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七章

 登校したらまず靴が無くなっていたので、僕は職員室でスリッパを借りた。

 先生に何か事情を聞かれたらどうしようかと思ったけれど、特に何も聞かれなかった。


 聞いちゃうと関わらざるを得なくなるからだろうか? まあこっちとしても、聞かれたいわけじゃないからいいんだけど。


 スリッパをペタペタと鳴らしながら廊下を歩く。いつもなら誰かにあいさつくらいされるんだけど、今日は誰にもされなかった。その代わりと言うのか、避けられたりじっと見られたりした。


 有名人になった気分だ。


 自分のクラスについてドアを開けると、教室の音が一瞬全部なくなった。


 ああ、なるほど。こっち側から見る教室って、こんなのなんだ。


 手が震える。足が前に出ない。教室に、入れない。


 ああ、キツイなあ。これ。思ってたよりも。


 あ、無理だ。これ。


 帰りたい。


 「ほら、こんなところで立ってたら邪魔になるよお」


 僕が立ちすくんでいると、後ろからそんな声が聞こえるとともに、背中をポンと押された。


 押された僕の体は、普通に教室に入った。


 「こんなので怖気づいてたら持たないよお?」


 「幡宮……」


 「おはよう、吉野くん。ほら、さっさと座っちゃおう。それで座ったら空気になりなあ」


 幡宮は僕の横をすっと通り抜け、自分の席にすぐに座った。


 なるほど。座ってしまえば注目を集めずに済むのか。


 僕も彼女に習い、急いで自分の席に着いた。


 机の中をのぞいてみたけれど、別に汚されたりはしていなかった。昨日の今日じゃ、靴を隠すくらいしかできなかったわけだ。


 逆に言えば、昨日の今日でもうこんなことをされているわけだけれど。


 それにしても、これだけ学校全体が一気に変わるなんて驚きだ。よく統制された軍隊みたい。トップの号令で、みんなが同じ方向を向く。


 幡宮の方を見てみれば、彼女はいつものように本を読んでいた。ああ、僕も何か持ってくればよかったな。誰とも話せないから暇だ。


 幡宮はちゃんと、あのリュックを持って来ていた。洗えたのかな?


 だけれど中身はきっと濡れていたから使い物にならないはずだ。


 席替えで隣に来て教科書を見せろとは言われたけど、そんなに上手くいくかな?


