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後輩が俺を「ひな」と呼ぶ理由  作者: tommynya


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第5話 避ける日向

 

 朝食の時間。


 凛と少し離れた席に座る。目が合いそうになって、思わず下を向いた。

 昨日のことを思い出すと、どうしても顔を上げられない。


 凛が「ひな」と呼び捨てにした、囁き声。

 そして——キス寸前の距離。

 全部が、頭から離れない。


「ひな、お前顔赤いぞ?」


 シュンが心配そうに声をかけてくる。


「え? あ、大丈夫」


「本当か? 熱とかないか?」


「ないない」


 そう言って、俺はオレンジジュースを勢いよく飲む。チラッと凛の方を見ると、こっちを見ていて、視線がぶつかった。


「……っ」


 慌てて目を逸らしてしまう。


「ひな?」


 シュンが不思議そうに俺の様子を伺う。


「何でもない。このオムレツうまいな」


 そう言って、俺は黙々と朝食を食べ続けた。


 遠くの席で、凛も誰とも話さず、大人しく食事をしている。体調は戻ったみたいだけど、俺に近づかないようにしているみたいだ。多分……俺が変だから。


 午前中に軽めの練習を終え、各自、帰りの準備をする時間になった。俺は部屋でバタバタと荷物を纏める。ふと、背後に気配を感じて振り返ると、凛が部屋の入り口に立っていた。


