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後輩が俺を「ひな」と呼ぶ理由  作者: tommynya


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3/7

第3話 嫉妬と独占

 

 7月初旬。夏休みを前に、体育館で練習を見守る。全国大会の予選までは、あと少し。練習の熱気が日に日に増していく。


 汗を流す部員たちを眺めながら、3年の俺たちにとって、この夏が最後なんだと実感した。とうとう終わってしまうんだな……と感傷に浸る。


 ふと、視線を感じて顔を上げた。凛がボールを持ったまま、じっと俺を見つめている。目が合うと、にこっと笑って、また練習に戻っていった。


 ……いつもこうだ。凛は、ちょくちょく俺の方を気にしている。

 それが最近、やけに気になって仕方ない。

「俺のことだけ見てて」って言っくるけど、逆に凛の視線ばかり気になってる自分がいる。


 そんなことを考えながら、いつものようにタオルを配っていた。

 平穏な日常。……のはずだったのに。


「ひな〜」


 練習の合間に、シュンが駆け寄ってくる。


「どうした?」


「俺さ、告白しようかなって思って」


 ……告白? 不意打ちの言葉に、手が止まる。


「誰に?」


「内緒」


 シュンがニヤリと笑う。その顔はどこか照れてるようにも見える。


「へえ、珍しいな。シュンが 恋話(こいばな)するなんて」


「だろ? 結構前から好きな人なんだ」


「そんなの初耳だけど!」


 誰だ? 中学の同級生とか?