 しばらくすると先生が教室に入ってきてあいさつをした後、席替えに使うくじを取り出した。


 さてさて、彼女の隣に行けるように頑張らないと。



                   ○



 「先生、教科書がないので隣の吉野くんに見せてもらいます」


 彼女はそう言うと、自分の机を引きずって僕の机にくっつけた。


 教室が一瞬ざわついたけれど、すぐに落ち着いた。


 僕の気持ちは落ち着いてはいなかったけれど。


 「いやあ、まさか本当に隣になれるとはねえ」


 隣の彼女が小声でそう言ってきた。


 「僕が一番びっくりしてる」


 今朝の席替えで、僕は窓際最後尾と言うなかなか良い立地になった。そして、その隣に幡宮が来た。


 なんと言う偶然か、それとも神様の情けか。


 とにかく僕と幡宮は隣同士になれた。


 僕は教科書を僕と幡宮の机の真ん中に置いて、一緒に見た。


 これからしばらくは、ずっと一緒にいられる。授業中だけじゃない。休み時間とかだって、隣同士なら気楽に話せる。


 授業が終わっても、彼女は机を元に戻さずにいた。


 「いや、戻れよ」


 「いいじゃん別に。どうせこのあとも教科書見せてもらうんだしさあ」


 そう言って彼女は動こうとしなかった。


 クラスの人たちは授業が終わると、僕たちに様々な感情が入り混じった目で見てきた。だけど直接何かを言ってくる人はいなかった。


 まあ周りのことなんて気にするだけ無駄だ。僕と幡宮はいつも通り、週末に二人で会っていたときみたいに話した。


 その時間は、とても楽しかった。



                    ○



 「あ、そうだ」


 「どうしたの?」


 「妹さんが言っていたよ。ライトは元気だって」


 「ああ、そうなんだあ。よかったあ」


 「ライトって?」


 「昔飼ってた犬の名前。別れた時に向こうに行っちゃったんだあ」


 「そうだったんだ」


 「ライトっていうのはねえ、左っていうのと光っていう意味」


 「へえ……いや、ライトは右でしょ。左はレフトだよ」


 「……あ、ホントだ」


 「ははは、何年越しかの真実だね。沙耶さんも気づいていないのかな?」


 「……ところでさあ」


 「何?」


 「わたしと沙耶と、どっちが可愛い?」


 「……僕飲み物買ってくるから」


 「あ、ちょっとお! 答えろよお!」



                    ○



 僕たちはそれから、学校にいるときも、週末の土日のどちらかも、ずっと一緒に過ごした。


 いじめは日を増すごとに陰湿さを増していったけれど、彼女と一緒だからなんとか乗り越えられた。


 もう今では慣れたもので、その日受けたいじめを、彼女と一緒に笑い話にできるまでになった。


 はは、大したことなんかじゃなかった、彼女と一緒なら。


 舞台を降りてしまうことなんて、大したことじゃなかった。


 むしろ僕は今、充実している。


 前までの僕とは違う。


 ありもしない『空気』を読んでいた頃の僕とは違う。


 僕は今楽しい。


 とっても楽しい。


 友達は、幡宮だけだけれど。


 クラスメイトや、学校のみんなにはいじめられているんだけれど。


 だけれど僕は今、楽しい。


 きっと他の誰よりも。


 前までの平穏な生活は、たしかに問題は何も起こらなかったけれど、だけど楽しくはなかった。


 初めて彼女と話したとき、聞いてきたこと。


 『クラスから排除されるのが嫌だから自分の好きなものを楽しむのを我慢したり無理したりしているわけだね? それって息苦しくない? 生き苦しくない?』


 その通りだった。僕は息苦しかった。


 『空気』を読まなくてはいけないという空気を吸うのが、とても息苦しかった。


 今はもう、息苦しくない。


 学校内でも、自由に息を吸える。


 彼女がくれたんだ。


 平穏の終末を、彼女がくれたんだ。


 まさに彼女は『終焉をもたらす者』だったなあ。


 かっこいい。


 「片腕がないから、片翼の天使かもねえ、わたしって」


 「君、ゲームやるんだ」


 「オタクだからねえ。あ、そうだ。面白そうなマンガまた見つけたんだけど見る? あとラノベもお」


 「あ、うん、見せてよ」


 彼女はリュックの中からマンガやラノベを取り出した。


 ここは教室なんだけれど、僕はもうラノベやマンガを出すことに抵抗は感じなくなっていた。まあ、気にしたってもう関係ないから。


 僕と幡宮は、というか僕は、自分の趣味を何の遠慮もなく楽しむことができるようになっていた。


 周りを気にすることなく、僕たちはオタク丸出しの会話をできるようになった。


 ああ、楽しいなあ。


 僕は彼女に会えて良かった。


 片腕のない彼女は、僕にないものをくれて、僕の価値観を変えた。


 これからは、僕が彼女に何かを返していきたい。


 僕は以前、彼女に、僕以外にも話せる友人ができればいいと思っていた。今でも思っている。だけど残念なことに、友人を紹介できるような人間関係を僕は持っていない。


 だからせめて、学校以外の世界で一緒に友人を見つけていけたらと思う。


 あと、他に彼女に返すものがあるとしたら、一つだけ、思い当たるものがある。


 だけれど、それだって僕が力になれるかどうか。


 わからない。


 だけど、何かできるのなら、したいと思う。


 だって、僕は―――――

ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます。

この『彼女のくれたしゅうまつ』は前編部分になります。

これの続編、後編としての『君のくれた「  」』という作品を、今後また投稿していこうと思っているので、引き続きよろしくお願いいたします。

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