「ひな先輩」


「凛……」


「話してもいいですか?」


「あ、うん」


 顧問は席を外していて、二人っきりだ。緊張する。凛はそんなことを気にする様子もなく、部屋に入るとドアを閉めて、俺の前に座った。


「昨日のこと……」


 凛が口を開く。


「……覚えてないんですけど、熱でほとんど記憶がなくて」


 凛が困ったような表情を浮かべている。


「俺、変なこと言いませんでしたか?」


 本当に忘れてしまったんだな。なんだか、がっかりしてしまう。

 うっすらでも思い出さないかな……なんて期待していたから。


「い、いや、何も」


 俺は慌てて否定する。


「そうですか。良かった」


 凛がホッとした顔をする。


 記憶がないのは、仕方ないけど、昨日の言葉が、凛の本当の気持ちだったらいいのに、なんて思ってしまう。

 俺の中に芽生えたこの気持ちは、どうすればいいのだろう。


「じゃあ、そろそろ出発の準備しないとですよね」


 凛がそう言って、立ち上がる。


「ひな先輩、看病ありがとうございました」


 最後の言葉を残し、凛が部屋を出ていく。


 やっぱ、覚えてないのか……思ったよりショックだ。

 この行き場のない想いは、蓋をするしかないのかも。


 ◇


 帰りのバスに乗り込む。

 シュンが一人で座っていたから隣に座る。凛の隣に座るのはさすがに気まずいから……。


「ひな~、ここ座るのか?」


「うん。空いてるしいいだろ」


「氷室に焼きもち焼かれそうで怖いんだけど。まあ、俺は嬉しいけどな」


「じゃあ、いいじゃん」


 俺はヘッドホンを付けて、目を閉じた。昨日あまり眠れなかったし、もう何も考えたくなかったから。


 通路に凛が通り過ぎる気配がしたけど、俺は目を閉じたまま顔を上げることはなかった。


 3時間後、バスは学校に到着。眠っていた俺は、シュンに揺り起こされてバスを降りる。


 凛が心配そうな表情で俺を見ている様だったが、話しかけずに部室に向かった。顧問の話を聞いてその日は解散。


 校門を出ると、凛が他校の女子数人に囲まれていた。プレゼントを受け取っているようだ。俺はそのすきに、帰路を急ぐ。 

 一人で歩く銀杏並木は、いつもの爽やかさはなく、空気がグレーに染まっていた。


 ◇


 あれから一ヶ月が経過。凛との関係は変わらない。俺は相変わらず避け続けている。


 8月末日。全国大会の前日、最後の練習をしていた。

 合宿から、凛の調子がおかしい。ドリブルはミスるし、シュートを外したり。


「氷室、集中しろ」


 顧問に何度も叱られている。こんなこと、珍しい。

 俺は何もできない。避けているから、近づいて、業務以外の世話をするわけにはいかない。ただ、見守るしかなかった。


 練習が終わり、部員たちが更衣室に向かう中、凛だけが体育館に残ってフリースロー練習をしている。


 エースだから責任を感じているのかもしれない。他の部員に「もうやめとけ」と言われても、一人で続けている。


 シュートは、いつもより入る確率が低い。完全なオーバートレーニング。その横顔は、真剣だけど、どこか悲しそうだった。


 ……俺のせいだ。


「ひな」


 背後から声がして、振り返ると、シュンが立っていた。いつものふざけた感じではなくて、真剣な表情をしている。


「ちょっと話さないか」


 シュンがそう言って、俺の腕を掴む。有無を言わさず引っ張られて、体育館の裏に連れて行かれる。


「お前、氷室のこと避けてるだろ」


 シュンに言い当てられる。


「え、違う——」


「嘘つくなよ。誰が見てもわかる」


 言い返せない。


「氷室、マジで落ち込んでるぞ。練習中も上の空だし、調子悪すぎる。

 喧嘩でもしたのか? 明日は全国大会だろ。集中させてやれ」


 シュンが俺の肩を叩く。


「……俺のせいなのかな?」


「お前が話してやらないからじゃね? 責任あるぞ。マネージャーなんだから」


 シュンの目が、真剣だった。


「何があったかしらねぇけど、氷室は、お前のことが好きなんだよ」


「え……?」


「だから、お前に避けられて落ちてる。気づいてないわけないよな?」


 その言葉が、突き刺さる。


「そうなの……?」


「いや、好きだろ。部員全員がそう思ってる」


 シュンが言い切る。


「いいか、ひな。氷室が練習でボロボロなの、お前のせいだぞ」


「……」


「お前が好きだから、こうなってんだよ。それでもこの状態を続けんのか?」


 シュンは真面目に、俺を諭すように続ける。


「ちゃんと向き合ってやれ。じゃないと、お前も氷室も後悔するぞ」


 そう言い残して、シュンは去っていった。

 残された俺は、その場に立ち尽くす。


 ……凛が、苦しんでる?俺のせいで?


 足が、動かなくなった。

 その後、体育館に戻ると、凛がまだシュート練習をしていた。俺は勇気を出して、久しぶりに自分から声をかける。


「凛」


 名前を呼ぶと凛が振り返る。


「ひな先輩」


 その顔は、かなり疲れているように見えた。


「練習、もういいだろ。帰って寝ろ」


「……わかりました」


 凛はボールを置いて、俺に近づく。


「ひな先輩、明日の試合、見てくれますか?」


「当たり前だろ。マネージャーだし」


「そっか……頑張ります」


 凛は少し微笑み、更衣室に向かった。俺はその後ろ姿を見送る。


 もう、「俺のことだけを見てて」とは言ってくれなくなっていた。


 俺のせいだけど、心が苦しくて、辛い。


 ◇


 翌日の全国大会。


 会場に着くと、既に観客席が埋まっていた。他校の女子が目立つ。


「氷室くん〜!」


「凛くん、頑張って〜!」


 黄色い声援が、体育館に響く。凛のファンだ。試合前、凛が観客席を見上げて手を振ると、女子たちが歓声を上げる。


 ……ああ、凛ってこんなに人気なんだ。俺なんかと比べたら、まるで別世界の人間みたいだ。


 そう思った瞬間——凛の視線が、俺を捉えた。


 観客席の女子たちじゃなく、ベンチの俺を。凛が、小さく笑って、親指を立てる。


 ——見てて、という合図かな……その瞬間、胸がときめいた。


 試合が始まると、凛はいつも以上に動いて、活躍していた。昨日までの不調が嘘みたいに。シュートが次々決まり、ドリブルも鋭い。


 凛が活躍するたび、観客席からは歓声が上がる。でも、凛はときどき確認するように俺の方を気にする。俺の存在を確かめるように……。


 ちゃんと見てるから! と心の中で叫んだ。

 凛がシュートを決めるたびに、喉の奥が熱くなる。

 ——頑張れ、凛。


 試合終了間際、凛がブザービーターを決めた。


 部員たちがベンチから飛び出し、凛も、喜びで顔を輝かせていた。凛の視線が、俺を捉える。その笑顔を見て、鼓動が大きく跳ねた。


 嬉しくて、切なくて——目頭が熱い。


 試合後、荷物を片付けていると、凛がやって来た。


「ひな先輩」


「凛……お疲れ。すごかったな」


「見てくれましたか?」


「うん。ずっと見てた」


 凛の満面の笑みを久しぶりに見た。


「ひな先輩が見てくれたから、頑張れました」


 その言葉に、きゅっと胃の奥が疼く。


「まだ……俺のこと避けますか?」


 凛の声が、震えている。


「…………」


 凛を見ると、好きって言ってしまいそうで——言葉が出ない。


「……ごめん」


 凛が、俯いた。そのやるせない表情に、喉が詰まる。


「……わかりました」


 凛はそれだけ言って、更衣室に向かった。


 その背中を見送りながら心の中で呟く、俺は最低だ。

 好きなのに、避けて、凛を傷つけてる。


 こんなの、おかしいって分かってるけど……怖いんだ。

 もし、自分の気持ちを、凛に知られて引かれたら、と思うと足が竦む。


 10月が来れば俺は引退する。新しいマネージャーに引継ぎが終われば、部活に来ることはない。それまではこのままでいるしかない。


 でも、このままじゃダメなのは分かっている。

 どうすればいいのか、答えをださないと。


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