「言ってねぇもん、恥ずかしいし」


 肩を竦めるシュン。冗談っぽいのに、目だけは本気っぽかった。

 どっちなんだ? こいつ……昔から本当につかめない。


「相手が鈍感すぎて気づいてくれなくて~」


「鈍感?」


「そう。俺がどんだけアピールしても、全然気づかない」


 シュンが少しだけ寂しそうにおどけた。


「まあ、それも含めて好きなんだけどな」


 その言葉に、なんとなく胸がざわついた。

 ……鈍感、か。誰のことだろう。


「だからさ、ひなも——気づけよ、自分の気持ちに」


 そう言って、軽くタオルを放ってくる。ふざけてるようで、妙に意味深。


「自分の気持ちって、何のこと?」


「それはお前の心に聞け」


 シュンはニヤリと笑って、肩を叩いて走り去っていく。残された俺は、心の中がかき乱されていた。


 その瞬間、ふと気配を感じて振り返ると、凛が、怖い顔でこっちを見ている。

 どうしたんだよ、こっちも……。


 その目が、いつもと違う。鋭くて、冷たくて——どこか、不安そうだ。


 ◇


 練習が終わり、更衣室に向かうと、シュンが、俺の隣に座った。


「ひなって、最近氷室と仲いいよな?」


「え? まあ、後輩だし」


「後輩ねぇ~。氷室、お前のことめっちゃ見てるんだけど」


 シュンが意味ありげに笑う。


「そうか?」


「知らねぇの? 今日の練習中もずっとだぞ」


「……気のせいだろ」


「気のせいじゃねぇよ」


 ニヤニヤ笑いながら、シュンが続ける。


「てかさ、お前も氷室のこと好きなんじゃね?」


「は? 違うって!」


 慌てて否定する。


「ハハッ、冗談冗談。でもさ、気をつけろよ」


「何をだよ」


「モテる男は罪なんだよ。自覚しろ、ひな先輩」


 そう言ってシュンは立ち上がり、更衣室を出て行こうとしたところで、こちらに振り向く。


「まあ、いいけど。俺も引退したら、告白でもしよっかな」


「だから誰に?」


「それは、まだ内緒だ。つーか、お前が気づいたら教えてやるよ」


 シュンがニヤニヤしながら言う。


「お前は自分の気持ちについて、もっと考えた方がいいぞ」


 そう言い残して、更衣室を出ていった。

 シュン、何が言いたいんだよ……。


 その時、また背後から——。


「ひな先輩」


 振り返ると、凛が立っていた。無表情。いつもの人懐っこさはない。


「凛?」


「シュン先輩と、何話してたんですか?」


 その声が、やけに冷たくて、空気がピリッと張り詰める。

 みんなが部室から出ていき、いつの間にか凛と俺だけが取り残された。


「え? いや、別に大したことじゃ……」


「教えてください」


 凛が一歩近づく。その目が鋭くて、俺は喉が詰まった。


「シュン先輩、告白するって言ってましたよね」


「あ、うん……聞こえてたのか」


「誰に告白するんですか?」


「それは、俺も知らないけど——」


「ひな先輩じゃないんですか?」


「は?」


 凛の表情が、少しだけ歪み、そこに、不安と焦りが滲んでいた。


「違うって! シュンは幼馴染だし、それはないだろ——」


「本当ですか?」


 凛がもう一歩近づく。距離が近すぎて、息がかかりそう。


「本当だって。シュンとは友達だぞ?」


「……じゃあ、ひな先輩はシュン先輩のこと、好きじゃないんですか」


 なんだ、その質問。言葉が喉に引っかかる。


「好きっていうか……友達としては、好きだけど」


「それだけ?」


 その眼差しが、やけに真剣で、俺は顔を背けた。


「それだけだよ」


「……そうですか」


 凛が、やっといつもの柔らかい表情になる。でもその表情は、どこか不安定だった。


 ふっと息を吐いた次の瞬間——。


「じゃあ、ひな先輩。汗、拭いてください!」


「は? なんで急に」


「だって、俺、頑張ったからご褒美欲しいです」


「いや、自分で拭けよ」


「シュン先輩には、笑顔でタオル渡してたじゃないですか」


「みんなと同じように渡してるけどな……」


「俺にも、笑顔でください!」


 凛が少し拗ねたように唇を尖らせる。その仕草が、やけに可愛くて——思わずドキッとした。 

 こういう時、本当、甘えん坊すぎる……わんこみたいだし。


「わ、わかったよ」


 仕方なくタオルを差し出すと、凛が嬉しそうに笑った。


「じゃあ、先輩のも拭きますね」


「は!? いいって!」


「じっとしててくださいって〜」


 そう言って、凛がタオルを俺の頬に押し当てると、布の感触と一緒に、指先が少しだけ触れる。

 びくっと肩が反応してしまう。


「……ひな先輩、顔赤いですよ?」


「お前が近いからだ!」


「えへへ。じゃあ、もっと近づいたらどうなるかな」


「おいバカ、やめろ!」


 笑いながら逃げる俺を追いかけてくる凛。更衣室の隅で、ふたりだけの小競り合いが始まる。


 でも、俺の胸の中は笑えなかった。さっきの凛の表情を思い出すと、心から笑うことができない。気づけば、呼吸が浅くなっていた。


 凛がそんな俺を捕まえる。


「ひな先輩」


 凛が俺の両手をぎゅっと握ってくる。動けないくらいの力の強さで……身体が固まってしまう。


「シュン先輩は、本当に友達なんですよね」


「ああ、本当だ」


「嘘つかないでくださいね」


 凛がそう言って、口角をあげる。その表情の奥に、何か違う感情が隠れているような気がした。


 嫉妬? それとも、不安? 凛が俺を見る目は、後輩が先輩を見る目じゃない。


 もっと——別の感情なのか……。


 ◇


 翌日の練習後、顧問が全員を集めた。


「再来週、予定通り、二泊三日で合宿するぞ」


 部員たちの歓声が体育館に響く。 

 1年は「温泉だー!」とはしゃいでいた。俺も、少し楽しみだと思ったその時。


 ふと、視線を感じて振り向くと、凛がこっちを見て、ニヤリと笑った。

 その笑顔は、いつもの人懐っこい笑顔じゃない。何かを企んでる、確信犯の顔。


 合宿。俺と凛。二泊三日……その3つの言葉が、頭の中でぐるぐる回る。


 なんだか、嫌な予感がする……胸騒ぎが止まらない。


 ◇


 合宿前日の夜。


 鞄に荷物を詰めていると、スマホが震えた。


 『明日、楽しみです』

 『ひな先輩と一緒だから』


 たったそれだけの文字なのに、胸がいっぱいになって、頬がゆるむ。

 ——気づけば、ニヤけてた。


「……俺、なんで笑ってんだ」


 思わずスマホを伏せる。だけど、笑みは消えない。


 頭の奥で、シュンの声が蘇る。


「気づけよ、自分の気持ちに」


 まさか、これのことか? そう思った瞬間、胸が苦しくなる。


 凛の顔が浮かぶと、その笑顔と声と距離が、脳裏に焼きついて消えない。

 近づくのが恐いという気持ちと、もっと深い関係になったらどうなるのか?と二人の俺が脳内で討論していた。


 最近、凛のことばかり考えてしまう。笑顔を見ると嬉しくなって、他の誰かと話している姿に、つい目がいく。俺を見てくれないと、ちょっと寂しい。


 これって、どういう感情? 心の中の俺が言う。

 後輩を可愛いと思ってるだけだ。それ以上じゃない。


 ……本当にそうなのか?


 自分に問いかけても、答えは出なかった。

 明日、合宿が始まる。

 ——この三日間で、何かが変わる気がした。


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