るのをじっと待っていた。やはり上手に歩けはしないみたいだ。
幡宮はどう思うんだろう? いくら幡宮でも、やっぱり自分と同じような境遇だから、同情くらいするんだろうか?
僕は幡宮がどう思っているのか気になって、彼女に聞いてみた。
「ねえ幡宮。やっぱりああいうのは君でも何か思うの?」
「……そうだねえ。思うところはあるねえ」
「そうか。君でもそう思うんだ」
僕はてっきり彼女も同情しているものだと思ったけど、その次の言葉で僕は自分の勘違いに気づくと同時に、また思い知った。
彼女は、幡宮は、一筋縄ではいかない人だってことに。
「うん。…………心底ムカつくよねえ」
「は?」




